小説目次


『〜幻獣辞典〜』
こあとる著
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■『ピュグマエ』の巻■



 

 ――オレたちがカミさまにもらったものはみっつ みっつよりいっぱいでもみっつ
 ニンのキとカワイイヨメさんと ひろいひろいソラとひろいひろいダイチ
 ありゃみっつよりいっぱい でもキにしない
 いっぱいのもらいモノにカンシャ オドれオドれ カンシャのオドり――

           ☆           ☆

 ≪先導長≫が、羽を広げて制動に入った。
 低くを飛んでいた≪宿定長≫の囀(さえずり)が聞こえる。止まり木を見つけたのだろう。
 一属も≪先導長≫にならい、次々と降下していく。止まり木をとれることに、安堵の囀が四方からあがっている。
 一回帰ぶりの長の飛行だった。安堵の囀も無理はない。

   重複して詩吟せよ。囀をあげよ。一属のもの。

 囀はかすかに、我の嘴の中だけに響いて、風の唸りに消し飛んだ。
 高く高く、囀をあげてもよかった。しかしそれは≪囀舞長≫の役目であり、我が勤めではない。
 代わりに我は、目を開く。全視に焦点を合わせる。広角の焦点。
 全視に果てしなく広がる大地、そして大河。
 一回帰ぶりの、遥けき大地。
 一属が生まれ、育つ大地への回帰の旅がいま終わった。これよりは≪巣守長≫の導きのもと、生命と死をつかさどる巣作りが始まるのだ。それを思うと胸がたかぶる。
 だがその前に、もうひとつ一属が負わねばならぬ試練有り。
 囀はまだならぬ。しかし胸の脈動に留めおけ、一属のもの。
 この≪河上長≫が、導くべき試練有るを忘れるな。
 一回帰最大の試練、血と羽根と悲憤の囀が大地に落ちる、かの試練のことを。

 ≪黒き死≫との、戦いを。


〜『ピュグマエ』の巻〜


 ――こまったこまった とってもこまった
 オレたちがカミさまからもらえるはずだった おっきなおっきなおくりもの
 とんできたツルも ほしがった
 こうなりゃイクサだ タタカいだ ニンのキけずって ヤリつくれ
 ツルはつよいぞ おっきいぞ やられないよう カタマってウタえ
 ウタえウタえ ヤリふってウタえ――

           ☆           ☆

 止まり木は心地よく、鈍った羽根に影をおとす。
 近くの水場には一属が群れ集い、さかんに渇いた喉と身体を潤していた。我とそれぞれの≪長≫らはそれには加わらず、止まり木の上から一属の様子を見守っている。
 ≪総属規定≫により定められていなくとも、≪長≫らの威厳にかけて、一属の心地よさそうな囀を聞くだけで些末な渇きなど耐えられようというものだ。ことに今回の回帰に初の≪長≫を勤めることになった≪先導長≫にとって、その思いはなによりも強かろう。

   素晴らしい勤めを賛辞する
   ≪先導長≫の導きは 七の回帰を勤め上げるに相応しい
   詩吟は長く詠いあげるであろう ≪先導長≫の強き羽ばたき 強き囀を
   一属の誇りを

 我が上げた賛辞の囀に、若き≪先導長≫は足を組み替え、うっとりとして聞き惚れた。
 他の≪長≫らもそれに和すると、さすがは若きにして如才なき≪先導長≫、長く形の良い嘴をさっとそらすや、

   忘れてはならぬ 我以外の≪長≫たちへの賛辞を

   ≪宿定長≫が捜しだした この止まり木の枝振りはどうだ
   太くなく折れもせぬ この見事さ 水場に近き 陽にさしかかる この葉影
   ≪囀舞長≫の 囀の高さはどうだ
   あの朗々たる詩吟の豊かさたるや 全地に満つ拡がり 一属を駆り立て ときに宥める

 見事な囀、詩吟の巧みさ。我は首を傾け、返詩に聞き入る。
 ふと不遜にも思う。≪囀舞長≫に並ぶほどだと。
 三度の回帰しか経験していない、≪長≫を勤めるにあたっては今回帰が初めての≪先導長≫が、これほどまでに見事な囀をこなせるとは。
 ≪一属会議≫は正しい。一属すべての総意は常に最良の結果を生み出す。
 だが今回帰にあたって開かれた≪会議≫は、とりわけ今まででもっとも最良の≪会議≫であったに違いない。新たに決められた多能なる≪先導長≫は、この先永きに渡って回帰を導くものとなるだろう!

   ≪巣守長≫の産み出すであろう 豊潤なる巣に想いを馳せれば
   今よりも力強き一属の姿が やがて全視に浮かぶであろう
   右視には若き白き羽根 汚れを知らず 誇りを抱く
   左視には古き賢き嘴 すべてを知り 慈愛に満つ

 ここに来て我はようやく、水場にいたすべての一属がその囀に耳をかたむけ、身体を詩吟に併せて揺らめかしていることに気付いた。
 ともなれば、この囀は≪先導長≫によって成されるものであってはならない。
 我が勤めにはないが、それを警告すべきなのであろうか?
 始詩の囀は我が上げたもの、我が止めるべきであろうか――しかし、この見事な詩吟を止めるのは≪総属規定≫に照らし合わせてみたとしても、さらに不遜な行為であるようにさえ感じてしまう……。

   ならば総じて詩吟せよ 囀をあげよ 脚を組み替え 舞い踊れ
   これより想いを馳せようと願わくば やがて来るべき勤めを忘れるな
   ≪黒き死≫との戦いを忘れるは一属の滅び 古より定めし≪規定≫の凍り付く時
   一属の血の 大地に落つる時!

 おお、一瞬の遅滞なく詩吟をかぶせ、囀を引き継いだその主は言うまでもなく。
 聞き慣れた低い囀は、≪囀舞長≫のものだ。我に次ぐ長さである、四度の回帰を経た≪囀舞長≫の囀が、我の身体を、≪長≫たちの身体を、一属すべての身体を震わせる。

   なれど見よ 栄光に輝く灰色の羽根の主を
   我らが誇る 一属が誇る そは大いなる≪河上長≫
   ≪長≫として七度の回帰 七度の戦い そのことごとくを成功に 勝利へと導いた
   一属の繁栄の ≪規定≫の継続の 一属の血の守り主

   ≪河上長≫よ ≪黒き死≫を退けるものよ 勝利の担い手よ!

 一属すべての和する囀を、我は心地よく楽しんだ。羽根を広げ、脚を組み替え、囀に応える。
 一属は来るべき戦いに――回帰における最大の試練に――奮い立っている。≪囀舞長≫の手並みの見事さは驚くほどで、さりげなく≪先導長≫を称えるためだけに上げられた我が囀を、一属すべての胸に戦いへの意欲満ちあふれさせるものに変えてしまった。
 これほどの≪囀舞長≫が、他の一属にいるだろうか? 一属すべてに影を落とせる止まり木を、ことごとく見つける≪宿定長≫がいるか? 三度の回帰にして≪長≫としての優秀さを、個としての多能さを証明してみせた≪先導長≫が、数多ある他属にもいるのだろうか?
 ≪巣守長≫も、じきにその優秀さを証明することになるだろう。過去二度の回帰において、現≪巣守長≫の手際の良さが先≪巣守長≫に勝るとも劣らぬものであることは、一属すべての知るところとなっている。
 他属と交わった経験は、我の十回帰を越える老齢の中においても一度たりとてない。それでも我は、我が一属の優秀さが抜きんでたものであると確信して止まない。
 なれば、我もそれを守らねばならない。
 すべての羽根が抜け落ち、すべての血が流れようとも。我にとって八度目となる、この回帰を。
 一属の唱囀が、大地に長く高らかに響き渡っている。それは勝利を、試練の達成を確信した囀だ。
 しかしその最中、かき消されることもなく、我に届いた囀があった。

   (だが忘れるな 数えようもなき 一属の回帰の果てを
   それが与えたものと 奪っていったもの
   とりわけ今は失われしものを)

 それは、誰が詩吟したものであったろう?
 我はとまどいの囀を上げるのをかろうじてこらえ、首を巡らせて一属を見渡した。
 誰が唱囀を乱したのか? 一丸となって≪黒き死≫との戦いに想いを馳せる一属の中で、誰がそのような不遜な囀を上げるというのか? 我を詩吟の高揚から引きずり下ろしたのは誰か?

   おお≪河上長≫よ 称えよ勝利の担い手を
   栄光に輝く灰色の羽根 もっとも鋭き嘴の先の先

   (おお≪河上長≫よ 思い出せ今は失われたきらめきを
   醜く生き残る汚れ果てた羽根 黒い血に染まったひび割れし嘴)

 唱囀が続く。それと同時にもうひとつの囀も。

   (汝が示すは一属 汝は一属の真の姿
   数多のものを失い 得たものにすがるあさましき姿)

 困惑した胸の中、我は止まり木に立ちつくす。
 その囀は、いっかな止むことはなかった。詩吟にまぎれ、ひたすらに我を苛み続ける。

   勝利は我らの手に
   一属の手に

   (死は一属の上に
   老醜を晒すものの上に)

 ついぞ、どれほど全視を巡らせようとも。

   (汝こそが 思い出すべし ≪河上長≫)

 その囀の主は、わからなかった。

           ★           ★

 ――ゆうべのゆうべ そのまたゆうべ モベがカミさまつれてキた
 オレたちイッパツ スグにわかった あなたカミさま エラいカミさま
 ミたこともない キいたこともない ニオイをかいだこともない
 だけどシってる あなたカミさま
 だってあなたは オレたちといっしょ だってあなたは ぜんぜんちがう――

           ☆           ☆

 河上の途は順調だった。
 大河に沿って、源初の音なき囀と≪総属規定≫に従い、浅瀬を、岸部を移動する。移動し、休息し、また移動し、休息する一属を、我は囀と脚運びで誘い、導く。

   全視に収めよ一属 大河を 果てなき原野を
   流れ来る大河の運びに脚並を揃えよ 潜む試練に右視を 左視を傾けよ
   囀をあげよ 試練に雄々しく挑むそのいさおしを 詩吟に込めて
   総属の揺るがぬ ≪規定≫のもとに!

 ≪長≫たちの唱囀が、続いて一属の唱囀があがる。その韻律に潜む猛々しさに、我は満足の囀で応える。
 河上の途に際して、陽はすでに天の真芯に運ばれつつあった。試練となる途はこれより長く長く続くのだが、今のところは我らが敵、≪黒き死≫は現れてはいない。
 我は一属を導きながら、右視に大河を写らせる。
 蛇行する大河は、我にかつての回帰を思い出させた。

   (七度の回帰 七度の試練 それは七度大地に降り落ちる血と羽根と 囀)

 音に出さぬ囀。胸にのみ響かせる詩吟。
 胸の内に染みついたそれは、戦いと別れだ。試練に打ち勝てなかったものたちとの、永久なる。
 それに痛みを伴うようになったのは、そもいつからであったろう。
 五度目の回帰か、それとも六度目か。胸の中は曖昧として、前の回帰の記憶すらも全視に浮かべることはできない。ただ漠然とした匂いと、様々な囀と、血と水に濡れた羽根の重さと、蹴爪が引き裂いていく黒い肉の感触と――断片的な詩吟とともに、浮かんでは消える。
 過ぎ去った回帰に想いを馳せるのは、愚かなことだ。
 「過去」というものに意味があるとするなら、それは栄光に満ちた一属の存続が成されたという、その事実においてのみである。≪総属規定≫は過去から連綿と形を変えずに我らが中に有り続けるが、確かなことは≪総属規定≫を守り一属を存続させていくという「今」であり、≪総属規定≫が定められた「過去」そのものは我に、一属に何ら益のあるものではなく、せいぜいが華々しい勝利や回帰の成功を称えることによって奮起と鼓舞を促す、それだけの役にしかたたないものだ。

   (過ぎたることのみを尊ぶ詩吟なし 過ぎたるを糧として今を成すべし)

 そう囀を上げた先代の≪囀舞長≫は、我が六度目の回帰において≪黒き死≫に呑まれた。
 数少ない明確な、全視に浮かぶその瞬間。
 我のすぐ隣、羽根の触れあうところにて、押されかけた一属を鼓舞せんと前に出てきたところを、

   (愚かなり≪囀舞長≫ それは其の勤めにあらず
   戦いの囀はただひとつ ≪河上長≫の勤め)

 ≪黒き死≫の棘にて貫かれた。
 胸に、全視に、それがいまだ残っている理由は、その囀を覚えているからであろうか? それとも勤めに抗った末に血と羽根を大地に落とした、そのあまりの愚かさゆえであろうか?
 我に並ぶほどの回帰を勤め上げたという、先代の≪囀舞長≫。それがあのような愚かなことを。
 後にも先にも、それは我が見たもっとも愚かな死に様であった。試練の最中とはいえ己が勤めの有りようを忘れ≪黒き死≫の手にかかるなど、その時は我も蔑意と僭越の怒りを込めて、戦いも忘れて罵りの囀をあげたものだった――。

 ――「その時は」?

 その時は。「その時は」?
 それが何を意味するのか。≪河上長≫よ、理解してのことか。
 胸の内より生み出された、投げかけられた「もの」が詩吟すら形作ることがなかったという事実に当惑する。いや、それよりも己自身に投げかけられた「もの」の内容に。
 その時は。
 では――それならば。

 「今は」――。

   警告!!

 浮かびかけた胸の焼け付くような疑問が、悲鳴のような囀によって遮られた。

           ★           ★

 ――きたぞきたぞ ツルたちきたぞ
 ゆうべみはりのゴゴがみた おソラにたくさん ツルのムれ
 ヤリもってはしれ カタマってはしれ イクサのヨウイだ そらはしれ
 ツルはこわいが カミさまついてる カミさまいれば こわくない
 これでツルたちみんなシぬ そしたらカワは オレたちのもの
 カンシャカンシャ カンシャのオドり――

           ☆           ☆

   現れた! 現れた!! 現れた!!! あらわれた!!!!

 上がったひとつの囀が、ふたつに、みっつに、嘴を一度打ちならす間に一属すべてに広がった。我は取り急ぎ首を巡らせ、全視をもって混乱をきたした一属の首の向く先を見回し。
 平原の彼方にぽつりと現れた、≪黒≫。
 全視をこらす。全視に写る。今はまだ遠い、この平原の中でただひとつの、≪黒≫という色。
 他にあり得ぬ色。我らと対を成す色。醜き色。
 色はただひとつ。されど乾ききった血の染みのごとくにわだかまるその≪黒≫は、ひとつにあらず。
 十を越える数。間を置かずひっそりと、わだかまるように群れ集った。
 翼を持たぬ、羽根を持たぬ、嘴を、蹴爪を持たぬ。
 飛ぶことは出来ず、脚を組み替え優雅に立つもままならず、長く美しい頸もなく、上げる囀は低く、韻律も詩吟もなく。
 大小様々な棘を用いて、我らを傷つける。
 回帰の試練。一属の敵。一属を殺し尽くすもの。一属に殺し尽くされるもの。

   ≪黒き死≫が 現れた!!!

 畏怖と興奮の入り交じる囀は、しかし、かえって我に落ち着きと、己が勤めを明確に思い出させた。鋭く頸を伸ばし、嘴を天にかかげ、胸の奥よりほとばしるままに囀を上げる。

   畏れの囀は 詩吟を欠く囀
   正しき韻律を 詩吟を上げよ!

 我の声に、畏れはない。
 七度の≪河上長≫としての回帰が、とうにそんな醜いものはぬぐい去ってしまった。

   嘴を向けよ 脚並みを揃えよ 翼を広げて力を見せよ!
   今こそ試練の幕開け ≪黒き死≫との戦いの幕開け!

 ただあるものは≪黒き死≫への怒り、試練に挑む、勝利することへの揺るぎない意欲のみ。
 何もかもを忘れ、胸の、血の中を流れるそれらのすべてをたぎらせ、

   続け その脚で 広き大地を
   覆え その翼で 厳しき試練を
   貫け その嘴で 引き裂け その爪で
   ≪黒き死≫を!

 我はひときわ高い囀とともに、翼を大きく広げて地を蹴った。
 群れをぐっとせばめた≪黒き死≫どもは、我が迫るを畏れて長き棘をかまえる。
 わかるぞ≪黒き死≫よ、其らは畏れている、この我を。
 一属でもっとも大きな我を、一属でもっとも速い我を、一属でもっとも強い我を。
 灰色の羽根を、鋭い蹴爪を、嘴を。
 ぐんぐんと≪黒き死≫どもが近くなる。当然だ。我は速い。そして力強い。
 わかるぞ≪黒き死≫よ、棘をかまえるその仕草。
 棘を突きだしてくるのだろう、我が嘴のように。そのために力を蓄えているのだな。
 だが遅い。だが短い。

   (それでは 我が嘴に勝るわけもなし!)

 囀が響くよりも速く、棘がくり出されるよりも速く、我が嘴が先頭にいた≪黒き死≫を貫いた。
 わっと≪黒き死≫どもの群れが開く。右視でその散ろうとする一匹に狙いを定める。

 ――≪白≫?

 蹴爪をくり出す。くり出して打ち下ろす。その腹をかき裂く足取り。死の足取り。

 ――何が見えた?

 全視を囲むように突き出されてくる数多の棘を、翼を広げ打ち払う。
 その時になってようやく

 ――≪白≫が見えた?

 我が一属が≪黒き死≫の群れに

 ――≪白≫? 一属の色? 羽根の色?

 鋭い脚並みで

 ――≪黒≫しかないはずのその中に?

 それが、不意に、

 ――何故≪白≫が? 一属の色が? あり得ざる色が?

 凍り付く。
 理由は、我にはすぐ知れた。
 片視に、もしくは全視に、収めてしまったのだ。
 群れ集っていた≪黒き死≫の、もっとも後ろにいた≪もの≫を。
 ≪黒き死≫たちの群れが散じたせいで、今まで隠れていたものが姿をあらわした。いや、ひょっとすれば≪黒き死≫たちによって守られていたのかもしれない――≪巣守長≫に見初められた一属の雌が、かたくなに卵を抱き守るように。
 その≪もの≫は、≪黒き死≫とほとんど変わることのない外観をしていた。
 翼を持たぬ、羽根を持たぬ、嘴を、蹴爪を持たぬ。
 飛ぶことは出来ぬであろう。あのような脚では、組み替え優雅に立つもままなるまい。長く美しい頸もないのだから、上げる囀も低く、韻律や詩吟などあるはずもなかろう。
 ただ、ただ――ただひとつ。その全身を覆う色。

   ≪白≫

 ≪先導長≫のあげた小さな囀が、我の困惑しきった胸の内に滑り込んだ。
 その囀には、何もなかった。怒りも、意欲も、誇りも、詩吟も、韻律も。
 優秀な、限りなくもっとも有能な、あの若き≪先導長≫が。
 我は。

   (激情せよ!!)

 それが誰の囀であったか、わからない。
 ただその囀が、我の胸に、血の中に渦巻いていたものを根こそぎ奪っていった。≪黒き死≫への怒りも、勝利することへの揺るぎない意欲も、詩吟すら。
 あるのはただ、赫々と流れる血。胸がはぜ割れるほどに感じられる、脈動。

 脈動が、我を奔らせた。

 立ち止まったまま動かぬすべてをかき裂いて、≪白≫のもとへ。
 感じていた。我は感じ取っていた。
 ≪白≫が、どんな≪もの≫であるのかを。
 何もかも失った、ただ脈動する血が、この我に教えたのだ。
 ≪白≫が何かをかまえた。≪黒き死≫どもの棘ではない、何か別のもの。
 脈動が早まる。より饒舌になる。我に囀もなく、それを伝える。
 見よ。
 一属よ。
 ≪先導長≫よ。
 ≪総属規定≫よ!
 これこそが――。

   (汝こそが 思い出すべし ≪河上長≫)

   これこそが
   我らの
   真の

           ★           ☆

 ――さっとカミさまつえをひとフり どかんとカミナリおちてきて ツルはみんなシんじゃった
 ツルがシんだら カンシャのマツリ カミさまカコんで みなオドれ
 カミさまニコニコ オレたちニコニコ みんなニコニコわらってる

 だけどどっかが ナンかヘン
 ニコニコカミさま ちょとコワい――



 了



 ――ピュグマエもしくはピグミーは、アフリカ奥地に住んでいると言われる小人種である。

 かつて西洋人にとってヨーロッパが世界のすべてだった頃、それ以外のいわゆる「辺境」には自分たち――つまり白人、ひいては「人間」――とは似ても似つかぬ怪物めいた人種や民族がいる、という認識が広く信じられていた。獣めいた知性と未発達でいびつな文化、習慣を持つこうした「異種族」たちの情報の裏にはまだ見ぬ未開の地への恐れと憧れが強く見て取れるが、その一方で「異種族」たちのひどく滑稽なまでのカリカチュアとささやかな異能に、白人至上主義的な思想も見え隠れするのは興味深い。
 溢れんばかりの「冒険心」や「信仰心」のもとに次々と「辺境」にくり出していった白人たちは彼らに何を与え、彼らから何を奪っていったのか。

 プリニウスの『博物誌』によれば、ピュグマエは常に集団で一糸乱れぬ行動をし、優秀な狩人である。また毎年ナイル河を上ってくる「ツル」と天敵の関係であり、住む場所を巡って川縁で凄まじい戦いを繰り広げるという。

【幻獣辞典】より

FIN.


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