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| 『〜幻獣辞典・銀祇篇〜』 山道冥様より |
〜幻獣辞典・銀祇編〜
雪々と雪の降りしきる深い森の中、それはあった。老木を切り倒して得た太く力強い丸太と、丁寧に焼かれた赤い煉瓦で形作られた質素な家。その煙突からは白い煙が一筋、天から降りてくる幾つもの雪片とは反対に立ち上っている。
家の中を窓から覗けば、空へと煙を立ち上らせている大本である暖炉の赤々とした炎の前で、ロッキングチェアに深々と腰掛けて船を漕ぐ老人の姿が見えた。好好爺然とした恰幅のよさそうな体躯にカーディガンを羽織り、膝に暖炉でゆらゆらと燃える炎を連想させる赤い膝掛けをかけている。
その老人に、一人の女性が歩み寄った。黒と茶系統で纏めたシックないでたちの淑女だ。ゆっくりとカーブを描く長いブロンドの髪が酷く美しい――が、その髪からは見慣れぬものが二つほど。
「すいません、ヘル・クラウス?」
申し訳なさそうに、女性が老人に声をかけた。船を漕いでいた老人がはっと目を開く。
「気持ち良さそうにお眠りのところ大変申し訳ないのですが――」
「うむ」老人は膝掛けの上に弦を畳んで置いていた丸眼鏡を手に取り、かける。「やはり年、じゃな。暖をとったはいいが、つい気持ちよくて居眠りしてしもうた」
「申し訳――」
「なに」老人は破顔する。「今日のこの日のこんなときに居眠りこく儂が悪いのじゃよ。お前さんが謝る道理は何処にもあるまい?」
その言葉に女性が深々と頭を下げる。
「で、もう皆は集まっておるのかな?」
老人の問いに女性は頷きを一つ。
「五分ほど前に準備を凡て終えて」
おお、それは、と言って老人は腰をあげた。
「皆にはすまんことをしたな、この寒い中――――」
「お気遣いは無用です」女性は笑いながら言う。「もとより、私たちは慣れていますので」
ふむ、と老人はその顎に蓄えられた白く立派な髭を一撫で。それから、一言。
「それでは儂も何時もの服に着替えるとするか――覗かんでくれよ?」
悪戯っぽく笑みを浮かべた老人に、女性は同じように笑みを返す。
「では、私も準備を整えて参ります」
女性は一礼すると、すっと下がっていった。それを見届けて老人はゆっくりとした、しかし確かな足取りで部屋の片隅にある箪笥に向かう。観音開きの戸を開き、中に仕舞っておいたこの日のための衣装を手に取ると手早く着替える。カーディガンを脱ぎ、厚手のセーターを脱ぎ、肌着を脱ぐと、そこには年齢からはとても想像のつかぬ引き締った肉体が姿を見せる。だがしかし、それ以上に目をひくのは、これ以上傷つけようがないのでは、と思えるほどに体中に負った幾種類もの傷跡。矢傷に刀傷、火傷に銃創。それらが皮膚の代わりとばかりに老人の肉体を覆っていた。
だが、それもすぐに自慢の一張羅で包まれ見えなくなる。
「ふむ、あとは」一言呟くと、老人は部屋の片隅に置いてあった大きな白い袋を手に取った。それから、温かさを感じさせる丸太の壁にはまったくそぐわない、黒々とした長い鉄製の物。
袋には一年かけて用意したとっておきが。
黒いものも、やはりこの日のために一年かけて丹念に整備を施してある。
左の肩に大きな袋を担ぎ、左手にごつい黒々とした鉄塊を持った老人は満足そうに溜息を一つ。
「それじゃあ、いくかの」
■『聖人』の巻■
玄関を抜けると、そこには何処までも続く果てしない銀世界が広がっていた。老人を手荒く歓迎するように、彼の頬を寒気などという単語ではおいつかないモノを乗せた風が一撫でする。
そして、それと同時に。
「総員、指揮官殿に!」裂帛の気合が篭った声が老人の耳朶を打つ。声の主は、
「アハトゥングッッ!!」
老人は満足げに頷く。先ほどの女性だ。だが、その装いは一変している。シックな服は脱ぎ捨て、深い茶色と緑の迷彩服に身を包み、その肩には――
「別に儂に合わせることはないんじゃがな」
老人は苦笑をひとつ。女性の肩には古いドイツ製突撃銃、MG44がかけられていた。
「指揮官殿に合わせるのが昔からの流儀ですから」女性は微笑をひとつ。だが、すぐにそれを打ち消し――「これより今作戦を前に、指揮官殿より一言お言葉がある、総員傾注!!」
老人も彼女と同じように笑みを消し、一歩前に出る。彼の前には傍らに立つ女性と同じようないでたちの女性が一〇人ほど。やはり、深い茶色と緑を基調とした迷彩パターンの野戦服に、揃いの色のベレー帽。毛色は違うが、みな美しいご婦人方だ。
ただ、普通の美女とことなる点があるとすれば、その頭部には、鹿のような硬質の何かが生えていることだろうか。
そんな女性たちを見て老人は満足そうに頷く。
「今年も――」老人が口を開く。彼女たちは皆それを真面目そうな表情で聞いている。「諸君らと逢えて嬉しい限りじゃ」
「何せ、この爺の楽しみは諸君らのような美しくうら若き女性とひと時を過ごすことだけじゃてな」
冗談っぽくいう老人に、皆が好意的な笑みを返す。
「おおっと」そこにわざとらしくつけ加える。「それともう一つ、年に一度可愛らしい子供らの寝顔を見ることじゃ」
幾つもの頷きが重なる。
「さて、今宵われらは一晩だけの魔法を得て空を駆け、世界を巡る」
「愛すべき子供らには」いって背の袋を一撫で。女性たちが老人の言葉を続ける。「少しばかりの夢と希望の欠片を!」
「憎むべき悪党共には」手のMGを天に掲げる。同じように手にした火器をかかげて、女性たちが続ける。「たっぷりの銃弾を!」
「今宵我等は、一晩だけの魔法のもとに、愛すべき子らのために、世界を少しだけ綺麗にしよう。仮令僅かではあっても、子らがその笑みを大きくできるように。仮令僅かではあっても、子らが世界に希望を抱けるように」
「我等の血を持って子らの涙を止めようではないか」
「我等の屍を持って子らの不幸を打ち消そうではないか」
そこまで口上を述べて老人はにやりと笑う。
「諸君、覚悟はいいかな?」
幾つもの笑みと共に答えが帰ってくる。
「子らに夢と希望を!」
「悪党共に銃弾を!!」
「宜しい!」老人はぱんと手を打った。「大いに宜しい!! では行こう! 今宵は聖なる夜、子らに気付かれぬよう、さりとて派手にパーティーと行こうじゃないか!!」
「「「「「「「「「「「「ヤーヴォール、ヘル・コマンデル!!」」」」」」」」」」」
その日、世界中の夜空でトナカイの引く橇に乗った赤い服の老人を見たという子供たちが溢れたが、大人たちはそれを笑って流した。もちろん、真実が何処にあるかは――――
了
――サンタクロースの起源は、およそ千七百年前ギリシャに実在した「富める聖人」ニコラウスであるとされるが、現代においてふるわれるその力は絶大の一語に尽きる。
人口が増大し、十八歳以下の未成年の数が二十億になんなんとしている今、すべての子供たちに一夜の間に贈り物を授ける――キロトン単位のプレゼントを一台のそりに積み込み、音速の数千倍で空を飛び、それによって生じる絶大な空気摩擦や慣性の法則を無効化、あまつさえ密室に移動し家人にまったく気付かれずプレゼントを仕込む――それがどれだけとてつもない労力かを鑑みれば、赤い服を纏った老人が恐るべき力を備えた超自然存在であることは明らかである。
他方、伝承によれば、サンタのトナカイたちは不老不死ではない。しかしながら限りなく不老に近く、かの有名な「赤鼻のトナカイ」ルドルフォですらももう千五百年を生きているという。
あらゆる物理法則を超越し、千年を越えて生きる存在たち。
もし仮に、その能力と叡智のすべてを「別のこと」に転用したとしたら?
それがどのようなことであれ、彼らは並ぶ者なき無敵の存在である。
余談ながら、ドイツの伝承においてはホレイ(※もしくはペルヒタ)という精霊が存在する。
彼女(※通説では年老いた老婆の姿を取る)は公現節の十二日間この世に顕れ、雪と共に贈り物を授け、糸紡ぎの娘を手助けしたり子供のずれた毛布を直してくれたりする。しかしその一方、雪嵐と共に屈強なる幽鬼の軍団を率い、死者の魂をさらい怠け者や悪人をむち打つ魔女でもあるという。
【幻獣辞典】より
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