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公務員のルーツ
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■天皇への奉仕者 我が国に公務員つまり近代的な官吏が誕生したのは明治維新の後ですが、そのころ行政の実務にあたったのは下級武士でした。内務省と大蔵省、工務省の三省体制が出来上がりその中心となった内務省は旧薩摩藩士・大久保利通らでありました。当時は派閥ならぬ藩閥が大きな力を占めていました。また彼らは天皇への奉仕者でありました。 ■官吏登用制度 先進欧米列強から様々なものを取り入れなければならなかった当時、優秀な人材を登用するために明治20年に勅任官以外はすべて試験で選抜する事になりました。高級官僚養成学校として設立された帝国大学(当時は東京大学のみ)の法科または文科卒業生は奏任官(高等官)への試験は免除でした。しかし6年後の明治26年にはこれが見直されてたとえ帝国大学卒業生であっても受験しなければならなくなりました。さらに試験内容が法律中心であったため実質的に文科卒業生の官吏への道はとざされました。東大を出たというだけでは必ずしも優秀な人材が集まるわけではないのは当時も今も同じかもしれません。もうひとつ力をもっていたのは軍人であり士官学校や兵学校から軍大学校を経て高級官僚になる道もありました。 ■戦後おおきく変わった官僚制度 敗戦により武官はまったく立場をなくしてしまいました。また文官のしくみに大きな変化はありませんでしたが、これまではいずれ貴族院へさらに枢密顧問官へという流れによって実権を守りつづけたのですが、枢密院と貴族院の廃止により大きな痛手を受けました。政治的実権をもっていた内務省は解体されて戦後復興・経済成長のなかで大蔵省や通産省などがかわりに権力をもつようになっていきました。 ■最近の公務員採用試験 ルーツがそうであったように今も東大卒業者が多いのですがその他の旧帝国大学(京都大学、大阪大学、北海道大学、九州大学など)出身者のみならず一橋大学や慶応など広く有力大学から合格者が出るようになりました。また女性の合格者が急増しているのも最近の特徴と言えます。人事院も多様な人材を求めるようになってきたこともあります。
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