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| 『〜幻獣辞典〜』 こあとる著 <MAIL> |
――ライカンスロープ(Lycanthrope)とはギリシア語の「狼(lycos)」と「人間(anthropos)」をかけて作られた造語であり、もともと狼男をさす言葉であるが、此処では獣人症もしくはキツネ憑きなども含めるものとする。
人間が突然理性を失い、動物のように四つ足で徘徊したり生肉を貪ったりする症例で世界中に存在している「獣憑き」は、中世ヨーロッパなどでは悪魔の、日本では動物霊や低級霊のもたらす超自然的障害として有名だが、古くはアニミズム信仰にも見られ、こちらは人間が持ち得ない――もしくは失われてしまった――能力を獲得できるという憧れの元に崇拝されていた。
オカルティズムや神話で語られる彼らは、行動だけではなく姿形まで獣に変じるとされ、また獣に変じても本来の知性を失わないという。
狼や虎の強靱さ、鳥の羽ばたく力、蛇の生命力、優れた感覚――獣の力と人間の頭脳を併せ持つことができるとすれば、それはもはや「障害」や「呪い」というには相応しからぬ異能である。
【幻獣辞典】より
ドアがノックされて、私は斜め読みしていた本から顔を上げた。
壁に掛かっている時計に目をやると、五時を回ったところだった。クラブに所属している一部の者を除けば、ほとんどの生徒が下校している時間ということになる。
さらにこの部屋――「生徒指導室」は特別教室棟の一階、廊下の突き当たりにあった。
つまり普段はまったく人通りが無くなるわけで、放課後も例外ではない。
クラブ活動中の生徒はもちろんのこと、放課後の教室でお喋りに興じるような手合いも此処へはやってこない。最後に此処を使用した教師に施錠がまかされるし、教務室と内線が繋がっている電話もあるので、他の教師が来ることもない。
此処へ来る可能性があるのは、二種類の生徒だけ。児童カウンセリング資格を持っている私に、諸々の悩みを相談しに来る生徒か――。
――私が見定め、呼びつけた生徒か。
時間もピッタリだ。今日「呼びつけた」生徒のことを思い返し、私はにんまりと笑った。
どうぞ、と声をかけてから、粗末なパイプ椅子の上で足を組み直す。顔には余裕のある笑みを。オールバックの髪に指を入れ、やや乱暴に崩しつつ撫でつける。
準備OK。電圧(暗喩)イケる。油圧(暗喩)充分。ポンプ(暗喩)やれる。燃料(暗喩)イケる。
床に組み伏せるのもいいが、たまには机の上というのもオツだのうフッフッ、――発射台、条件付きで良し。
「どうぞ。入ってきたまえ」
舌なめずりが声に出ないように注意しながらそう言った。びっぐおー、しょーたーいむ(暗喩)。
私が待ちかまえる中からからと引き戸が開き、我が愛すべき生徒は遠慮がちに、
「……ぶぶー。はずれ。河阪圭一じゃありません」
扉から半分だけ顔を出し、駄目出しブザー付きでそう言った。
小柄、というよりはチビと言うべきか。おまけに出るべきトコも絶望的に出ていない。
それでも彼女は女生徒だった。何故ならスカートをはいていたからだ。
一瞬脳が都合のいい解釈を試みる。――ええと、女装をしてくるよう今日の生徒に言いつけたのだったか?
キテレツな逃避は一秒で木っ端微塵に。そもそも顔が別人だ。
しかしよくよく見ると、なかなか整った顔の生徒だった。
ベリーショートの髪型と相まって、美人と言うよりは可愛いというところ。背の低さもさることながら、制服から覗く手足が高校生という歳不相応に細く、全体的に華奢な印象を受ける。
肌が白かった。驚くくらいに白い。貧血なんかにかかった血の気の無さと似ているがまた違う、透明感すらあるような白さだった。
特徴的な大きな瞳を眠そうに、ほとんど閉じているといってもいいくらい細めている――。
と、見とれている場合ではなく、
「あー、」「……一年六組。新発田まいです。ちなみに先生の淫らな肉欲の犠牲者たちとは別口」
私が口を開く前に、女生徒は淡々とエライことを言った。
いかん。虚を突かれまくった展開のあまり私の美貌が阿呆面に。ロマン派がキュービズムに。
大至急修復を。――レイジ・フジタ、お金はあるんです。是非ともこの絵を貴方に。
「ハハハ何のコトやらワタシにはサッパリ」
「……立て直し失敗」
クソ、遅かった。
目を白黒させている私の前で、女生徒はぺたぺたと内履きを鳴らしながら指導室に入ってきて、後ろ手に扉を閉めた。近寄ってくるかと思いきや、その場所から動くつもりはないようだ。
まだ反応しきれていない私を細めた目で一瞥し、女生徒が口を開く。
「……河阪圭一は来ないよ。すくなくともあと三十分くらいは来ない」
「む?」
そうだ、河阪圭一。最初にもその名前が出た。
するとこの子は、圭一くんの関係者か?
「圭一くんが来ない?」
「そう来ない。わたしがここにくる前に会ったから。
『真田先生が探していた。結構急ぎの用時があるみたい』って言っておいた。圭一なら真田先生を――もう帰っちゃって校舎にいない先生を一生懸命にさがして廻るだろうから、あきらめてここに来るまであと三十分くらいはかかると思う。
……だから先生が圭一を毒牙にかけることはできないの。残念でした」
「――うわ、いやその。ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれたまえ」
むむ、まだ頭がパニック中だ。
だがそれも仕方ない。女生徒の言葉が核心を突きまくっていたからだ。
私が今日しようとしていたことを、知られてしまっている。
圭一くんがこの子に話したのか? だとしてもここまで解るはずがない。彼にはまだ手を付けていないのだから、彼自身今日この部屋で何をされるのか理解していないはずだった。
そもそもこの学校に赴任してきてから半月ほど、まだ誰にも手を出していないというのに――。
「時間の無駄だから単刀直入に言うけど」
女生徒はわずかに首をかしげて、
「先生、≪蛇憑き≫でしょう」
「何ーッ!?」
今度こそ腰が抜けた。
思いっ切り核心も核心、それもど真ん中だった。――何でそれを知ってる!?
そう、私は≪蛇憑き≫だ。
それも自己暗示の紛いモノではない。動物霊の憑依がもたらす本物の獣人症、ライカンスローピィ。私は「蛇」の獣人症なのだ。
しかしこの女生徒が、何故それを。
「……前にいた中学校での被害者は総勢二十七人。
うちわけは女子十六人、男子十一人、……うわー、すごい節操の無さ(棒読み)」
「いや待った待った。何でそれを」
「でも二十八番目の犠牲者になるはずだった女子生徒が神社の娘だった。
その神社の娘さんは先生の正体に気付いて先生に接触。その娘さんが世にも希なことに先生のような存在への対処法を熟知していて、心身共にこてんぱんにノされた先生はそのまま逃走。
運が悪かったね。あそこの神社は≪天津甕星≫を奉る『本物』で、神道の他に武術まで教えてる。娘さんはその両方の跡取りなのに」
はい、ヒドイ目に遭いました。
「そしてさらに運が悪いことに、わたしはその娘さんのメル友。
『コイツが赴任してきたら要注意だ』というタイトルで画像ファイル付きのメールをもらった次の日、先生が転任してきました。持つべき者は友達って感じ」
ぼおっと突っ立ったまますらすらと喋る女生徒とは裏腹に、私は先刻から脱力して机に突っ伏していた。
くわー、あのアマ。中学生のくせしてなんて周到な。
「……何ならその時の『こてんぱん』っぷりでも克明に再現するけど」
「いや……もうわかったからナニもおっしゃらないで結構です……」
とりあえず椅子に深くかけ直してから、気を取り直して聞いてみる。
「それで? 君はどうしたいのかね」
女生徒はこちらの反応を待っているかのように立ち尽くしていたが、抑揚の乏しい声で「要求はふたつ」と応えた。
「河阪圭一から手を引くこと。あとは他の生徒にも手を出さないこと。
≪蛇憑き≫だからって、えっちなことをしないと死んじゃうってわけじゃないはず。ただ単に先生が品性下劣な性欲魔人ってだけで」
こん畜生め。
「……少なくともこの学校にいる間は大人しくしてること。隠れてやっても無駄。先生がここにいる限り、わたしはいつも先生のことを疑うから」
「…………」
確かに正体がばれた以上は、これからどうするか考えざるを得ない。
一番手っとり早いのはまた身を隠すことだが、それもちとシャクだ。
――それに、圭一くんも捨てがたいことだし。
どことなく中性的な、にこにこと笑う一年生の顔を思い出す。あれはなかなか。
是非ともイタダイテシマイタイ。ぶっちゃけヒーヒー言わせたい。
それならば。
――考えるまでも無かったかな。
ちらりと女生徒を見る。戸口から動いていない。いざというときのための用心なのだろうが、――。
「……断っておくけど」
動こうとする直前、まるで考えを読んだようなタイミングで、女生徒がそう言った。
「先生はわたしには敵わない。だから先生は従うしかないの」
「敵わない?」
「そう。不思議じゃない? どうして圭一に近付いたのがばれたのか、『隠れてやっても無駄』なんてどうしてわたしが言い切るのか」
言われてみれば確かに。
今のところは、それほどロコツに圭一くんに近付いたわけではない。何故私が圭一くんを誘ったと判ったのか?
「理由は簡単。……わたしにも『憑いている』ものがいるから」
へっ?
「先生と同じだよ。わたしも≪憑き物≫だってこと」
とんでもないことを言った女生徒は、相も変わらずまったくもって無表情。――どこか浮世離れしていると思ったが≪憑き物≫だって?
私だって日本中を転々としてきてもう十年近く、何度かは≪憑き物≫に出会ったこともあるが、せいぜい片手の指で足りる程度だ。
「圭一に会ったとき、今までないくらい強く先生のにおいがした。怪しかったから聞いてみたら、ここに呼ばれたって言ったの。
わたしは鼻がいいから、先生が誰かとヘンなことをしたらすぐ判る。だから無駄」
私のやり口は巧妙だ。生徒の精神と肉体にゆっくりと、本当にゆっくりと働きかけ、時間をかけて籠絡する。
私自身それが楽しいということもあるが、それが一番安全なのだ。何故なら私の手管にかかった生徒は例外なく、自分の意志で籠絡「されてしまう」のだから。
私は脅迫も強要もしていない。したこともない。
今まで可愛がってきた生徒たちは、相手が女であろうと男であろうと、皆自分から私を求めてきた。私はそれに誠意をもって応えただけ。私がその街を去るときには涙さえ流したものだ。
精神操作とでも言えばいいのか。
対象の理性や常識ごと、心を「呑んでしまう」。時間をかければ私がそれと狙って近くにいるだけで、身体を奪えば一瞬にして。
昔風に言うなら『蛇精の淫』――それが私の、≪憑き物≫としての特殊な力だった。
そして私の力を現代の科学では立証できない。前にいた学校のように特殊な能力を持った者に正体を見破られた場合は例外だが、あれは文字通り例外中の例外だと思っていた。
まさかその例外が連続して起こるとは!
一般人ならしらばっくれるだけで済むが、同じ≪憑き物≫となるとその手も通じない。まして能力を知られているとなれば余計にだ。
――この女生徒も≪憑き物≫である以上、警察や公的機関に訴えるつもりはないんだろうが――。
代わりに、個人的にナシつけようということか。挙げ句力づくっぽい。
となると、この女生徒の≪憑き物≫は何だ。私が≪蛇憑き≫であることを知っていて、その力も聞いているはずなのに、なおこの自信を保てるその根拠は何だ?
「……何が『憑いてる』のか考えてる?」
女生徒が、かすかに首をかしげてそう言った。見透かされている。
「それも無駄。何か判っても結果は同じ。先生じゃわたしにどうすることもできない」
「……ずいぶんな自信だね」
今跳びかかるのは簡単だ。
正直、私の≪蛇憑き≫としての力は『蛇精の淫』に特化しすぎている。他は「多少」身体が柔軟なこと、泳ぎや匍匐前進に長けていることくらいのもので、あまり普通の成人男性と変わりがない。
いや、それでも今までは充分だった。今だってそうだ。この小柄な女生徒が逃げようとする前に追いすがって抑え付けるくらいは、≪蛇憑き≫の力を使わなくとも簡単にできるだろう。
この女生徒が、普通の人間なら。
もし獰猛な生物の≪憑き物≫だったとしたら、――それもそうとう強いヤツに憑かれていたとしたら、今の見た目はまったく当てにならない。最悪の場合モノスゴイ猛獣に変異され、押し倒す前に押し倒されて、頭からぱっくり喰われる可能性だってある。
万にひとつどころか億にひとつの可能性だが、今立たされている状況がそもそもその「万にひとつ」ってヤツなのだ。慎重にならなければ。
人通りが無く悲鳴も届かない生徒指導室。
せめて渾身の悲鳴くらいは届くところにしとくんだった、と無駄に後悔していると、
「……『三すくみ』かな。うん、そんなかんじ」
不意に女生徒が、そんなことを言った。
「三すくみ。先生はわたしには勝てない。でもわたしも、圭一には絶対に勝てないの」
「――? 圭一くんも何かの≪憑き物≫だとでも言うんじゃないだろうね?」
女生徒は小さくかぶりを振る。――何だ? じゃあ何故そんなことを。
ひょっとして、圭一くんに何か弱味でも握られているのだろうか。
「だけど圭一は先生に逆らえない。ヘビがカエルを睨むみたいに、先生は圭一を縛るつもりなんでしょ。
……ほら。三すくみだ」
――待てよ。ヘビがカエルを――私が蛇だとして……。
「だからおとなしくしてて。圭一にも手を出さないで。そうすればこのまま帰ってあげる」
「……そうか」
私の応えは、女生徒に向けてのものではない。
ようやく判った。そうか、つまりはそれが答えか。
私は椅子から立ち上がり、一歩だけ女生徒に向けて近付く。警戒しているのかしてないのか、その表情からはどうにも読みとりづらかったが女生徒は下がらない。また一歩。
「『三すくみ』ね。つまり君はナメクジの≪憑き物≫ということか」
「…………」
「カエルは蛇に弱い。蛇はナメクジに弱い。そしてナメクジはカエルに弱い。
私が蛇で彼が蛙となれば君はナメクジということになる――しかし残念だが新発田さん、アレは実は俗説でね」
私は言葉を切り、手の平を下に向けたままひらひらと振った。もう一歩。
「大陸の古典に『関尹子』というものがある。その『三極篇』に『螂蛆食蛇 蛇食蛙 蛙食螂蛆 互相食也』という一説があって、これが後の三すくみのエピソードとして語られる、いわゆる原典らしいのだが……。
ここで言われている『螂蛆』なる生き物、実はムカデのことなのさ。間違って伝ったんだ。
もっともその『三極篇』にしても間違っているのだがね。蛇はムカデを畏れない。――この私が言うのだから間違いないよ?」
わかるかね、とにんまり嗤ってやる。
足を止める。あと数歩の距離。私ならまばたきする間に捕まえられる距離。
「つまりね? 君がナメクジの≪憑き物≫であっても――よしんばムカデのそれであってもだ――私にとって何も恐ろしくはないということだよ。
ナメクジの這った後を蛇は渡れない? ナメクジが蛇の身体を腐らせてしまう?
ハハハ残念、それはみんな後付けの俗説だ! 少なくとも私には何の効果もないね!」
これでも自分が≪蛇憑き≫という「特殊な人間」であることは十分に承知しているし、その弱点においてもできる限り実際に試してみたつもりだ。
結果として、西洋で言われる「銀の武器」も「三すくみ」もまったくのでたらめであることが判った。タバコのヤニだって致命的な効果はない。月齢とバイオリズムの関係は普通の人間より顕著なようだが、それでもそこらの物語で言われているほど極端な影響が出るわけでもなかった。
私には、絶対の弱点と呼べるようなものはないはずなのだ。
自信たっぷりに言い切った私に、さてどんな反応が返ってくるのかと見れば――おや、何か考え込んでいる様子。
一分ほど視線をあちこちに動かし、それから女生徒はやおら「あー」と呟いた。ぽんと手なんか打っている。
それからやっと顔を上げた彼女が口にした言葉は、
「…………ぶぶー」
だった。
「……何だね今の駄目出しブザーは」
「誤解してる。……わたし、なめくじなんかじゃない」
私は目を細めて、じっと女生徒を見つめた。
違う≪憑き物≫だって?
「じゃあ、……何の≪憑き物≫だというのかね?」
答えがあるとは思っていなかったが、意外にも女生徒はあっさり応じる。
「正解は、かたつむり。わたしにはかたつむりが憑いてるの」
一瞬、そのイメージが浮かばなかった。
≪カタツムリ憑き≫?
なんじゃそりゃ。
「これはこれは」私はあまりの馬鹿馬鹿しさにげらげら嗤ってしまった。「それは失礼したね。カタツムリ――ハハハ! カタツムリと来たか! 結局はナメクジと大差ない、せいぜいカラが付いただけじゃないか!」
私の笑う様をじっと見ていた女生徒が、その時ぽつりと呟いた。
うっかりすると聞き逃してしまうほど小さく、
「……カラだけじゃないよ?」
「あン?」
それ以上喋らずに、女生徒は残っていた距離を自ら詰めてきた。
――何か仕掛けるつもりだろうか。
襲いかかってくるか、それとも何らかの能力を使うつもりか。
個体差――取り憑いたものの強さによってまちまちだが、≪憑き物≫の中には、希に元となった生物の能力を抽象化、もしくは奇妙なほどに概念化させた特殊能力として行使することができる者が存在する。実際私が以前出会った≪猫憑き≫は、気配や存在感と言ったものを含めたあらゆる被知覚情報を任意に消去することが可能だった。
私は一瞬考える。
カタツムリの特徴:
・ぬるぬるしている。
・殻にこもれる。
・雌雄同体。
・「角出せ槍出せ頭出せ」。
……えーと。
「いいだろう。何でもやってみるといい」
そう言ったときには、女生徒は目の前までやってきていた。私も余裕を取り戻し、こちらを見上げてくる女生徒にあわせるように顔を寄せる。
「まあ君がなにをしようと、私は圭一くんを諦めはしないがね? 俗説のうちでこれは本当のことだ――≪蛇憑き≫は執念深いのさ」
やっぱり無反応。
息がかかるほどの距離で私が見つめているというのに、顔色ひとつ変えないのは大したものだが、なに、自分の力が何ひとつとして通じないと判ればその鉄面皮も崩れるだろう。
その後で「呑んで」やる。時間はかけない。圭一くんがこの部屋に来るまでに、いや待てよ、それならいっそのことふたりまとめて。おお名案。いやあ≪憑き物≫ふたりとハッスルタイムなんて先生も初めてだぞう困ったなあ。とっヘッヘッヘッヘッ(※注:下品な笑み)。
マーベラスな未来予想図に浸る私の前で、女生徒は閉じかかっていたまぶたをぱっちりと開けた。
数瞬見とれてしまうほどの大きな黒い瞳が覗き、
「必殺、」
ん? 黒目が、
「…………≪レウコクロリディウム≫」
ぎあ――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!?
☆
ドアがノックされたとき、もうわたしは「それ」を引っ込めていた。
「失礼しますー。先生お呼びですか? ……って、」
入ってきたのは、圭一だった。
部屋の中に立っていたわたしを認め、一瞬不思議そうな顔をして、
「あ、まいちゃん?」
「…………うん」
にこん、と笑われる。わたしはうつむくようにしてやっと頷く。
「真田先生、いなかったよー。もう帰っちゃったみたい。まいちゃんも先生に呼ばれたの?」
明るく弾むような、ちょっと高い声。
「うん、……でももう用事は済んだ」
「そっか。じゃあ僕も先生に用時があるから、――あれ?」
圭一がそれにやっと気付いたらしく、わたしの肩越しに床を覗き込んできた。
服が触れあうほど近くに圭一が来て、ちょっと緊張する。幼なじみだからかもしれないけど、圭一はわたしに対してかなり無防備になるときがある。
うれしいというか、つらいというか。
「うううううううゴメンナサイゴメンナサイ」
わたしの背中で、床にうずくまった先生が何やら呟いていた。
ぶるぶる震えながら頭を抱えて丸まっている。亀の姿勢ってやつ?
先生、アルティメットだとそうなったら大抵負けです。夢枕獏の小説にいたってはその体勢で勝てた人はいません。
「どうしたんですか先生? 超次元からの物体Xでも見ちゃったよーなリアクションで」
圭一、いくら知らないからってその言い方はひどい。
わたしは圭一の学生服の袖をぎゅっと掴んで、ドアに向かって引っ張っていくことにした。
「いろいろあるみたいだから気にしない。……行こ」
「え? え? うわ、まいちゃんちょっと待ってよー、そんなに引っ張らないで」
圭一はしばらく抗議してたけど、それから「まいちゃんはしょうがないなぁ」、と笑って逆らうのをやめた。
ぽんぽんと頭を撫でられる。自分も子供っぽいくせに、圭一はいつもいつもそんなことをする。
わたしは圭一にそれとわからないように、ぎゅっと身体を縮こまらせてそれに耐えた。それが嫌なのか嬉しいのか自分でも判らなくて、むずむずするみたいな感じで、でも結局やめてとは絶対に圭一には言えない。
――うん。ほんとうに。
圭一には、かなわないと思う――。
ふたり並んで廊下を歩き始めたとき、生徒指導室から声がした。
と言うか悲鳴が。思い出し笑いならぬ思い出し悲鳴ってやつ。
……うん、あれは夢に見る。
「……とりあえず成功」
「え、何のこと?」
「燃やせーッ! 燃やすんだマクレディ――――――――――――――――ッッ!!」
失礼な。
了
えーとですね、
――レウコクロリディウムは本来鳥を宿主とする寄生虫であり、その途中でオカモノアラガイというカタツムリに寄生するという二段プロセスを持つ。
いわばオカモノアラガイは、レウコクロリディウムが終宿主である鳥に行き着くまでの「中間宿主」であるのだが、寄生された後のオカモノアラガイの運命は悲惨の一語に尽きる。
レウコクロリディウムはオカモノアラガイに寄生すると、その行動を完全に統制下に置く。本来カタツムリは外敵から身を守るため、また体表の乾燥を防ぐために葉の裏や物影を移動するが、寄生されたオカモノアラガイは身を隠すと言う行動をまったくしなくなる。
それからレウコクロリディウムはカタツムリの大触覚に集まり、赤と緑の渦巻き模様となって絶えずぐるぐると動き回る。これが鳥の目には毛虫のように見え、鳥はオカモノアラガイの触覚ごとレウコクロリディウムをついばんでしまうのだ。かくてレウコクロリディウムは鳥の体内へ目出度く寄生、しかしオカモノアラガイは鳥についばまれて死んでしまう――。
その冷酷さに奇怪さ、そして恐ろしさは寄生虫群の中でも際立っており、とりわけ異様さにおいてはあらゆる伝説における幻獣たちのそれと比してもまったく遜色がない。
架空の生物たちすら顔色なからしめる、レウコクロリディウムはまさに実在する魔物である。
【幻獣辞典】より
あれ、オカシイなー。
なんでこんな<B>下品なオハナシになったんでショウカ。</B>
まあつまりアレです。「三すくみって間違ってんだろ」つー疑問がそもそも化けたネタなので。
ムカデ説ならともかく、カエルってナメクジ食べるかなーとか。
「恐い」理由を別のモノにしてみたのですが、かなりこじつけっぽいカモ。ご容赦。
あと書こうと思った最大の理由はレウコクロリディウム。
ぶっちゃけ動いてる映像は<B>夢に見そうなほどキモうございマシタ。</B>
個人的にはちょーっと出来が悪いですねー。ぬう。
また遊びを一個入れてたりシマスが、今回のはかなり判りにくいかと。良しッ(←何が)。
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