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『ハードボイルド オトナ編』
もりたとおる様より



 

『ハードボイルド オトナ編』


■ヘビースモーカー編■

「私は甘い女じゃないのよ」
 決まり文句だな、もう。
「知ってる」
「そもそもあんたは、私の彼という自覚が足りないのよ」
 いや、十分自覚しているつもりだが。
「何でだ?」
 しかめっ面窮まれリ、の顔。そこがまたいいんだが。言うと怒るから止めておこう。だが、怒った顔もまた・・・・いや、本気で怒らせると何も言ってくれなくなる。さすがにそれは嫌だ。
「どうしてこんなところで待ち合わせをするのか、ってことよ」
 ケーキ喫茶で待ち合わせ。
 それほどおかしな所ではないと思う。
「私は甘い女じゃないのよ」
 知ってるって。
「どうしていつもケーキ喫茶なのか、それを教えて欲しいわね」
 食いたいから。
 普通食えないだろ、男一人でケーキ喫茶なんて。
 しかもここ、タイムサービス時には取り放題。天国だ。
 だが、簡単に天国に行くことは出来ない。
 俺は一人でケーキ喫茶に入れるほど、精神が恥知らずには作られていないのだ。
 そういうわけで、彼女の協力が必要になってくるわけで。
 だから、待ち合わせ場所もここと決めているだけで。
 そのせいか、俺がここに来ると、いつも「私は甘い女じゃないのよ」と。
「私は甘い女じゃないのよ」
 わかったっつーに。
「よくわかってるっての。お前ぐらいじゃないか。ここでそんなに煙吹かしてるのは」
 喫煙可能のケーキ喫茶ってのも珍しい。
 とはいえ、そのお蔭で俺も恩恵に与れるわけだが。
「当然よ、でなければ、私はこんなところで絶対待ち合わせないわ」
 ありがたい店で。
 ケーキが、美味いのだよここは。
 だからここでの待ち合わせは外せんのだ。
「逆にあんた、男にしては甘すぎ」
 そこがいいんじゃないのかなあ、やはりバランスが大事だろう。男女間というのは特にそれがものを言うってもんで。
「まあとにかく、プラマイゼロってことでよかろ」俺が甘すぎで、お前は甘くない。それでいいじゃないか。
「ぶつぶつ」
 ぶつぶつ言いながら煙草をふかすのは止めれ。



 店を出て、適当に買物なんぞに付き合って。
 その間も「あんたは甘い、私は甘くない」と繰り返しながら、だらだらと。
 確かにお前は甘くない。
 だけど、可愛いんだよなあ。ってなわけで。
「そろそろご休憩、いっとかないか?」
 入り口前で、急停止。
 むっすーっとしているように見せて、ほんのちょい顔を赤らめている辺り、抱き締めたくなってたまらん。早くご休憩ご休憩。
「あんたねえ、何度も言わせないでくれる?私は」
 甘い女じゃないってことはわかってるって。こうすれば、一発だ。
「んむっっ!」
 口の中に広がる、ニコチンの香り・・・・・・ほんっとこいつ、甘くない女だわ。
 そのままだーっと中に中に。
「んんんんんんんんっっ!」
 どうせこんなところ、の前だ。これぐらいみんなやってるってことで。調子乗って、ニコチン吸収しまくってしまえ。


 とまあ、堪能すること約五分、お互い酸欠するほどに、なんのかんの言いつつも、あいつの方も積極的に吸出しにかかってくる辺りがまた萌える。そして燃える。


「はあっっ、はあっっ・・・・っっ!」
 おー、息切らせちゃってまあ・・・可愛い可愛い。
「ささ、中でゆっくり休もうなー」
「わたっっ、わたしはっっ、あまっっ、あまくっっ・・・・・」




 俺は、ヘビースモーカー。
 煙草は週に一度、彼女の口から吸っている。

 そう、かなりヘビーに。だが、それがいい・・・・・・・




 了




■夜明けのマンハッタン編■


「もう、すぐってところか」少し早めに着いちまった。ここ(玄関)で待とう。
 時計を見る。自慢のクオーツだ。毎日毎晩磨いている、とっておきのものだ。
 今日というとっておきのために、腕に巻いた。初めてのことだ。
 しっくり来る。こいつもきっと、俺に長い間巻かれたがっていたに違いない。すまなかったな。
 想いを込めて、口づけをする。ずっと寒空の下にいたせいか、すっかり冷たくなっていた。
「今、暖めてやるからな」そっとコートのポケットに手を突っ込む。
 冷え切った彼女の身体は、もうしばらくすれば暖かくなってくれるだろう。今夜は一緒にシャワーを浴びてやらないと。大丈夫、10気圧防水だ。彼女は丈夫な娘なのだ。
 だが、しまったぞ。時間の確認をすっかり忘れていた。
 せっかく安心できる場所についた彼女を、また冷え切った寒空の下に出すのはあまりにも忍びない。
 しょうがない、ここは時間のことを気にしないで待つことにしよう。
 大丈夫、俺は気が長いんで有名なのだ。
 今までの最長記録は、冬の深夜二時から十時まで、駐車場の中で座っていたことがある。あの時は辛かった。
 海風の運んでくる北風は、容赦なく俺を打ち、冷たく冷えたアスファルトは、急性冷え性の患者を一気に大量に作り上げた。
 今となっては懐かしい思い出だ。思い返したくないが。
 いや、途中トイレに行きたくなって、って、そんなことはどうでもいい。
 どうもやることがないと、いらんことを考えてしまう。ここは何か考えるようにしよう。
 とりあえず羊の数でも数えるか、俺はラム肉が好物だからな。
 羊が一匹羊がく―――――――――――――――――――――――――――



 いかん、寝ていたらしい。
 首を振って気合いを入れよう。


 ごき


「ぐああああっっ!」す、筋筋筋筋筋いいいいっっ!
 い、いかん、このままではただのハードボイルド気取りの勘違い君みたいではないか。違う、違うぞ。
 俺は生粋のハードボイルドだ。ヘビースモーカーだし。
 何? 知らないのか? よし教えてやろう。
 世の中のハードボイルドの大半はヘビースモーカーだ。これ常識。考えてもみろ。
 退廃的な夜の街、やや霧がかった寒い夜、街灯の光の他に夜の街に灯る、蛍のような幻想的な光。
 ライターに火を灯した瞬間だ。そしてじじじ、と煙草に火を移す……ハードボイルドにしかなせない業だぞ。
 何? 女の口から煙草を吸う奴に言われたくない?
 僻むな僻むな。要は俺がヘビースモーカーであり、ハードボイルドであることだけを認識してくれればいいんだ。
 話を戻そう。ハードボイルドについてだ。
 あんた、ヘビースモーカーじゃなくてもハードボイルドでいられる、と勘違いしてないか?
 なら、幸考えてみてくれ。
 退廃的な夜の街、やや霧がかった寒い夜、街灯の光の他に夜の街に響く、スニーカーがアスファルトを踏む音。
 ジャージの上下でジョギングをしている音だ。そして「はっはっは……」と、ブレス……これがハードボイルドな光景か?違うだろう?否だろう?
 世の中ってのは、そういうもんだ。
 イメージが勝つんだよ、よく覚えておいた方がいい。
 しかし、遅いな。まだなのか。まあいい、待つのは慣れている。







「お待たせ」
 入室のお許しが出た。。もう少しでマンハッタンの警察の世話になるところだった。
 身元不明の死者なんて、この町じゃ珍しいことじゃないが、慎ましやかに生きているのがモットーの俺としては、あまり人様に迷惑をかけたくない。
「早く入って」
 相変らずぶっきらぼうなやつだな。でも、そこがいい。
 俺の煙草ちゃん。甘くない女。
「まさか途中でケーキなんて食べて来ていないでしょうね」
「安心していい」俺はハードボイルドだ。ケーキを食うのは待ち合わせの時だけと決めている。
 そう、ハードボイルドを気取るには、自分の中で約束ごとを守らなければならないのだ。
 お前に「私は甘い女じゃないのよ」と言われるのは、その日だけと決めている。だから言うなよ。
 口を塞ぐ。ニコチン補給。囁くように「信じろ」と言いつつ。
「……信じるわ」物分りのいい女は好きだ。キスの上手い女なら尚更。手料理はいかがなものか、お手並み拝見。
「今日のは自信作よ。これであなたを溶かしてみせるわ」
「君の望むままに」
「うふふふふ」怪しく光る目。ぞくりと身震いする。



「その前に、君を溶かしたいんだが」
「なるほど、お腹、空いていたのね、いいわ。来て…………」



 夜明けのマンハッタン。
 目覚めはブラックのコーヒーと、横で寝ている彼女の身動ぎ。
 そして、テーブルの上に乗せられていたのは、ハードボイルドに相応しい堅茹卵………のはずなのだが、やってくれる。
「どこが甘くない女だって?」自慢の料理は卵料理と聞いて、すっかり茹で卵だと思っていたんだ が、まさか卵焼きとは思わなかった。それも、匂いまくる砂糖の香り。
 摘んでみた。甘い。実に甘い。口惜しいが俺好みの甘さ。
 こりゃ、彼女も嫉妬するわけだ。
 余程離れたくなかったらしい、手首には夜を共にした彼女の爪痕が、くっきりと残されていた。



 了




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