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■『永劫の飛翔』〜もしくははるかなる未来における闘争の一場面〜■
こあとる著
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 スロットルを解放した瞬間、鈍い抵抗が伝わってきた。
 水の中を泳ぐのに似ている。しかし切っているのは水ではない。
 地上一万フィート、雲の上。
 切り裂いている風と空気は、超々音速に達している。
 マッハ六超。極超音速。
 音速の六倍以上の速さ。

『こちらヴォイド。パーキンソン応答せよ』

 ――こちら『パーキンソン』。感度良好。

 レーザー通信を行ってきた空中母艦に応じる。
 『ヴォイド』は一年前、空軍の技術を結集して建造された最大規模の空中母艦である。
 ベヘモト級の大型戦略爆撃機を八機着艦させることができ、燃料と弾薬を戦闘時間に概算して二百時間以上補給し続けることができる。機体そのものも反地磁気作用を生む空間コイルの浮力を得ているため、半永久的に飛び続けることができた。
 まさに、空の要塞だ。

『状況を報告せよ』

 ――現在速度マッハ六・五。機体に変化なし。レーダーに反応なし。あと四十秒等加速を継続後、飛行テストから射撃テストに移行の予定。タイムスケジュールに変化なし。

『了解パーキンソン。テストを継続せよ』

 通信が終わる。機体の状態に気を配りながらも、さらに加速する。
 『ヴォイド』は通信を切った後も千マイルほど後方でこちらの動きをトレースし、データ収集と同時に索敵と欺瞞情報素子の散布を全力で行っているはずだった。高々度安全圏を飛翔しているとはいえ、敵領域のど真ん中での実験飛行である以上油断するわけにはいかない。
 空軍によって開発された制空決戦兵器、『ファルケン〇〇八・ムーンハンガー』。
 タイプ『ファルケン』の最終試作機の、初の戦闘実験飛行だった。使用されているパイロット・モジュールも、現行で最も優秀と評価されている『六〇三七・パーキンソン』である。
 二次元ノズルから吐き出される触媒が、機体をじわじわと加速させていく。現在マッハ七。各チェック項目も異常はない。
 きっかり四十秒の加速をもって、機体速度はマッハ八に到達した。
 制空戦闘機において最高の速度。すなわちこの星における、どんな兵器よりも早い速度だった。
 『人間』が保有している兵器はもちろん。
 『敵』のそれにおいてさえ。

 ――『パーキンソン』より『ヴォイド』。本機は最大速度に到達。これより射撃テストに入る。

 返答を待たずに、砲撃レンズのカバーを開く。
 それは、目を開くのに似ている。紅色の焦点レンズは、まるで悪魔の邪眼のよう。
 眼が輝く。『敵』を灼き尽くす、火の邪眼。
 眼ははるか下方に広がる褐色のざわめきを捕らえている。ほぼ無風のはずの地上で、嵐のただ中のように騒ぐ無限の広がりを、正確に。
 褐色であるのには理由がある。この場所にこの『都市体』が出現したのは八時間前である。
 出現した当初は、『都市体』は黒一色だ。それがわずか数時間の日照で、褐色に変わった。
 あともう数時間も陽光を浴びていれば、さらに色は変化する。それ本来が原初から持っていた色になる。
 緑に。

 ――仮想爆縮炉展開。アルゴンジェネレータよりエネルギー誘導開始。発射三秒前。

 三秒。
 ただそれだけの時間で、重力結成格子内のエネルギーは飽和収束する。コンプレッサーの中で圧縮された水が、ホースから勢いよく噴き出すのに似て。
 秒速三十万キロで発射された数万度の熱線は、眼下の雲海を一瞬で蒸発させつつ直進し、地上にざわめく褐色の広がりを一直線に薙ぎ払った。
 熱線として収束したエネルギーの解放、拡散。
 立ち上がった火柱が、五百フィートの高さまで立ち上る。モニターによる観測と被害予測。三万立方ヤードに渡る『都市体』コロニーが、回復不可能なレベルで焼失したはずだ。

『こちらヴォイド。コロニー前方に活性化反応。――迎撃体の飛翔を確認』

 ――『パーキンソン』了解。こちらでも確認した。高々度戦闘状態に移行、回避撃墜する。

 あっさりと応答し、対空戦闘モードに移行する。
 各種センサーで、地上から飛び立った多数の『迎撃体』が見えた。等間隔に並んだ三枚の尾葉を備えた、すらりとした柳葉型の物体が高速で接近してくる。
 イオン誘導で浮力を得、酸素爆発によるロケット原理で飛ぶ『迎撃体』。
 その役目は対象の至近距離で炸裂し、内部に蓄えた無発芽種子を周囲にばらまき迎撃すること。
 いわばミサイルである。しかしその正体は立派な『敵』のひとつだった。
 『植物』だ。

 ――最善回避行動実行。

 殺到してくる『迎撃体』のど真ん中を、両翼を揺らせつつ駆け抜けた。一刹那遅れて後方で爆発が連鎖するが、破片ひとつとして当たらない。
 『迎撃体』の反応距離と自爆までの時間、その効果範囲を一瞬で割り出し、爆発の「空白地帯」を極超音速で突破したのである。追いすがろうとする他の『迎撃体』も、見る見る後方に引き離されて失速、もしくは自壊していった。
 音速の八倍というスピードと、針の穴を通すような操縦精度が可能にする神業。
 せいぜいマッハ一・五程度しか出せない『迎撃体』にとっては、すれ違う瞬間しか攻撃のチャンスは存在しない。

 ――対地熱線砲『アゴニイ』、第二撃目充填完了。エネルギー誘導開始。

 地上の目標を望遠レンズの正面に捕らえる。
 先程『迎撃体』を発射させた、SSS級の超大型敵性植物――『制圧体』。はるかな過去より難攻不落「だった」相手だ。
 対地主兵装である『アゴニイ』を使えば、ほぼ一撃で沈黙させることができる。

 ――発射三秒前。

 けたたましくアラートが鳴ったのは、その時だった。

『こちらヴォイド。敵の攻撃を受け交戦中。ただちに攻撃を中止し、帰還――』

 『ヴォイド』のレーザー通信が伝えてきたのは、そこまでだった。
 モジュールシステムの一時的な混乱。減速し、攻撃を一時中止。原因を推測する。
 通信が唐突に途絶する――考えられる要素はわずかだ。ましてモニター内から『ヴォイド』を示すマーカーが消滅したとなれば、ひとつしか思いつかない。

 ――『ヴォイド』が墜ちた。……いや、「墜とされた」?

 緊急通信のアラートが鳴った時点で交戦中だったとしても、ほぼ一瞬で墜とされたということだ。
 火力、内包兵力ともに『制圧体』と互角以上に渡り合えるはずの空中母艦が。
 そんなことができる兵器は『敵』側には存在しない。
 唯一可能だとすれば、せいぜいこの『ファルケン』くらいのものだった。従来の制空戦闘機をはるかにしのぐ超高機動と、母艦の主砲クラスにに匹敵する大火力を備えた『ファルケン』ならば――。

 ――そういうことか。

 機体をターンさせる。フルスロットル。超音速まで減速していた機体は、再びその壁をあっさりと突破した。
 『ヴォイド』の消失地点から、高速でこちらに近づいてくる未確認飛行体がある。接触まで九分弱。
 逆算された飛行体の速度は、音速の八倍を超えていた。『ヴォイド』が墜とされたという事実がなければ、とても信じられない――相手が植物であるという以前の問題として――話ではある。
 「これで『木切れども』は、はるか彼方に置いていかれた」。
 そう言ったのは、空軍の戦術開発局だったが。

 ――結局、すぐに追いつかれる。

 加速を続けながら思考する。レコーダーを覗かれれば、意識停止処理を受けかねない問題思考だ。
 もっとも思考領域の「雑念」域が広く設定されている『パーキンソン』タイプにはままあることだった。それゆえにパイロットモジュールの中では突出した性能を誇っているという意見は説得力に欠けたが、ロボトミー系モジュールを中心とした部隊運用においては致命的なほどの「欠点」となるはずのそれが、未だに改良されない理由となると他に考えられない。

 ――未確認飛行体との第一次戦闘接触予測地点まで六分十四秒。

 警戒状態から戦闘状態に移項するまでは、まだ思考領域に余裕がある。「雑念」域での思考が続く。
 こちら側の兵器技術の進歩は、常に『敵』の適応進化との追いかけっこである。それは歴史を紐解くまでもなく、誰でも知っていることだ。
 しかし、ひとつだけ奇妙なことがある。
 『敵』とこちら側の技術進歩というレースは、人類側が常に一歩リードする。しかしその後例外なく、すぐに――十年単位のタイムスパンで見るならばの話だが――『敵』側が追いついてくるのである。
 「抜きつ抜かれつ」ではない。まるでバランスを取るかのごとく。
 「合わせられている」かのごとく。
 無論推測の域を出ていない。どころか否定意見の方が多い。
 両者の進歩が偶然同じ速度であるため、というのが現在でも主論ではあるが、それでも――。
 両軍の衝突とその結果生じてきた一進一退は、戦術データとして記憶野に入れられていた。それを閲覧すれば、それこそ誰にだって長年に渡って戦略統帥部の思索局を悩ませ続けていたその不自然さが理解できる。

 標準歴五一一七年、北方領界に対『制圧体(※当時は『惑星樹』と呼称)』戦を想定した重砦『セヴァストポリ』建造。
 標準歴五一二四年、侵入した『寄生体』の破壊工作によって『セヴァストポリ』陥落(※人類側、初めてミクロレベルで敵側の攻撃を受ける)。

 標準歴五三一六年、燃焼気化爆弾による大規模空爆『カスパのアイロン』作戦実施。
 標準歴五三二〇年、北方最大の軍事拠点となる予定だったスタッセンピーク基地建設中、焼き払われたはずの『都市体』が突如再出現、六百人以上の人員が失われる。
(※『都市体』の地中潜行能力が初めて確認される)

 標準歴五四七九年、戦闘回路『パイロットモジュール』試作第一号ロールアウト。「部品」となった被験者の名前は当時資料から完全抹消。
 標準歴五五〇〇年、パイロットモジュールのみで構成された初の地上攻撃部隊『チームD』、未確認の敵と遭遇し交戦、壊滅。
(※敵側の地上用純戦術種『戦闘体』が初めて確認される)

 標準歴五八一五年、人類側、光学熱線兵器導入。
 標準歴五八一六年、敵側にキルリアン兵器を備えた『殲滅体』確認される。

 標準歴六〇〇二年、カルドリ境界にてギガトン級の核兵器が使用される。
 同年、人類側にオゾン干渉兵器使用される。紫外線により地表における人類生息圏の八割が失われる。

 無論推測の域を出ていない。しかし。

 ――足掻いても。どれだけ足掻いても。

 第一次戦闘接触予測地点まで、三分五十秒。目標にレベルAプラスのキルリアン反応を計測した。
 『制圧体』を凌駕する数値だった。
 質量センサーでは、せいぜい『ファルケン』より一回り大きい程度だというのに。キルリアン兵器を搭載しているだけではなく、キルリアン活性場による反転修復すら可能かも知れなかった。
 だとすれば、一撃で仕留めるしかない。欠片も残さず蒸発させる。相手の大きさから修復にかかる時間を逆算すると、細胞一片からでも一秒に満たない時間で再生されてしまう。
 逆に『ファルケン』の機体強度では、『制圧体』クラスのキルリアン兵器には耐えられない。
 分が悪すぎる勝負だと、自覚せざるを得なかった。

 ――ひょっとしたら「我々」は、「奴ら」には。

 第一次戦闘接触予測地点まで、一分を切った。
 全兵器のセフティ解除。ベクタードライバフル稼働。アルゴンジェネレーター出力最大。
 戦闘状態に移項する。

 ――しかし。それでも。「我々」は。

 あと三十秒。
 最大望遠で視認する。黒一色の円錐形。空気摩擦をイオン誘導で散らしているのか、周囲にスパークがきらめいている。『ヴォイド』をあっさりと墜とした『敵』。植物。

 ――永劫に。

 あと、五秒。



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