小説目次


『1週間目の魔法使い』
こあとる著
<MAIL>




 親父あての、電報だった。
 ゴールデン・ウィークが近づいた、四月も終わりごろ。
 何気なく届いた電報を何気なく最初に開けたのは、オレだった。
 親父あてだってのはわかっていたのに、何気なく。
 ──チチキトク スグカエレ。
 テレビでよく見るその文句は、やたら現実感にあふれてオレの頭のなかにすべりこんできたもんだ。
 ガキのころから今にいたるまで、祖父との記憶は鮮明だった。ちょっと奇癖のある人だったけど、よくオレの頭を撫でてくれた。いっしょに散歩して、ちいさなレストランでアイスクリームをおごってくれて、泣き虫だったオレをよくおぶってあやしてくれた。
 本当に、可愛がってもらった思い出しか浮かんでこなかった。
 オレは葬式で、ガラにもなく、泣いた。
 泣き声なんて上げなかったし、涙だって、たったのひとしずくかそこらだった。
 でもまあ、数年ぶりの涙にしちゃあ、上等なもんだったと思う。
 一週間があけた朝──空には、雲ひとつない。
 ちょっと乱暴に、でも自分ではなるべく気をつけて。記憶の底に、悲しい想いだけまとめて梱包して、そして。
 オレは鞄をひっかついで、『日常』に飛び出す。
 ほんのちょっと訪れた、唐突な『非日常』を振り切るみたいに──。

☆          ☆


 校門前の道路が、生徒たちであふれていた。
 土曜日の、放課後である。
 私立、県立、公立、市立。
どこもかしこも、明日は休日だ。──それこそもう、例外なんかない。
 いやまあ、高校に限らずとも、たいていの場所でそれはあてはまる。遊園地のキップ切りや、自動車メーカーのショールーム担当、コンビニのバイトのにーちゃんなんかは例外なわけだが、ほら、そこはそれ、世の中の仕組み。ちゃんとうまいことできてるもんだ。心配ナッシング。
 『ゴールデンウィーク』って単語が、世にはあるではないか。
 『ゴールデンウィーク』だぞ。直訳すると、『黄金の週』だぞ。
 そうだ。明日から、そいつに入る。
とりあえず、なにが言いたいかって?
 つまり、授業も終わった土曜の午後、それもこれからゴールデンウィークに突入しかもカレンダーに忠実な公立高校おまけに二年生ともなれば、ホビーにレジャーに睡眠不足の解消。そうでなくたって一億ウン千万の日本国民の何割かは、確実に……。
「──浮かれているな、杉本」
 そうそう。浮かれてるもんだって。
 ん、何?
 声の方向に目をむけると、校門近く。オレと同じ二年の生徒がひとり、こちらに向かってやってくるところだった。
「……橋田? おまえ、部活は?」
「面倒だった」
 妙なにやにや笑いを崩さず、オレの隣に並ぶ。
 この橋田というやつは、オレの友人。一年のころからの縁である。
 知的なチタンフレームのメガネで飾ったその顔はかなりととのっている部類に入り、まして高校部活の華ともいえるテニス部に所属。あまつさえ成績も学年上位とくる。女子にもひそかなるファンが多いらしいのだが、さすが、「天は二物を与えず」──その時折り見せる邪悪さが漏れ出るような笑みは今あげたすべての美点をぶちこわしにしてお釣りが出るほどと、仲間内では折り紙つきだ。
 今浮かべている笑みも、ちょうどその笑みだった。案の定その口から出てきたセリフは──。
「たかが、一週間足らずの安息日だろ? 浮かれすぎて、背中から刺されんように気をつけた方がいいと思ったんでな」
 これだ。致死性の猛毒コミ。テトロドトキシンも真っ青だったが、しかし、天の理はオレとともにある。
「ぬかせ、サボリ魔の分際で」オレはにやつく顔を引き締めようともせずに、笑いを返してやった。「だいたいお前の顔だってさっきからゆるみっぱなしのくせしやがって、説得力なんか皆無じゃねえか。世の風潮についていけない奴らは、たとえ正しかろうが何だろうが村八分と昔から相場が決まってるんだ。ちっとは学べ、この地動説男」
 せせら笑いをとり混ぜたオレの罵倒に、橋田は眼を白黒させて黙り込んだ。
 よっし、まずは先手を取った。気分は防衛戦にいどむチャンピオンの第一ラウンドだった。反撃のセリフがでないうちに、再攻撃の手だ。
 と、オレが口を開きかけた、その時。
「杉本クン?」
 横合いからかかった声が、オレの全身を瞬時に石化させた。ただ一ヶ所──心臓だけが、増燃材を入れすぎたエンジンみたいにばくばくと高回転をはじめる。出かかっていた罵倒なんて、言語野のシナプスごと破壊された。
 そんなオレの状態などわからないとばかりに、声は続く。
「また、部活の集会に出なかったでしょ。部長さん、困ってたよ?」
 文芸部の幽霊部員であるオレには、返す言葉もない。
 まして、今回は相手が悪かった。
「あー、うん。……ごめん」
 やたら内容だけはしおらしい棒読みのセリフが聞こえてきた。オレの声に似てるなと思ったら、オレ自信の声だった。
 クスクスという笑い声。う、心臓が。ばくばくと。
「……反省の色がないと思うが」
 橋田の、何かふくんだような横槍が入る。まったくだと思いかけて、あやうく自重した。こいつに同調してどうする。
 たまには出てきてよね、と残して、声の主は自転車に乗って去っていった。器用に振り向いて手をふるのを忘れない。風に揺れるショートカットが、両目の裏にまで焼き付いた。
 石化を解いたのは、橋田だった。
「……あれが……」
 あいもかわらず、声は何かをふくみっぱなしだ。
「……」
 沈黙を降伏の印と勘違いしたか、橋田の猛反撃が始まった。
「噂には聞いていたが。文芸部員二年、名前は確か、川瀬秋乃嬢──」
「……っくっ……!」
 橋田の口から『名前』が出てきて、オレは一気に追いつめられた。
 まさか、知っているとは──何故だ! 何処から漏れやがった!? 部員の須藤か、密告屋のスティーブか?
「どうやら、告白はまだか。いや、お前らしいといえばらしい──」
「だ、だ、だ」
「……はっはっは、どうした? ちゃんとしゃべれ」
 まずい。致命的だ。『コクハク』の四文字が声をうわずらせ、オレの顔にどっと血を上らせていた。うくう、橋田なんぞにバレるとは……。
 何とかごまかさなければ。いや、この場は一時撤退を。駄目だ。ばらされでもしたら。いっそ実力行使に。このカバンの角で不意打ち気味にテンプルを。いやちょっと現役運動部相手では勝ち目が。そうだ、ボクサーにはキックだ。ローキックを膝の裏に……。
「あの」
「だああっ! オレが悪かったっ!」
 頭を抱えてうずくまりかけて、ふとオレは現実に帰った。今の声は、橋田のものじゃない。
 顔を正面にもどすと、ひとりの男が立っていた。オレにとっては三人目の乱入者である、その男を見つめて──。
 瞬間、オレの口がぽかん、とあいた。きっと橋田の野郎もおなじ顔をしているのだろうが、オレには確かめる余裕もなかった。
 男は少なくとも、オレたちよりも年上だった。歳のころは、おおよそ三〇。知性的といえなくもないその顔には、真面目くさった表情が浮かんでいる。中堅企業の有能な社員、といった感じだろうか。
 ただし、だ。
 『中堅企業の有能な社員』は、けっして灰色のローブとねじまがった杖を片手に昼の往来にたたずんだりはしないだろう。
まして、その肩に珍妙な──やたら目と耳の大きい、毛玉みたいな──生物をのせているとなれば、これはもう決定的な現実へのアジテーションだ。この場でオレたちが一目散に逃げだしたとしても、だれもオレたちを責められまい。
「な、なにか御用で?」
 橋田が呆けているオレを尻目に、なんとその男に質問した。不運なことに、神はこのもの静かな昼の往来に、ただひとりの目撃者すら置かれていないというのに。やめろ、こらバカ。
「いえ、それが」男は申しわけなさそうに、橋田を見やった。わ、やな予感。
「私が用があるのは、そちらのお方で」
 ほら、きた。
 計三対。橋田、男、そして男の肩にのった獣の目がオレを見た。視線内容のうちわけはというと、こうだ。
 ──お前、こんなやつと知り合いとは。普段から怪しいヤツだと思っていたが、やはり侵略の先兵か。正体をあらわせ、異次元人め。
 ──いやあ、申しわけありません。あ、あなた、私のことをうたがってるでしょう。いやいや、みなまで申さずとも。でも大丈夫ですよ、噛みつきゃしませんから。
 ──…………(ぼーっ)。
 こんなもんだろう。とりわけ断言できるのは、くそ、橋田、おまえだ。なにが異次元人か、トモダチ甲斐のないやつめ。
「まあそういうことですので……。お話はどこかでお茶でも飲みながらいたすとしましょうか。よろしいですか、杉本達也さん?」
 オレのぶっそうな視線をものともせず、男が聞いてきた。しかもフルネームだ。これで人違いも通じない。
 さあ、どうしろってんだ。
 走って逃げろ、今からでも間に合う、という意見と、こうなりゃ開きなおっちまえ、いい暇つぶしになるかもしれない、という意見が頭のなかで大乱闘をはじめていた。
「……おそらくは、知っておいたほうが役に立つお話ですよ」
 後者意見が、前者意見を投げ飛ばした。
 ──まてまてまて。最近はやってることだし、新手の宗教勧誘だったらどうする。洗脳でもされたらシャレにもならん。
 前者が受け身のあと、ハイキック。
「……それに聞かないと、あとでちょっと後悔するかもしれませんし」
 後者がかわした。かわしざまにカウンター気味に打ち込んだ掌底が、前者をぐらつかせる。いやあ、不利な状況になってきましたね馬場さん……。
「お茶くらいなら、私がお支払いします」
その瞬間──後者のフィニッシュ・ホールドが炸裂した。受け身をとる暇もあたえぬ、必殺の裏投げ。
 ダウン。カウント・スリー。
『お伺いしましょう』
 声がハモった。ひとつは苦虫を噛みつぶした顔で渋々と、ひとつはマジメくさった表情をつくり、真剣そのもので。
 橋田だった。おごりと聞いた瞬間の、変わり身の速さよ。オレのほうへむいて肩なんて抱きつつ、
「俺も行く。親友の問題を、俺がほおっておけるか」
 ぬけぬけと、とはこのことだ。
 くっそう……覚えてろよ、橋田。

☆          ☆


 駅前通りのファミリー・レストランで三人分のコーヒーを注文した後──もちろん男の格好は、従業員の奇異と疑惑の視線に貫かれまくった──、男は自分のことを話しはじめた。
「ヤマネコ、と申します」
 名字だろうか、名前だろうか。それともあだ名かなにか。深く考えるとまずいような気がしたので、やめておいた。
「実は私、ある特殊な職務についておりまして」
 あーあー、そうだろうとも。その格好で県庁づとめなんて言われた日には、人間不信になってしまう。
「あなたのことを、少し調べていたのですが……。あなたの縁者がですね、ちょっとした問題を起こしまして」
 ……なに?
 今まで話半分で聞いていたオレは、そこでようやくコーヒーカップから男……ヤマネコ氏? に注意をうつした。
 『ちょっとした問題』ってのは何だ。そんな言い方をする問題が、『ちょっとした』ことのはずがない。
 借金の取り立て? んなバカな。オレは高校生だって。
 事故でも起こした? こんな保険業者がいたとしたら、世の中間違ってる。
 お見合いの破談? お、これはあり得る。なにしろこんなキテレツな兄ちゃんだ。一般人なら引く。絶対引く。
 しかし、だとすると誰と。まさか姉貴じゃないだろうな。
 将を射んと欲すれば、まず馬から──弟であるオレを懐柔して、そうして……おお、これなら納得も行く。
「……すいませんけど、ご協力はお断りします」
「は?」
 ……違ったらしい。オレは視線を微妙にそらしてごまかすことにした。
 ヤマネコ氏はしばらくいま交わされた会話の意味を図りかねていたようだったが、やがて気を取り直したらしく、
「いやまあ、それで、とりあえず用件だけ申しますと」
「はいはい」
 もういいかげんおざなりな態度で聞いていた、オレの耳に──。
「あなたの命は、あと一日しかありません」
 そんなセリフを、ねじこんできたのだ。
 横で橋田が飲みかけたお冷やを吹き出し、オレは一瞬半眼になってから、窓の外に目をやった。
 きれいな空だ。原色の青が目に痛い。こんな日は、そうだ、バスケットにサンドイッチをつめこんでピクニックに
「うひゃーっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ」
 いつもの声とは三オクターブは跳ねあがったバカ笑いが、オレの現実逃避をものの見事にぶちこわした。笑い声の主は、言わずと知れた人非人の大親友どのだ。
「ひいっひっひっ、ひっ、ううむっ、いや、そうか。もうお前とは会えなく……ぶぶっ、なると。それはまた……寂しく……くくくくくっ………」
 ここでこいつを絞め殺しても、きっと情状酌量の余地ありとなるに違いない──そう思うことで殺意を押さえ、オレはおもいきり不機嫌そうにヤマネコ氏に向き直る。
「あのねえ、ヤマネコさん」
 ちょうどコーヒーを運んできたウェイトレスがぎょっとするほどの怨嗟をこめた重低音で、口を開いた。冗談じゃない。たかがコーヒー一杯で、なんだってオレがこんなコントのネタにもならないヨタを聞かなきゃならんか。
「冗談は……」
 今日の神様は、つくづく酔狂が好きらしかった。
 オレのドスのきいた声もかき消す悲鳴が、店内全体から沸き起こったのだ。オレと橋田は一メートルも椅子から飛び上がり、ヤマネコ氏だけが「あちゃあ」という顔をしてコーヒーカップを手に取った。
「な、な、何だってんだ……」
 振り向いた。
 ヤマネコ氏を見たときの、比なんかじゃなかった。
目の前──五メートルも離れてないレストランの店内に、おおよそ場違いはなはだしい連中が三人立って、オレをねめつけているではないか。
 そう、そりゃあもう、場違いな連中だった。三人が三人とも。
 怪物、だった。

☆          ☆


 騒然としている店内には目もくれず、その三人は……ちょっと待てよ、『怪物』を『三人』?
 現実を、はっきりと認識しよう。逃避はそれからでも、たぶん遅くない。
「きさまがすぎもとたつやか」
 その『三匹』のうちの一匹が、そう言った。抑揚も感情もこもっていない。棒読みのアニメ声優よりひどいしゃべりかただった。
 おかしな話だけど、オレはそのとき、妙に冷静にそいつらを観察することができた。客たちは出口へ向かってレミングよろしく殺到してるし、橋田なんかとっくに白目をむいて失神状態だ。横でほう、と感心したようなヤマネコ氏のセリフが聞こえたが、感心されてもなあ。
 三匹はみな、形が違っている。ちなみにいましゃべったヤツは、六本のぶっとい腕をわしゃわしゃと生やし、トカゲの頭をもっていた。
「ケイヤクショの、とおり、じゃあ、ねえ、か、おお、うまそう、な、ガキだ、な」
 やたら寸足らずな声でやたらぶっそうなセリフを出したのは、六本腕の右にいる鎧を着込んだ巨人だった。頭がレストランの天井になかば以上もぐりこんでいる。店内に入ったときから引きずってきたのだろうかと、オレは妙なところで感心した。
「こんなところで、なにをしてるんです、御三方?」
 あきれた調子を崩さず、ヤマネコ氏。
 ちょっとあんた、人のこと言えた義理じゃないけど、そんな冷静な。
「きしゃしゃしゃしゃしゃ。ソリャアアンタ、キマッテンダロウガ」
 最後の一匹は、直立する昆虫もどきだ。イナゴに似ていたが、その迫力とリアルさは特撮ヒーローものの怪人なんて及びもつかない。最初のきしゃきしゃという金属音は、やっぱり笑い声なんだろうか?
 その三匹が三匹とも、オレのほうを向いて言ったもんだ。
「おまえのいのちを」
「けいやく、に、した、がい」
「イタダクッテェスンポウサ、きしゃきしゃきしゃ」
 …………。
 なんてこった。ヨタじゃなかったとは。
 オレが呆然となっても、しかし、ヤマネコ氏はいっこうにひるまなかった。
「ご冗談を。契約書では、あと約五時間の猶予があるはず。何を勘違いしているのか知りませんが、まずはきちんと手続きを踏んでくださらなければ困ります」
 まあ、そりゃ現実的なこと。ヒーローものが大好きな子供でも号泣しそうな凄みとリアルさを兼ね備えた怪物たち相手に、完璧タメで話している。
 すごむヤクザと、ミンボーの男って感じだった。
 しかしこいつらケイヤクケイヤクって言ってるけど──いつ、誰が?
「しりたいか」
 トカゲ頭がいきなりそう応じたので、オレは仰天した。他人の考えが読めるらしい。
「ならおしえてやるけいやくしゃは」
「あ、こら」
 ヤマネコ氏の制止もきかず、イナゴが言った。
「スギモトセイイチロウ。きしゃっ……キキオボエクライ、アルダロウガ?」
「え……?」
 スギモトセイイチロウ──杉本誠一郎。
 オレの、爺さんだった。
 爺さん? 一週間前に死んだ、あの爺さん?
 こいつらと契約って、爺さんが? 何を?
「おまえのいのちをわれわれにさしだすとけいやくしたのだ」
 またトカゲ頭の声。オレの考えを読んでいるのだろうが、もうオレは驚かなかった。うるさい、と思っただけだった。
 それどころではないくらい、オレは、……ショックだった。
 こいつらの言うことを信じるならば、知人どころか肉親が、こいつらにオレを殺させようとした、ということになる。
 それも、あの爺さんが、オレを──。
「けいやくはまもっていただくぞ」
 トカゲ頭は、まだ喋っていた。うるさい。考え中だ。気が散る。
 こいつらは間違いなく、ホンモノだった。やらせやドッキリなんかじゃない、本物の怪物。理屈じゃなく、わかる。
 くそ。そんな突拍子もない。信じられない。そんなこと──。
「ここでおまえのいのちをもらいうけ──」
「うるせえっ! 黙れっ! 気が散るってんだっ!」
 噛みつくような声で怒鳴りつけ、オレはトカゲ頭の言葉をさえぎった。自分でも信じられないような大声だった。爺さんの人のよさそうな笑顔が浮かんで、何故か泣きそうになる。
 オレ、……怒ってる、のかな。
 三匹は、一瞬ひるんだ──ように見えた。
「さすが、やつ、の、まご、だ、どうする、すぺいど?」
「イウマデモネエコトジャネエカ、くらぶ!? ナアニ、マオウサマニャ、チィトリキンジマッタトイヤアスムゼ、すぺいど」
「……」
 スペイドとか呼ばれたトカゲ頭──どうやら、リーダーはこいつらしかった──は二匹の言葉に応じるかのごとく、無言のままゆっくりとこちらにやってこようとしている。オレはそのときになってようやく、自分がまばたきもせずスペイドを睨みつけていることに気が付いた。
 何が何だかちっともわからないままだったが、猛烈にムシャクシャする。ケンカは子供のころから大嫌いだったのに、ひどく暴力的な気分になっていた。
 宇宙人だか異次元の侵略者だか知らないが、こうなりゃキックの一発もくれてやらなきゃ気が済まない。現役高校生を舐めるなよ。
 スペイドを睨み付けたまま、オレも一歩踏み出そうとして……。
 ひょい、とその視線がさえぎられる。
 ヤマネコ氏だった。
「契約は、守っていただきますよ」
 言うなり、右手をスペイドに向けた。
 そこからほとばしる、紫の光!
 本物の雷撃なんて初めて見たが、テレビの特撮と不思議なくらいそっくりだった。スペイドの全身を、光る触手が這いまわる。
「ぬううううううううううう」
 こんな時にでもその声は抑揚のかけらもなかったが、どうやら苦しんでいるらしいことは理解できた。
「テ、テメエ!?」
イナゴがあわてて近寄る──前に、すでにヤマネコ氏はオレたちの方へてくてくと移動している。独特の間であった。
「さて、警察のみなさんもそろそろやって来るでしょう。御三方、われわれはひとまず失礼しますよ」
 それに応えるような、サイレンの音。
「さ、杉本君、こちらへ」
「え? あっ……うん……」
 ヤマネコ氏は妙に毒気を抜かれてしまったオレと、まだ痴呆状態さめやらぬ橋田をひっつかんだ。
 では、これで、と捨てゼリフ一発。
「ま、てぇ〜」
「テメエ、コノ、イマノハ……」
 突っ込んでくる二匹の姿が、急にぼやけた。次の瞬間、強い酩酊感のようなものとともに、オレの意識がブラックアウトしていく。
 意識を消え去る寸前、スペイドの口から出たセリフが、オレの耳に入ってきた。
 それはこう言っていた。
 われわれからにげられはしないぞ、と。
 とんでもないことになっちまった。

☆          ☆


 目を覚まして、オレが最初にしたことと言えば。
「痛てててててててててててて」
「ああ、やっぱ痛いか、橋田?」
 ま、お約束だ。
「気がつかれたようですね、御二方」
 ヤマネコ氏の声、ということは。
「断っておきますが、夢や幻ではありませんから」
 期待はしてなかったが、やはり落ち込んでしまったようだ。
 地面に座り込んだまま周囲を見渡すと、アーケード街近くの路地にある公園だった。昼すぎの喧騒が、ここまで切れ切れに聞こえてくる。
それに混じって──。
 ポン、と手を打ち鳴らす音。見ると橋田が宙をあおぎつつ、なにやらつぶやいているではないか。
「……どうした、橋田?」
 橋田はすっくと立ち上がり、右手をスチャッ、とふりあげた。
 ……こりゃ、来るな。
「──じゃ、達者でな」
 言うなりきびすを返そうとする。みごとなまでに平静を装った、自然な動きだった。こいつも現実からの逃避組だ。
 そうは行くかってんだ。
「待たんかい、この薄情者」
「放せ、放せというに、こら」
 橋田の襟首をひっつかまえたまま、ヤマネコ氏に向き直る。
「どういうことなのか、説明してくれません?」
 もう限界だ。さっきまでの怒りはどうにか収まったものの、どっかのアニメじゃあるまいし、いいかげん事の顛末でも聞かないことにゃ我慢ならん。
「ええ、かまいませんよ。あなたには当然、知る権利があるでしょうし……」
 ヤマネコ氏はしれっとそんなことを言って、オレたちに笑いかけた。
「……あの三人に見つかるまで、まだすこし時間もあるでしょうから」
 オレがゲンナリとなって天をあおいだのは、言うまでもないことだ。橋田もあきらめたのか、オレに目で問うてくる。
 肩をすくめたオレの仕草を了解ととったか、ヤマネコ氏はにこやかに笑いながらのたまった。
「じゃ、そこらの喫茶店にでも」
『ここで結構です』
 またもや声がハモった。今度は双方とも、断固とした響きであった。
 こんなところで意気投合しても、なあ。

☆          ☆


「ことの始まりは、あなたのお祖父様なのですがね」
 手近なベンチに腰掛けて、ヤマネコ氏が話し始めたのも、これまたものすごい内容だった。
「お祖父様はその筋では高名な──そう、『魔術師』でして」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 もう大抵のことでは驚かないと決めていたが、こりゃもう止めに近かった。なんせオレの爺さんが、いきなり高名な魔術師ときたもんだ。
 委細気にせずといった調子で、ヤマネコ氏は続けている。
「百と一六の呪文を自在に使いこなし、さまざまな魔術元素に精通し、強力な悪魔たちを使役する……それはもう、百年にひとりとも言える天才でした。……が、その人生最後となった悪魔との契約を」
 ヤマネコ氏はそこで言葉を切り、オレに視線をむけた。表情こそ変わりはしなかったが、その視線になぜかオレはぞっとした。
「履行せぬまま死んでしまわれましてね」
 ごくんっ、とオレの喉が鳴った。
 何となく……予想がつく。聞きたくなかった。
「その結果として、悪魔たちは契約書に従って不足分をおぎなうことにしたのです」
「不足分、って、何です?」
 橋田が尋ねた。よせってばよ。
「もちろん、魂ですよ。昔からそう決まっているでしょう?
 その契約書によると、万が一不足分があった場合、その充足は血縁中もっとも若い者によって成されること、と」
「もー結構」
 オレは一言そう言うと、うつむいたままため息をついた。シュールなことこの上なかった。
「冗談でも夢でも、ありません、よね」
 最後の抵抗だ。そして、勝負はハナっからついている──あの怪物たちが出てきた時から。
「ありません」
 やっぱり、しれっと言われちまった。
 じいさんの笑い顔が浮かぶ。ついでに思い出も。
 人のいい爺さんだった。近所づきあいも多かった。何かと頼りにされていたし、何くれとなく皆の世話を焼いていた。夜遅くまで部屋の明かりがついていることや、夜中にふらっと出かけて一週間以上帰ってこないようなことも、からかいこそすれ悪くいう人はいなかった。
 よくいっしょに散歩してくれた。散歩道の途中のちいさなレストランがお目当てだ。アイスクリームが楽しみだった。泣き虫だったオレをよくおぶってあやしてくれた。いつも癖のように、オレの頭を撫でてくれた。オレがいっちょまえに歳をとり、「恥ずかしいから」と嫌がっても、にこにこ笑いながら撫でてくれていた。自慢の爺さんだった。
 あれは全部、芝居だったのだろうか?
 ひとつ、首をふってみる。意外と簡単に否定できた。
 逃避かもしれない。
 でもいいか──そう思えた。そう思えたら、何だか嬉しかった。頭が軽くなったような気がした。
「……杉本君?」
「あ、はいはい」
 ヤマネコ氏がこちらを覗き込んでいるのに気付いて、すこし慌てる。考え込んでしまっていたのだろう。不意にヤマネコ氏の顔がにまっ、と笑み崩れた。
「……なにか?」
 いえいえ、とヤマネコ氏。頭の中を見透かされたみたいな感覚に、ちょっと赤面してしまう。くそ、顔に出ていたか。
「ええと、それで……どこまで話しましたか……そう、今日の日没に、あなたの寿命は変更されることになっているんですよ。つきましては、なにかやり残したことがございましたら、今のうちに。あの執行人たちからは、責任もって私がお守りいたしましょう」
「はあ」
 やり残したって、あんた。オレまだ高二だぞ。
 本来最低でも、あと五十年はあるつもりだったんだ。いきなりそんなこと言われたって、多すぎて浮かんでくるわけ……。
 その時だ。
 その思考をぶっちぎって、突然橋田の声が飛び込んできた。
「……言ってくれば?」
 ……。
 ぼそっと一言。
 なぜかオレはそれだけで、わかってしまったのだ。
 橋田を見ると、いつものにやけたチェシャ猫笑いが待っていた。ちょっとかっこよく見えてしまったのは、オレの欲目か──親友どのに対しての。
「……ん、行くか」
 オレは、そう応えてしまった。
 ……それもそーだな。
 恋愛のひとつもできずに、人生終わらせられてたまるかってんだ。
 オレはすっくと立ち上がった。背負うバックは、ヤケクソの炎だ。
「ヤマネコ、さん」
「──はい?」
 たぶんふっきれてるだろう笑いを浮かべて、オレは言った。今度は恥ずかしくないからな。
「ありましたよ、ひとつだけ」
「そうですか」
 ヤマネコ氏がうなずいた。
 やっぱり表情は、変わってなかったが。
「じゃあ、まずは逃げましょう」
「へ?」
 思わず聞き返した時、公園入り口からその答えはやってきた。
「ここにいたかもうにがさんぞ」
 あの声は、スペイドだ。まあ、タイミングのいいこと。
 どうやら翼まではやせるらしく、差し渡し一〇メートル近いヤツをばたつかせてこっちに飛んでくる。
 もう二匹、いたはずだけど。
 ……ひょっとして後ろから、バタバタ走ってくる奴らか? しまらないことこの上ない。
「もう、くた、ばっち、まえ」
「ソウダソウダ、クタバッチマエ! きしゃしゃしゃしゃしゃっ!」
「ご冗談を」
 声を轟音がかき消す。先刻、レストランでスペイドを撃退した雷撃だ。空気が白熱化し、プラズマが跳ねまわった。迫力!
 ──あ、全然利いてない。
「利いてないな」
「ませんね」
「おなじてはきかないぞ」「きか、ねえな」「キカネエッテヨ、しゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃ」
 全員で言うことないと思うけど……。
「じゃ、これでいきましょう」
 言うなり、電撃がそのベクトルをかえた。スペイドをはずれ、真上へ走る。
 電撃が青空に吸い込まれるや、間髪入れずに強烈な剛風が公園を巻き込んだ。風の呪文ってやつだろうか。さすがにバランスを崩されたスペイドたちは、必死で風に抵抗している。
「その女性の住居は!?」
 疾風を操作しているのか、手を組み合わせた状態でヤマネコ氏が聞いてくる。
「わかってます!」
 叫び返してから、はたと思う。
 ……何でわかった?
 まあいいや、この際。時間が惜しい!
「行くぞ、橋田!!」
「おうっ!」
 何気なく振ってみたが、当然みたいに返してきた。うむ、嬉しいぞ、親友。
 スペイドたちに背を向けて、オレたちは公園を全力疾走で抜け出した。
 日暮れまで、あと二時間!

☆          ☆


 そりゃあもう、走った。
 一生分の、全力疾走をやった気がした。

「おい杉本!」
「何だ?」
「川瀬さんの家って、どこにある!?」
「隣町だ!」
「……何?」

 あと一時間四〇分。

「おいそこの二人待て、本官の自転車!」
「これって犯罪じゃないのか?」
「パトカー盗らないだけいいだろうが!」
「話をすりかえてるだろう、お前。そもそも犯罪とは……」
「だああっ! あと一時間ちょいで死ぬ人間に、犯罪も前科も関係あるかっ! 四の五の言わずにしっかりつかまれっ!!」

 あと一時間二〇分。

「隣町までなら二一〇円だけどね。出発まであと一五分ほどあるから……」
「そんなに待てっか、馬鹿野郎!」

 あと一時間。

「すいません、○☆町っ、て、どっちに、行けば……」
「どうしたの学生さん、そんなに息切らせて? ○☆町ならあっちの通りだけ……」
「ソコニイタカ、ガキィ〜〜〜〜〜!!」
「ぐわっ! とうとう来やがった!!」
「きゃあああああああああああああああああ、バケモノォ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
「ア、コリャシツレイ」
「結構礼儀正しいもんだ」
「感心してる場合か!」

 あと四〇分。

「え、秋乃? ……ごめんなさいね、今ちょっと買物に……あら、どうしたの?」
「ま、まだ走るのか……?」
「るさいっ! 前進あるのみぃっ!」
「まてすぎもとたつやにげられぬぞ」
「来たぁ〜〜〜!」
「転進だぁぁぁぁぁっ!」

 ……てなもんで。
 オレたちがその商店街に着いた時の格好と言えば、そりゃあもうすごい格好だった。
 顔は汗と埃でズタボロだったし、体中酸欠と筋肉痛でこれまたボロボロ。外見は言うまでもない話だがボロボロだ。犬に吠えかけられた回数と警官に呼び止められた回数はもうギネスブックものかもしれない。
 だが、気力はまだ燃えさかっている。
 そうとも、あと二〇分足らずの命だ。こんな程度でくじけてたまるか!
 通行人の悲鳴がとどろいた。
「そこ、かあ〜〜〜〜〜〜〜〜」
 いかん、くじけそうだ。
「また走るの、か〜〜〜」
 もうへれへれになった橋田が、追いかけてきた悪魔みたいな声音でぜーぜー息を切らしながらぼやく。
 気のせいか、嬉しそうに見えるけど?
 気のせいだな。きっと。オレが何となく楽しい気分になっているのも、脳内麻薬の幻覚かなにかだ。気のせいに違いない。
雑踏がすごいスピードで、オレたち──正確にはその後ろの三匹から遠ざかっていく。まるで津波かなんかだな、としょうもないことを考えつつ、オレはそれを追っ掛けるようにダッシュした。
「川瀬さん!」
 叫ぶ。
「川瀬さん、どこだーっ!!」
 雑踏の中で、振り返るショートカット。
 ──見付けた。
 最後の体力だ。
「モウアキラメヤガレ、コノガキ!」
 踊りかかってきたイナゴが、地面からのびた巨大な触手にからめとられる。
 ヤマネコ氏だ。いつの間にきたのか、ウインクして叫ぶ。
「あと三分です。お早く!」
 わ、もうそんなしか?
 川瀬さんが逃げる人波にさからって、こちらに顔をむけた。
 視線があった。きょとんとした表情。
 どくん、と鼓動が早まった。
「杉本、クン?」
 向かいあった。
 手を伸ばせば、届くくらいの距離だった。
「どうしたの? ひどいカッコ……」
「あの!」
 セリフをぶった切るように叫ぶ。
 びっくりしたような表情で、それでも川瀬さんは、何? と言った。
 一切の音が消失した。
 スペイドたちの声も、橋田の声も、ヤマネコ氏の声も、ギャラリーの悲鳴も。
 あと、たぶん一分か二分の命だ。
 ここで告白してどうするんだろうとか、あと数分で自分がどうなるのかとか、そういう考えも全部消えた。
 聞こえるのは、自分の鼓動の音だけ。
 見えているのは、彼女の表情だけ。
 考えているのは……。

☆          ☆


 ──あ、こんにちわ。入部希望ですか?

 二年の春。
 退屈だったから、行ってみた部室長屋。文系サークルが並ぶ、二階の一番手前の部屋。
 ワープロ、打ってたんだっけ。

 ──い、いちお、見学とか……。
 ──えと……部長さん、いまいないんです。
 ──じ、じゃあまたきますんで……。
 ──だから、……わたしでよければ説明するよ? 杉本クン。
 ──うえっ?
 ──一年のときのクラスメートの顔くらい、覚えてるよー。

 素っ頓狂な声をだしてつんのめったオレを見て、くすくす笑ってた。

 ──杉本クンは、忘れちゃった?
 ──う、悪い……。

 嘘、だったんだけどな。実は、覚えてた。
 ただちょっと恥ずかった、ってだけで。

 ──川瀬秋乃です。あらためてよろしくね、杉本クン。
 ──あ、おう。

 その時は本当に、それだけだったんだ。

 ──せっかくだから、杉本クンも何か書いてみたら?
 ──小説とか詩とか? 無理だって……。
 ──そんなことない、と思うんだけどなあ。
 ──誇大評価だ。通販でパソコン注文したら、電卓来たようなもんだ。
 ──あはは。ほら、才能あるって。
 ──ないっての……。

 いつもオレと話して、笑ってた。
 本当に面白そうに、本当におかしそうに、屈託なく笑うんだ。
 このころだったっけ?
 まともに、顔を見れなくなりだした。笑ってる時の、顔を。

 ──川瀬さんは、なんで文芸部に入ったわけ?
 ──えー、理由なんて……うーん……。

 帰り道。何度か、途中までいっしょに帰った。
 自転車を押して、歩くオレにあわせてくれた。たわいのない雑談。

 ──ね、わたしの書く話、面白い?
 ──ん。けっこう。上手いと思う。
 ──えへへへ……。

 ふにゃふにゃと照れた顔で、嬉しそうで。そんな表情が、オレも好きで。

 ──入った理由は、ホント、大したことじゃないんだけどね。
 ──ま、そんなもんか?
 ──うん。だけど、杉本クンがそういってくれるなら──。
 ──え?

 何てことのない、セリフだったんだろう。川瀬さんにしてみれば。
 でも、このときだった。
 このときはじめて、思ったんだ。

 ──わたしの書いた小説を読んだ人が面白いって、いってくれるなら……入部してよかったな、って。
 ──そ、そっか。そういうもんかな。
 ──うんっ。

 屈託の、ない笑顔。笑顔のかわいい、川瀬さん。
 この子が、好きだって。伝えなければ、って。
 それからずっと、考えてた。

☆          ☆


 そして今も、考えているのは。
 たった。
 たった一言の、セリフ。
「……オレ……」
 体力は、もうない。
 ありったけの、気力と想いをこめて。
「……君のこと、好きなんだ」
 ──キミノコト、スキナンダ──。
 言えた。
 がくん、と力がぬける。ぺたんと床に腰をおろす。
 やっと、言えた。言えた。言えたぞ、こん畜生。もうどうにでもしやがれってんだ。
 川瀬さんは、あいかわらずきょとんとしていた。座り込んだオレを、見下ろしている。
 何がおかしかったのか。
 くすりと笑った。
 笑って、そして。
 沈黙の空白に、彼女の声がすべりこむ。
「……うん、ありがと」
 優しい声。優しい微笑み。屈託のない、オレの好きな。
「ずいぶん、遅かったね、杉本クン」
 ……え?
「……うん。……わたしも好きだよ、杉本クンのコト」
 オレは、パニックになった。心臓くらい止まったかもしれない。
 ……そんな、想像もしていなかった返事を、だってオレ、もう死ぬっていうのに、そんな──。

「──成功だ!」

 いきなり、歓声がわき起こった。やんやの喝采だ。オレは飛び上がった。
 振り返ったオレの視界に、手を取って喜びあっているスペイドたち三匹とヤマネコ氏の姿があった。
 ……。
「……ふむ?」
 橋田が考え込んでから、ぽむ、と手を合わせる。何か得心したようすだった。
 …………。
「いやあ、素晴らしい──私、感動いたしました」
「だんしのほんかいというものだ。みごとだったぞすぎもとたつや」
 ヤマネコ氏とスペイドが、肩なんぞ組んでうなずきあっている。執行者とその妨害者というよりは、まるで……まるで?
 ……………………。
 がちり、と音をたてて、パズルが噛みあったような気がした。
 たぶん、オレの目はぶっそうなくらいすわっていただろう。
「……どういう、ことだ?」
 オレはヤマネコ氏たちに向かって、やたらドスのきいた声でのたまった。

☆          ☆


「つまり、おまえら『四匹』の狂言だったんだ、と……そういうわけだな?」
「まあそういうことだな」
「おれたち、も、いろいろ」
「オモウトコロガアッテヨ。きしゃしゃしゃ」
川瀬さんの家の応接室で、スペイド、クラブ、ダイヤの三匹はカラカラと明るい笑い声をあげた。
 横で一緒になって笑ってるのは、ヤマネコ氏──ここまでわかれば言うまでもないが、彼の本名は『ハート』というのだそうで──だ。オレが半眼で送っている視線を、相変わらずのポーカーフェイスで跳弾させまくっている。
「……ドッキリカメラなんてもんで済むか! 本当に、死を覚悟したぞ! いたいけな高校生に悟りを開かせやがって、どう責任をとってくれる、え!?」
「いやしかしですね。あなたのお祖父さまが高名な魔術師だということは事実ですし、我々は契約にもとずいただけでして」
 どうやらそのようだ。
 つまり、こういうことらしい。爺さんが死ぬ数日前、爺さんはこの四匹の悪魔を呼び付けて言ったのだそうだ。自分にはひとり孫がいる。その孫にどうやら意中の女性がいるらしいのだが、これをなんとかできんものか──。
 大魔術師の最後の命令というよりはまんま「大往生したお爺ちゃんの遺言」って感じだったが、とにもかくにもこの四匹はその命令にしたがって、
「ひとはだぬいだというわけだな」
「脱ぐなっ!」
 オレはギリギリと歯噛みしながら、スペイドを怒鳴りつけた。
 しかしそういうことなら、すべて合点がいく。三匹がタイミングよく襲いにきたことや、ヤマネコ氏が妙にタイミングよく救いにきたことや、川瀬さんとのことを知っていたこと、など……。
「ヨカッタジャネエカ? コクハクデキタコトニハカワリネエンダシ」
 イナゴもどきのダイヤが、その昆虫そのままの手で器用にティーカップをもちつつ言う。
「あんたら……」
 なんて、俗っぽい連中だ。本当に悪魔か。
 オレは殺意すらこめて凝視しているというのに、四匹は平気の平座だ。それどころか、橋田や川瀬さんまで笑ってるときた。こら橋田、てめえもひっかけられたクチだろうに、この。
「怒るな。お前さえ怒らなければ、すべては孫を愛する祖父の美談で済ませられる」
「橋田! しゃあしゃあと、てめーは……!」
「……うーん……わたしも、そう思うよ? 杉本クン」
「うーっ……」
 オレはうつむいて、うなり声をあげた。他のやつらはともかく、川瀬さんに言われてはどうしようもないではないか。
 オレはしぶしぶながら、顔をあげた。
 川瀬さんが、くすくす笑っている。スペイドたちも、橋田も。
 ──たぶん、爺さんも。
 猛烈に悔しかった。真面目に悔しかった。ほんの少し嬉しかったような気もするが、絶対に気のせいだ。断言してもいい。
 なのに、何故か、オレは笑ってしまった。
 ちょっと乱暴に、でも自分でも何故かおかしくて。記憶の底に、煮えたぎる怒りは強引に蹴り込んで、そして。
「あーっ、もうっ……!」
 オレは苦笑を浮かべて、『非日常』に溶け込む。
 ほんのちょっとだけ変わった、でもいつもと変わらない『日常』みたいに──。

FIN.


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