記念作品目次


『実験作:灰色の騎士』
sudo著





第零話 灰色の男



 カルヴィント・カストルムは、トランフ領の騎士のあいだで『灰色の男』として知られていた。この場合の灰色とは、罪ありやなしや判らぬ、という意味である。
 まだ若い身のうちからそのように不名誉な異名をもっていては、武家の社会で栄達できるわけがない。だから、トランフ家に仕官する下級騎士のなかでも、カルヴィントにはもっともつまらない仕事が割り振られる。いまのところ、燃料用の薪を調達するのが彼の主な仕事で、しかも自ら鉈をふるって薪割りをすることさえまれではなかった。
 うだつのあがらない名ばかりの騎士だったわけだが、これはしかしカルヴィント自身に責任のあることではなかった。そもそも『灰色の男』と呼ばれたのは父親のカラギーザであって、しかも父にかけられた嫌疑さえ冤罪だった。

 ゴウフェン連邦暦ガレス二十一年、カラギーザが死んだ。服毒自殺だった。カルヴィントが十八歳、妹のタミサが十五歳の時である。
 当時カラギーザはトランフ領騎士団の武器庫を預かる要職にあり、刀槍・鎧兜の管理調達をほぼ一手に任されていた。
 大きな戦乱もなく大陸は泰平に流れていたころで、他領と同様にトランフ騎士の腕もなまってきてはいたが、いくら平和の世の騎士であっても剣は命である。あだやおろそかにできるものではなかった。
 主家のトランフとなんの血縁関係もないちっぽけな家の者としては、かなり高位の役職に就いていたことになる。仕事ぶりも地味だが堅実でよく精励し、当時の領主も着実に職務をこなすカラギーザを認め、高い禄でこれに応えた。
 騎士団を統率する武将に比べれば華やかさはないが、そのままいけば文官としてさらなる階梯を登っていったに違いない。その道がまったく突然に閉ざされたのは、ひとつの密告によってである。
 カラギーザが武器を横流しして、賄賂を受け取っているというのである。詮議が行われ、いくつかの証拠とされるものが認められた。カラギーザは一言の申し開きもせず、服毒して果てた。カストルム家は閉門となり、一家は浪人した。

 カルヴィントは十八歳で一家の頭領となり、老いた祖母と妹の二人を養っていかなければならなくなった。士分で十八歳といえばすでに成人であり、そのような例はほかにいくらでもあった。実際カルヴィントも十六歳の時から城に登って、ささやかなものだが仕事を与えられていた。
 しかし禄を召し上げられて浪人したのでは話が違ってくる。士分として十八年間を過ごしてきた若者が、いきなり市井で生活の糧を得ることができるわけがなかった。当然一家は飢え、同情した親戚のもとへ身を寄せることになった。
 カルヴィントは食客として迎えてくれた親戚に対してひたすら頭を下げて感謝したが、祖母だけは平然として親戚に謝辞も述べなかった。
 祖母はカラギーザが不正を働いたなどとは露ほども思っていない。申し開きをせずに命を絶ったのも、息子の性分からすれば当然だと考えている。疑いをかけられたというその一事だけで、カラギーザにとっては死を覚悟するに足ることだったのだ。

 実のところカルヴィントも同じような感慨を持っていた。父は疑惑を招いたことを恥と思い、それを晒して生きていくことが耐えられなかったに違いない。領主に認められ出世の足がかりとなった廉潔さが、結局は父を殺したことになる。
 一言半句の言い訳も漏らさず死んだ父を歯がゆくは思ったが、カルヴィントを苦境に追い込んだことで恨む気持ちはこれっぽっちもなかった。
 父の死後いくらもたたないうちから、あれは冤罪だったのではないか、裁きをやり直すべきだ、という声がすでにあがっていたようだ。祖母が居候の身で堂々としていたのもそのためであり、すぐ赦されて閉門を解かれると考えていたのだった。
 そもそもの密告に不審な点があるという噂はカルヴィントも知っていたが、そうであっても一度下された裁きが覆されるには時間がかかる。関わった者の面子もあるだろうし、何年かかるかわかったものではなかった。祖母のようにただ座して赦免の時を待つことなど、カルヴィントにはとうていできなかった。
(一刻も早く士分に戻り、カストルムの家名を再興する)
 そう堅く決意したのは、しかし、浪人の身に堕ちた我が身を恥じてのことではなかった。
(祖母と俺はかまわないが、タミサのために何とかしてやらなければならない)
 妹のタミサは早逝した母に似て大変な美人で、15歳ですでにいくつか縁組みの申し入れもあったほどだったが、父の死でそうした話はすべて破棄された。家名が傷つくのをおそれたためであり、これはどうしようもない成り行きだった。
 家長が浪人である限り、この先もまともな縁談など来るはずがない。だが、たった一人の妹をせめて人並みに嫁にやりたい。それがカルヴィントの仕官を急ぐ理由だった。
 正式に裁きのやり直しを訴えでることもできたが、それはかんたんな解決法のように見えて実はそうではない。『カラギーザは不正をしていなかった』という確たる証拠はないのであり、密告がいかがわしいという点もまだ噂にしかすぎなかった。しかも噂されるように真実何者かがカラギーザを陥れようとしていた場合、訴えそれ自体が妨害される可能性もあった。
(手柄を立てるしかない)
 華々しい戦功なりをあげて、父の汚名を相殺し、再びトランフ家に仕えることを願い出るのだ。直接に父の嫌疑を晴らすことはできないが、それはカストルムの家名を復活させた後でも訴えでることができる。
 だが、ゴウフェン連邦は永く争ってきたシウ帝国と休戦条約を締結していた時期であり、したがってトランフ領も平和そのもので、武勲を立てるべきいくさなどありはしなかった。街道沿いに出没する野盗を退治したところでたいした手柄にもなるまい。
 他の領国に仕官の道を探すことも不可能ではなかっただろうが、さまざまな困難がつきまとったし、そもそも祖母がトランフ領を出ることなど肯んじるわけがなかった。
 一年が経ち、タミサは十六歳となり、その可憐な美しさはまさに花開かんばかりであった。ほとんど外出していなかったにもかかわらず、タミサの美貌はすでにトランフ城下で評判となっていた。
 妾に欲しいという申し出もあったが、カルヴィントは頑としてこれを拒否していた。安楽な暮らしはできるかもしれないが、カルヴィントは妹をきちんと嫁がせてやりたかったのだし、タミサもそれを望んでいるはずだった。
 しかしタミサの美しさが輝きを増すほどに、カルヴィントの焦りは強くなっていった。このまま陰花のようにひっそりと咲き誇らせることになるのか――カルヴィントが絶望しかけたとき、ようやく待ち望んでいた手柄を立てる機会が訪れた。内乱である。

 ゴウフェン連邦暦ガレス二十二年の暮れ、トランフの領主が病没した。
 跡を継いだウィフス・トランフはこのとき三十五歳の男盛りで、臣下・領民にも人気があり、領内の平定に問題などないはずだった。混乱の火種が存在したのは、外部である。
 トランフ家は隣接するラグテルム領とのあいだに、以前から領地境界の問題を抱えていた。いまのところトランフ領とされている鉱山の利権が絡んでおり、トランフ家が先代のころは棚上げされていたのだが、代替わりを機にふたたびラグテルムから横槍が入ったのだ。
 新領主のウィフスは一言のもとにこれを拒否したが、ラグテルムは簡単に引き下がろうとしなかった。年が明けるとすぐに軍勢を繰り出し、たちまちのうちに鉱山を制圧してしまった。そのままさらに奥深くまでトランフ領を切り取る構えである。
 ゴウフェン連邦内での領地争いであり、明らかに内戦だったが、時のゴウフェン連邦政権にも手出しができる問題ではなかった。
 ゴウフェン連邦といっても、そこに属する百八領はそれぞれが自治領に近いものであり、領主はすべて一国一城の主である。それぞれに異なる利害や野心があるのだから、他領と衝突し、いくさとなることがあるのも当然である。
 連邦政権は一応の裁定権をもっていたが、よほど大規模なものにならなければ領地間の内戦に直接介入することはまれである。せいぜいが事後承諾で領地境界の線引きをやり直す程度で、今回のトランフ・ラグテルム紛争も静観の構えであった。
 結局のところ弱者は強者に食われるのみである。ウィフスは領内に檄を飛ばし、自ら騎士団を指揮して出陣した。鉱山山麓を流れるドラクス河を境に、トランフ・ラグテルムの両軍は正面から対峙することになった。そのなかに、父の剣を背負ったカルヴィントの姿もあった。

 カルヴィントは戦場を眺め渡し、嘆息した。
(数が多すぎる)
 向こう岸のラグテルム軍はおよそ七千。対するトランフ軍は総勢一万二千であった。数の上ではトランフが有利だが、敵軍はラグテルム領はおろかゴウフェン連邦でも勇名の高いゼンデ将軍率いる精鋭揃いの騎士団である。戦力は五分といってよかった。
 もっとも、カルヴィントにとって敵の数や強弱は問うところではない。むしろ大軍でかつ屈強の敵であったほうがありがたかった。一方的な勝ち戦よりも、戦力の拮抗した激戦のほうが手柄が目立つのは自明だったからだ。
 カルヴィントが多いと思ったのは味方の数のほうである。正規の騎士団はともかく、浪人もかなりの数が集まっているようだ。トランフ領内の者はもちろん、他国の人間の姿も見受けられる。皆カルヴィントと同じく、このいくさで武功を上げてトランフ家に召し抱えてもらおうと考えているに違いなかった。
(これは死ぬことになるな)
 カルヴィントは覚悟を決めた。競争者が多くなれば、他より派手な武勲が必要になる。戦場で目立とうとすれば、当然死ぬ可能性は高くなる。これが初陣のカルヴィントには、そもそも荷が重い話だった。
(できるだけ華々しく死んでやる)
 タミサのことは預けた親戚によく頼んである。カルヴィントの死に働きによって、せめて家名だけでも安堵してもらえるよう訴えてくれるはずだった。
(いっそのこと、抜け駆けをしてやろう)
 攻撃命令が下される前に、敵陣に斬り込んでやろうというのだ。単身で突撃するのだから敵の攻撃が集中し、まず間違いなく死ぬことになる。またたとえ生き延びたとしても、抜け駆けは軍令違反であったから、あとでどんな罰が下されるか知れない。浪人の身に軍律は適用されないのが建前だったが、賞罰どちらが重くなるのか、カルヴィントにはわからなかった。
 このときのカルヴィントのいでたちは灰色一色だった。親戚に無理を言って借りた金で揃えた鎧兜を、わざわざくすんだ灰色に塗り替えさせている。楯は持たないが、槍の穂先まで灰色である。
 このころの剣や鎧は実用よりも見た目を重視した華美なものが流行っていて、金銀や朱などの派手やかなものが多かった。きらびやかな正規兵のあいだで、地味なこしらえをしたカルヴィントの姿は逆に目立つ。馬まで灰毛のもので、腰の剣は自分のものだが、背に鞘ごとくくりつけているのは父カラギーザの遺刀である。
 カラギーザの不名誉な異名を意識したものであるのは明らかで、それと気づいた騎士もいたが、あえて声をかけてくるものはいなかった。カルヴィントはなに食わぬ顔で、先鋒隊に紛れ込んでいった。
 最前列に馬を並べかけると、そのまますいと前に出た。わずかだが戦列から突出する形となり、見とがめた騎士が止めようとする前に、カルヴィントは喉も裂けよとばかりに絶叫した。
「トランフ浪人カルヴィント・カストルム、参る!」
 敵味方すべてに聞こえるほどの大音声を発し、カルヴィントは突進した。槍を構え、自分でも気づかないうちに凄まじい雄叫びを上げながら、まっすぐ敵陣に向かって矢のように駆けた。
 味方勢は半ば唖然として灰色の騎士の後ろ姿を見送ったが、ラグテルムの騎士たちはそうはいかない。目の前でこれほど大胆な一騎駆けを成功されたのでは、騎士団の面目に関わる。たちまちカルヴィントに向かって矢の雨が降り注ぐことになった。
 カルヴィントにしてみれば名乗りを上げ抜け駆けをした時点で目的の半ばまでを達している。この場で射殺されてもすこしも構わないのだ。矢をよけようともせず遮二無二馬を駆って全速力で突っ込んでいった。
 無法なまでの突撃ぶりに、射手のほうの目測が狂うようだった。矢はただの1本も当たらず、カルヴィントはドラクス河を渡りきり、敵陣に突入した。
 敵中に分け入ってもカルヴィントは速度をゆるめない。敵の馬に激突して落馬でもしたらたちまち取り囲まれて殺されることになるが、そんなことは気にもかけなかった。もとより死ぬつもりである。ただただ長大な槍を滅茶苦茶に振り回しながら斬り込んでいく。
 いくさ場でもっとも大きな手柄は、敵大将の首を取ることをおいて他にない。カルヴィントは敵本陣の旗を目指してまっしぐらに突き進んだ。
 信じられないことに、敵陣がまっぷたつに割れた。ラグテルム騎士団に弱兵などいないのだが、カルヴィントの狂ったような一騎駆けは、ゼンデ将軍配下の猛者をさえ一時的にせよ圧倒した。
 カルヴィントはついに敵本陣まで辿り着いた。さすがに大小の傷を負っていたが、致命傷は一つもない。
 本陣警護の兵がわきへどいた。かわりに大柄な騎士が一騎進み出てくる。豪奢だが重厚な鎧姿と周囲のラグテルム騎士の様子から、この男こそ勇名も高いゼンデ将軍その人であることが知れた。総大将自ら小癪な敵兵の相手をしようというのである。
 面頬のない兜からのぞくゼンデの顔は憤怒のため朱に染まっている。その怒りは大胆不敵な突撃をしてきたカルヴィントと、不甲斐ない味方への両方に向けられたものだったろう。従者から恐ろしく太く頑丈そうな槍を受け取り、軽々と振り払って構えた。
「下郎、推参なり!」
 雷鳴のような一喝とともにその巨躯にふさわしい大きな黒馬を駆って、ゼンデが突進してきた。
 ゼンデの発した凄まじい気合いはカルヴィントの腹の底まで響き、一瞬痺れたように動けなくなってしまった。黒馬が跳ね、宙を飛ぶかのような勢いでカルヴィントの目前に立ちふさがった。
「去ね!」
 喚くなり繰り出される槍は、まさに雷光。カルヴィントもまた、相討ち覚悟で槍を突き込んだ。
 ゼンデの槍が一突きでカルヴィントの胸板を貫き、だが同時にゼンデの喉も灰色の穂先に引き裂かれる――はずだった。
 肉と骨の砕ける音の代わりに、鋼同士の打ち合う音が高々と響いた。
「見事!」
 ゼンデの唸るような感嘆の叫びに応える余裕は、カルヴィントにはなかった。飛びすさるカルヴィントの手に握られた槍は、突き込む前の半分の長さしかない。カルヴィントの決死の覚悟を察して、もろともに死ぬことになるのに気づいたゼンデが槍を払い、カルヴィントの灰色の槍を折り砕いたのだ。
 折れた槍を投げ捨てて剣を引き抜いたが、もはやこれまでとカルヴィントは観念していた。突き込んだ槍の軌道を途中で変えて相手の槍をへし折るとは、さすがに勇猛で聞こえたゼンデである。尋常の腕前ではなかった。荒れる馬を抑えて剣を構えるカルヴィントの背を、冷たい汗が流れ落ちていった。
「その意気やよし。だが、もはや勝負になるまい」
 いっそ穏やかといってもよいゼンデの声に、カルヴィントは歯がみをした。いまや得物は剣と槍である。これほど技倆の差があってはどちらでも同じことだが、剣で槍に勝てる道理はなかった。
(あとはせいぜい華々しく討ち死にするだけだな)
 そう思い定めて最後の一撃を浴びせかけようと剣を握りしめたとき、カルヴィントの後方で騒ぎが起こった。
 ラグテルム軍の戦列がわずかに乱れたのを勝機と見て、トランフ騎士団本隊が猛然と攻撃にうって出たのである。カルヴィントの一騎駆けが切り開いたすき間に騎馬がなだれ込み、くさびのように押し広げていった。
 ゼンデは自軍の劣勢を目にして舌打ちした。カルヴィントとの一騎打ちに熱くなりすぎたおのれを恥じているようでもある。
「退けい! 谷あいまで後退して防御陣を固めよ!」
 先ほどの気合いに勝るとも劣らぬ怒声に、ラグテルムの伝令が散った。目の前のカルヴィントをすっかり忘れ去っているような指揮ぶりだったが、不思議に侮辱されたようには感じなかった。目を逸らしているあいだに打ち込もうにも、ゼンデには相変わらず一分の隙すらなかったためかもしれない。
 ラグテルム軍が攻勢を迎撃しつつ後退するなか、ゼンデがあらためてカルヴィントに視線を向けた。怒りに燃えてカルヴィントを斬り捨てようとする護衛の騎士を押しとどめ、放胆にもゼンデは笑みを浮かべた。
「灰色の騎士! 腕は未熟だが、なかなかいい度胸をしている。名は、カルヴィントといったか?」
 自軍の劣勢を間接的にせよ引き起こしたカルヴィントに対して、奇妙にもゼンデの目に怒りの色はない。むしろおもしろがるように剣を構えたままのカルヴィントを眺めている。急転直下、負けいくさに直面しているというのに、なまなかの胆力の持ち主ではなかった。
「カストルム。カルヴィント・カストルム!」
 護衛の騎士に囲まれて遠ざかるゼンデに、カルヴィントも負けじと怒鳴り返した。真実愉快そうなゼンデの大笑がそれに応えた。
「灰色の騎士よ、その名を覚えておくぞ。だが、次にまみえたときにはその素っ首切り落としてくれる。覚悟しておけ」
 覚悟ならとっくにできているさ――ゼンデの背が見えなくなり、カルヴィントは胸中でつぶやいた。どっと体の力が抜けて、放心して立ち尽くした。味方の騎士団がそのわきを駆け抜けて、ラグテルムの殿軍に追いすがっていくのをぼんやりと眺めていた。ようやく、自分は生き延びたのだということがわかった。
 戦局は追撃戦へと移っていたが、もはやカルヴィントの出番はなかった。なすべきことはすべてやった。この合戦が勝利を収めることは、いくさ場が初めてのカルヴィントにもわかった。
(終わったな)
 カルヴィントは馬首を返し、戦場を後にした。家に戻り処置を待つためである。

 二月後に呼び出しがあり、カルヴィントはトランフ家に再仕官することを正式に認められた。カルヴィントは衣服を改め、ほぼ二年ぶりに登城した。
 カルヴィントに与えられた役と禄高は、ほとんど最下級のものだった。鉱山の再奪還まで果たした勝ちいくさの功労者としては、おそろしく低い扱いだった。他国の浪人で新規に召し抱えられた者よりも低いのである。
 カルヴィントの戦功に対する評定には紆余曲折があり、本来真っ先に賞されるべきところが最後に回されたのもそのためだ。壮烈なまでの一騎駆けが勝利の呼び水となったのは確かだが、抜け駆けは明らかに軍令違反である。軍規に照らせば罰を与えねばならない。しかしカルヴィントは浪人であって、そもそも軍規に縛られてはいない。しかもいくさは勝ったのだから、武勲ありとして賞すべきではないか。
 カルヴィントを仕官させることまでは決まったが、どのくらいの賞を与えるかという段になってさらに一悶着が起こった。灰色のいでたちといい、カラギーザの汚名を雪ごうという意図が見え透いていたから、一騎駆けもあざとすぎるというのだ。大方の騎士は近年見たこともないほどの鮮やかな一騎駆けに感嘆し、武勲第一として推す声もあったのだが、逆に苦々しく思っている者もまた多かったのである。
 結局賞罰あわせてほぼ変わらぬといったところで、カルヴィントは新領主ウィフスの御前に引き出されたのである。

 ウィフスは上機嫌だった。領主としては初めて指揮する合戦で号令を待たずに抜け駆けしたことにも、まったく怒っている様子はなかった。
「望みの役はあるか」
 家臣団で評決されたカルヴィントの賞を、領主自らひっくり返すようなことまでいった。それほど『ドラクス河の一騎駆け』は見事なものだったのである。
 一言いえばかなり高位の職まで手に入れることができただろうが、カルヴィントは論功行賞の場で自分の抜け駆けを問題視する声があることを知っていた。この二月というもの、カルヴィントの一騎駆けに惚れ込んだ騎士たちが、わざわざそのことを知らせてくれたためである。下手に高望みをすれば、やぶ蛇になる可能性があった。だから、少なくとも武官としての地位を求めても良かったところを、カルヴィントはなにもいわずにおいた。
「カストルムの家名を再興していただいただけで望外の極みにございます」
 カルヴィントは短くそう答えた。実際のところ、文官であろうと禄高がいくらであろうとどうでもよかったのである。騎士の身分を取り戻せればそれだけで満足だった。

 ふたたびカルヴィントの城勤めが始まった。しばらくすると、親しくなった同僚の騎士たちから父カラギーザの罪はやはり陰謀ではないかという話を聞くようになった。同時に、さまざまな噂を総合すると、どうやらかなりの高官がカラギーザを罠にはめたらしいことにも気がついた。
 カルヴィントは父の汚名を晴らそうとするのをひとまずあきらめた。焦って動くと、自分も同じように濡れ衣を着せられるかも知れない。それでまたしても士分を剥奪されたのでは元も子もなかった。
 仕事は誰にでもできるような薪集めが主だったから、カルヴィントの一騎駆けを不快に思っている者は彼を斧担ぎのカルヴィントと呼んだ。また、父の汚名をそのまま引き継いで灰色の男とも呼ばれていた。
 カルヴィントは気にしなかった。だが、そうした軋轢が深刻化する前にと思って、妹の嫁ぎ先のほうを懸命になって探していた。タミサの美貌のほどはもはやトランフ騎士のあいだで知らぬ者もないほどで、相手には不自由しなかったが、これはと思って薦める縁談のことごとくを妹は拒絶した。
 タミサの意外なまでの頑なさに、カルヴィントは手を焼くことになった。誰か意中の男でもあるのかと訊いても返事をしない。カルヴィントは困り果て、いっそ手柄を立てようとあくせくしていた頃のほうがましだったと嘆息することもあるほどだった。
 やっとタミサを嫁にやることが決まり、婚約の報告をした直後に祖母が亡くなった。葬式に前後して婚儀を執り行うのも具合が良くないということで、またしても結婚が先延ばしにされた。
 カルヴィントは正直なところがっくりきた。亡くなった祖母に悪いし、天命に文句をいってもしかたがないが、よりにもよってという感じだった。これで婚約が解消されるようなことはもちろんなかったが、散々苦労してタミサの意中の男を見つけだしたところである。妙な難癖のつかないうちに嫁にやって、妹には早く幸せになって欲しかった。
 年が明けてゴウフェン連邦暦ガレス二十四年、ようやく婚儀の日取りが決まった。カルヴィント二十一歳、タミサが十八歳になる年のことである。




<形を変えて続く……かもです>