株式会社クラシアンとは1991年6月に設立された水道会社です。クラシアンと聞けば、ほとんどの人が「水道会社」と、分かるぐらいその知名度は中々高いと思います。と言うのも、やはりクラシアンの知名度を上げたのはあの印象的なテレビCMではないでしょうか?特徴的なメロディと共に、料金やサービス内容を歌った歌詞がメロディに合わせて流れていくCMでした。くらし安心クラシアン。と言うCMの最後に流れるキャッチフレーズも印象的ですね。クラシアンはCMのイメージがあるため意外に知られてはいませんが、便器や浴槽の交換など水道設備のリフォームや法人向けのサービスもおこなっています。2007年5月現在では、富山県・福井県・滋賀県・和歌山県・鳥取県・佐賀県を除く日本各地に支社・営業所を展開しています。
その昔、関東大地震(大正12(1923)年9月1日)は、東京に壊滅的な被害を与えました。水道施設も各所で破壊され、広範囲にわたって断水を余儀なくされました。東京市は全力をあげて応急修理にあたり、ほぼ通常の給水状態に復旧したのは3か月後の12月のことでした。最初の工事は、大正13年度をもってひとまず終了しましたが、震災の混乱もあり、とても次の工事に移れる状況ではありませんでした。 こうして大正2(1913)年に開始された東京水道最初の拡張工事が終了したのは24年後の事でした。 山口貯水池の通水式が行われた昭和7(1932)年10月15日の直前、10月1日に東京市は隣接5郡82町村を合併して市域を拡張し、いわゆる「大東京市」が誕生しました。 旧東京市の周辺は、大正半ば頃から市街化が進み、大震災後はさらに都市化の進展に拍車がかかりました。このため近隣町村でも相次いで水道が創設され、町営8水道、町村組合経営2水道、民間3水道の13の水道が経営されていました。 このように最初のうちは、水道局や街が水道の修理や工事などをやっていました。クラシアンなどの民間の水道修理業者が出てきたのはそれからしばらくした後のことです。
クラシアンが確立した水道トラブル解決ビジネスの原点
今でこそ、家庭の水道トラブルなどを専門に扱う業者は普通にいますが、ほんの30年ぐらい前までは、この手のビジネスモデルは存在していませんでした。水道の水漏れ、トイレの詰まりなどはもっぱら、家のお父さんの日曜大工的な仕事として親しまれてきたからです。
しかしながら、時代が進むにつれ、若年層が一人暮らしを好むライフスタイルになり、その結果、水道トラブルやトイレの詰まりなどの解決方法を知らないまま都会に放たれた若者が、この手のトラブルに見舞われた際に自身で解決する術がなく、途方に暮れている現状。そんな時代のニーズにいち早く反応したのが、クラシアンでした。水道トラブル、水漏れ、トイレの詰まりなど、おおよそ若者には解決できないであろう問題を解決し、しかも自宅まで来てくれるというこのサービスは、瞬く間に世間に認知され、世の人々に親しまれました。
クラシアンが業界首位に躍り出た要因
水回りのトラブルといえばクラシアン・・・そう、クラシアンという名前が人々の脳裏に刻まれるきっかけとなったのは、やはりあの有名なCMの影響によるものです。♪クラシアンです500500、暮らし安心クラシアン♪・・・といった、短く歯切れのよいキャッチフレーズが、クラシアンをまるで砂漠に水が吸収されるかのごとく、世に浸透させるきっかけとなりました。その後、クラシアンはタレントの森末氏を起用したりと、著名人をタイアップに起用し、クラシアンのブランディングイメージを確立していくのです。