『ONE SHOT DETECTIVES』
こあとる著 <MAIL> |
〜(3) 大塚 護〜
――質問。
「……つまり、君はたったひとりでここへ来たというわけかね?
どうやって?」
――解答。
「……公安関係者を、あまり信用するべきではない。
金銭による直接契約を交わした私兵ならともかく、彼らはいつでも付け入る隙がある。ことに発展途上国にランクづけされる第三国の公安機関はその傾向が強い――」
「なるほどな」
豪奢な一室だった。
外に面した壁はガラス張りになっており、夜の夜景を映し出していた。
南米の大都市の一等地から望む夜景は、巨大で生命力にあふれ、猥雑だった。
――質問。
「君の目的は?」
――解答。
「確認だ」
男がふたり、向かい合っていた。
ふたりは接客用のソファに腰かけ、会話を交わしている。
――質問。
「確認?」
――解答。
「そう。貴方がどのような人間なのか、その確認だ」
「儂が?」と面白そうに尋ねた男は、壮年の白人だった。
皺深い顔にふさわしい小柄な体を、黒のシャツと揃いのスラックスで包んでいる。見栄えする朱の紐タイがしゃれたワンポイントとなって揺れた。
「君は面白い――実に面白い人間だ。理解しづらい半面、とても興味深い」
「過分な評価は感謝する」
もうひとりの男は、いろいろな意味で対照的だった。
三十代なかばの、体格のいい東洋人だった。大柄な体にぴしりと三つ揃いのスーツを着こみ、きっちり姿勢を正してソファに座っている。
黒縁の眼鏡越しに見える瞳はまっすぐに正面に向けられ、揺らがない。
――質問。
「それで? 儂と話してみて何が判ったかね?」
――解答。
「貴方が非常に洒脱で話術も巧みであり、しかし同時に強い厭世感と差別意識を持ち合わせた個性の持ち主であることは理解できた――」
白人は即答した東洋人のよどみない口調に目を丸くして、声を出して笑った。
「いよいよ面白いな。わずかな会話から、儂の嗜好や個性まで判断してくれたというわけか」
対し、東洋人の口調は変わりない。
「所詮表層上のものだ。理解できる言語でしゃべり、観察可能な共通の感情表現を持ち合わせ、質疑応答が可能な状態であるならば簡単に理解することができる。それが……」
東洋人は、そこで言葉を切った。わずかに視線を泳がせて、続く言葉を探しているようにみえた。
やがて出た言葉は、端的だった。
「人間ではない生き物だったとしてもだ」
「ほう?」
「最低でも、貴方はそういった人格を演じようとしていると推測できる」
「優秀なカウンセラーだ、君は!」
白人は愉快そうに両手を広げる。
――質問。
「そこまで他者の心理状態を明確に読むことができる君が、他に知りたいことなどあるのかね? 儂にはそのことの方が不思議でならない!」
――解答。
「貴方の思考が、もっとも読みにくい。だが同時に貴方は貴方が属する『同盟』の中でもっとも発言力があり、もっとも力のある存在だ。貴方の個性や思考パターンを掴んでいくことは、のちのち我々に有利になるはずだ」
――質問。
「『同盟』のことまで知っているというのかね、君は?」
――解答。
「ここ南米を軸にコングロマリットを形成して規模を拡大している多国籍企業の最高幹部であるバージェス・オブライアン会長、中国・インドに絶大な影響力を持つ華僑マオ・ハオルン、そしてヨーロッパに千年以上巣食ってきた貴方――そう、あなただ、ハウプトマン卿」
最後のセリフを区切るように発音したのは、東洋人には珍しいことだった。
いや、と東洋人は自身で否定する。
――この職につく前は、それほど珍しくはなかった。公判になれば、いつもこうだったのだから。
辣腕の、しかし協会からは異端視されていた、はぐれ者の弁護士。
「……素晴らしい……! たかが数人の個人が、そこまで調べられるとは!」
それがいつの間にか『探偵』だ。
「個人を侮らない方がいい。団体や企業より時としてはるかに結束が強く、何より自由だ」
『探偵』? これが?
世界を飛び回り、化け物の相手に命と精神をすり減らし、常に命と精神を危険にさらすこれが、そもそも『仕事』か?
常に浮かべる『自問』。対して常に客観的に導き出される『自答』。
それは職業病なのか、自分の性格上のものなのか。
「命と精神を危険にさらしている」今でさえ、独立して発せられる『自問』。対応して発せられる『自答』。
独立した思考。
そう。ゆえに他者からの質問に答えることは造作もない。
客観的に、状況を鑑み、立場と時期を考慮に入れ、もっとも効果的に。
――質問。
「しかし、収穫があったとしても……これはあまりにも無謀ではないかね? 儂が君を、ここから黙って帰すとでも?」
白人――ハウプトマンが告げる。温厚そうな表情で。
東洋人もまた、表情を変えない。
「貴方との邂逅を私が選んだのは、理由がみっつある」
「ほう?」
「ひとつは先程の説明のとおりだ。貴方の思考パターンを知ることが有効だという点」
興味深げに、ハウプトマンはうなずいた。
場の空気が少しづつ変わってきていることに、東洋人は気づいている。
ハウプトマンは、明らかにこの会話を楽しんでいる。しかしこの会話を無限に楽しもうとしているわけではない。
名残惜しいが、そろそろ終わらせよう――そういう空気が漂いだしていた。
「もうひとつは、これが私の役目だったこと。他のふたりはそれぞれ別に動いている。適材適所だ」
「君ならできる?」
ハウプトマンは、にんまりと笑った。思考が読める。
「無駄だと思うがね」
正解したが、応えずにおく。
まだ、時期ではない。
「……最後のひとつを、聞いてもいいかね?」
ゆっくりと、ハウプトマンがソファから立ち上がった。疑問形で聞いてきた意味は明らかだった。
――最終答弁、というわけだ――。
ハウプトマンは、東洋人が浮かべた表情に怪訝な顔をした。
笑み。
はじめて東洋人が、わずかな笑みを浮かべていた。
「最後のひとつは、貴方自身に関係するところが大きい」
客観的に。
「他のふたりは、間違いなく護衛をつけている。だが貴方に関してはひとりだろう、という予想があった」
状況を鑑み。
「会ってみて、確信した。貴方の強い厭世感と差別意識、すなわち『人間に対する絶対的な優越感』は、私に対する余裕となってあらわれている。……他のふたりならば間違いなく用心するだろういくつかの点を、貴方は簡単に見過ごしてしまった」
立場と時期を考慮に入れ。
「それはすべて、貴方自身の能力に対する絶対の自信ゆえだ。あとのふたりの幹部はそこまで自信過剰ではない。つまり」
「つまり?」
ハウプトマンが、音もなく近寄ってくる。両手を広げ、笑みを浮かべて。
薄闇の中でぎらぎらと赤く光る双眸。
いつの間にか、伸びていた二本の犬歯。
否――乱杭歯!
「つまり」
もっとも効果的に――。
――解答。
「貴方だけに、付け入る隙があったからだ」
東洋人の掲げた右手が、銀色の微光を放った。
古風な十字架が。
ハウプトマンの絶叫は、まぎれもない恐怖に彩られていた。
「教会で祝福を受けた、純銀製の十字架だ」
こちらは素早く立ち上がった東洋人の宣告とともに、ビルが轟音に包まれる。それは断続的に階下から響き、徐々に階上へと近づいてくるように感じられた。
「貴方の注意を私が引き、他のふたりが爆破行為を行う。貴方の私兵はすべて相庭君が倒した。これで貴方たちの計画は大幅な遅延を余儀なくされるというわけだ」
「お、おのれ……おのれ人間!」
歯をきしらせて怒りの形相を浮かべるハウプトマンに再度十字架を突きつけつつ、東洋人はドアまで後退する。
「控訴は棄却する。――一時閉廷だ、ハウプトマン卿」
最後のセリフとともに、東洋人――大塚は廊下へと飛び出した。脱出路は確保してある。
すでにこの階まで回りはじめている火の手を避けて、大塚は走りだした。おそらくハウプトマンは、怒り狂って追ってくることだろう。
――それをいなしつつ、渓君たちと合流するか。浮き世離れした吸血鬼を丸め込むよりは、はるかに難儀な仕事だな。
そう、『仕事』だ。これもまた、自分の仕事。
仕事なら、全力を尽くす。
――自問。
やり甲斐があるか?
――自答。
「無論だ!」
そのころ日本では、
「……まあ。それで星川さんは、どなたのことが好きなんですか?」
「い、いや静江さん、そーゆーことじゃなくて、あの、あのですね……」
しどろもどろ。
ひたすら、ピンチであった。
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