小説目次


『D&D&D』
第15話
アヤマ著


LEVEL−00 【TOWN】

シャイナ・ネラ・シャイナ


 低く垂れ込んだ空。遠雷の音響く墓地。
 シャイナはフードをはずし、空を見上げた。
 雨はまだ弱い。目を開けたまま空を見ることができる。シャイナは回りの参列者たちを見渡した。虚ろな目を棺に向けていた。シャイナのすぐ隣に遺族がいた。目を真っ赤にはらし、流れても流れても尽きぬ涙を必死に手でぬぐっていた。泣く妻を夫が支え、しかし夫もまた感情を押さえられず、眼よりただただ涙を流すのみであった。
 シャイナは松明を持っている町人に言った。
「火を投じてください」
 数人の町人たちが棺の周りに火をくべた。雨で火が消えぬように松明には松油を、棺の台には獣油が染み込ませてあった。火がくべられると瞬く間に棺は燃え上がった。この分であれば、雨が強くなるまえに全て燃え尽きるだろう。シャイナ思った。遠雷の音もまだ近づいてくる様子はなかった。
 シャイナが一歩進み出て、一息吸い、口を開けた。
「いま、汝は苦渋に満ちた世界より旅立ち、その痛み、その悲しみより汝は開放され、いま、神の懐へと導かれる」
 シャイナの透き通った声がその場に木霊した。
「よこしまなる悪霊も、暗雲も、もはや汝の心を掻き乱す事はない」
 妻がより一層大きく泣き声を上げた。
 シャイナがそれを知ったのは昨日のことだった。しかし事はその数日前より始まっていた。
「永遠の安息に身をゆだね、永遠の安寧に、いま生きる」
 昼間、牛が騒ぐので娘が一人牛の見回りに行った。
 ――昼間だった。
 誰しも気が緩んでいた。誰も娘を止めなかった。空は暗雲に包まれていたとはいえ、まだ日が高く悪魔が活動する刻まではほど遠かったからだ。
 そして、その娘は消えた。
「汝の聖なる魂は、その身を離れ、かつて言葉を違えられたことの無い真なる父に」
 だが次の日に娘は見つかった。川の岩に引っかかっているところを町民に発見されたのだ。しかし誰しもが思った。発見「されない」方がよかったのではないか、と。
「汝の姿は我々の記憶に残り、その心は我々の心と共にある」
 娘は生きていた。否、生かされていたというべきであった。
 ――この町に来てから、青空を見ていない………。
 シャイナは言葉の途中で、空を見上げた。
 ――鎮魂の儀が必要なのは、死者ではなく生者なのだ。自分の気持ちに折り合いをつけるため、そのための適当な機会を求めて、このような儀式を行うのだ。
 シャイナは少々苛立っていた。原因はわかっている。自分にだ。自分が一族の義務を、一族の誇りを行わなかったが為にいまここで人々が泣いているのだ。
「我々は常に共にあり、永遠の孤独、永劫の暗闇に閉ざされることはない」
 娘の惨状をシャイナは知っている。発見された娘の姿を、そして棺の中の娘の姿を知っているためだ。
 娘の胸にあいた虚ろな闇。本来そこにあるべき臓器が欠落した虚ろな穴。生者ならばならば脈打つ心臓がそこには無かった。
「今、父なる神のもとに旅立つ汝に、安寧と福音を」
 シャイナが鎮魂の言葉を締めくくり、参列者が胸の前で手を組み、頭を低くした。
 フードに当たる雨の音と火の音だけが聞こえる。
 一人が頭を上げると、一人また一人と頭を上げ、人々は家路へとつき始めた。

 その列から離れた場所で、独り黒いローブに身を包み、視線をシャイナに投げるものがいた。黒いローブの奥ある表情を窺い知ることはできない。ただわずかに見える口元より誰に語るでもない言葉が漏れた。
「祓魔式の鎮魂句――か。このようなところで聞けるとはな」
 誰に語るでもなく、自分自身の確認の為に出した言葉だった。もし聞かれてもかまうまい。聞かれるべきではない言葉は、胸のうちにのみとどめることにする。
 ――悪魔達の動きが、活発化している。
 牛の放牧地は、城からかなりの距離がある。加えてあのような呪い――源初の魔術ともいえるべき強力なもの――を、今までに見た魔物たちが使えるとも思えない。
 どう考えても、城に湧き出た魔物たちの仕業ではない。
 ――時は近いということか……。
 一人、又一人と人が去って行く。
 黒いローブの男は鋭い眼光を空へと向けた。
 雷の音が徐々に近づいている。
 ――雷落ちる暗雲なれど、死者の魂は天に召され、永遠の蒼穹へと旅立つであろう……。
 黒いローブの男もまた人々と同じようにその場を離れた。しかし人々とは違う方向へと向かっていた。寺院裏へと向かっており、そこにあるのは地下墓地への入り口だった。
 最後に男の残した言葉だけが、そこにほんのわずかとどまった。
「……くだらんな」

 シャイナは思う。
 発見されたとき、娘は生きており、ゆっくりと「死んで」いた。いかなる手段なのか、娘は心臓を失った後も生き続けていた。しかし同時に死に始めていた。いくら暖炉に薪をくべようと、娘の身体は刻一刻と冷たくなり、瑞々しかった目は白濁していった。そのまま娘が朽ちてゆけば、見るも無残な姿となることは必至であった。
 そこで、シャイナ達に頼みがきた。娘を救ってくれと。
 シャイナ達は町で少々有名になっていた。騎士団すら生還できなかった王城よりの帰還。なにより全身に返り血を浴び、元々朱色でないかと思わせるよろいに身を包んだ男と目を引く容貌の二人の女。悪魔達と戦い生き延びている。そう噂は流れた。そしてそれは事実でもあった。
 シャイナは悪魔が己の快楽の為に、如何に人を絶望のうちに殺すか、如何に人を苦痛のうちに殺すかを知っていた。その娘が直面した絶望、苦痛、そして狂気は悪魔にとってさぞかし甘美なものであったことだろう。だが悪魔がなんのために娘の心臓を抜き取ったかがわかったところで、何の解決にもならなかった。
 誰が言ったのかは忘れた。父親がこのまま死なせるならばいっそ殺してくれ、といったのだっただろうか。その言葉を聞いたとき、シャイナは動けなくなった。殺すはどうゆうことか? 自分で自分に問うた。
 ――殺す、ころす、コロス?
 父親が自分の娘に対して言った言葉がわからなかった。そのままの意味であったがシャイナには理解するまで時間がかかった。否、時間とともに混乱を増した。そのときブランドが父親と言葉を交わした。何を喋ったか覚えていない。ただブランドが娘の首を切り落としてくれたことだけは覚えている。心臓がないから胸を刺しても意味がない。だから首を落とした。何処かで冷静な自分がそう喋っているのがわかった。
 後の処置をシャイナとミキで行った。
 口が動かぬように口に布を詰めた。目が開かぬように目を布で覆った。動き出さぬように丈夫な皮のベルトで身体を縛った。なぜなら首を切り落とされても娘は生きていたからだ。
 そしていま、安寧と開放の鎮魂の言葉とは裏腹に、動かぬように緊縛された娘の身体が燃えている。
 雨が強く降ってきた。

 鎮魂の儀を終えたシャイナは、町外れにある洞窟の入り口へとやってきた。
 洞窟の入り口には手のひらを空に向け、雨の様子をうかがう女性が立っていた。生気の輝く黒い瞳、豊かに流れる黒い髪。髪を二つに束ね背中へ流している。線が細く感じられるが、戦うときの彼女はその身の細さから考えられないほどの動きを見せることをシャイナは知っている。腰には細身の長剣。金貨90枚にしては良く使えると彼女は自慢そうに言っていた。彼女は鼻に白く細長い布を貼っていた。それはなんなのかと尋ねたことがシャイナはあった。そのとき彼女は曖昧に笑い、何も答えてくれなかった。シャイナはその笑顔をなにか悲しく感じられ、それ以上は聞けなかった。
 彼女がシャイナに気づき、笑顔を作った。いつ何時でも明るい表情を作る彼女をシャイナはまぶしく思う。そして自分はいつもどのような表情をしているのだろうかと思った。
 ――ミキから観ると私はいつもどんな顔をしているのだろう……。
 彼女の後ろに燃える炎のような赤い髪の男が洞窟の壁に背を預けていた。マントを背に回し、腕を組んでいる。その瞳は閉じられ、無表情だった。名をブランドという。しかし、本人もそれが自分の名前であるかはわからないのだと言う。その理由をシャイナは知らない。
 ミキの明るい笑顔を直視できず、シャイナは目を背けてしまった。目は自然と岩山の北を向いた。
 少し北の方に向かうと、時折少年がおり、珍しい武器や防具を売っていることがある。十中八九盗品だった。シャイナがそのことを尋ねると、自分だけが不幸であることが気にくわないと言った。
少年は片足を失っていた。悪魔に襲われ、喰われたのだと言う。少年の言葉を聞くとき、シャイナは心に昏い衝動が走るのを感じた。そして少年の目に同じ昏き光を見た。
 シャイナは涙がこぼれた。
 シャイナが再び洞窟に目を向けたとき、ブランドとミキの両方がシャイナに視線を向けていた。二人の怪訝そうな目がシャイナを見ていた。そこで初めて自分がが泣いていることを知った。嗚咽こそあげていないものの、目には溢れんばかりの涙がたまっていた。
 ――コレは雨が……。
 シャイナ口を開くより先にミキが話し掛けてきた。
「シャイナさ、いつも人に見つからないように泣いているけどさ、たまには思いっきり泣いたら?」
 ミキの言葉にシャイナは驚いた。
「愚痴ぐらいならアタシが聞くからさ。もっとも、シャイナほどの美人が泣いていたらオトコどもが放っておかないだろうけどね」
 ミキが屈託無い笑顔でシャイナに言った。
「そうだろ、ブランド?」
「ああ、そうだろうな。だが涙目では、敵を見つけられない」
 ブランドは無造作に言うと、洞窟の奥へと向きを変え、肩で「行くぞ」と合図し、歩き出した。
 やれやれ、心の機微のわからん御仁だねぇ、とミキはつぶやくとブランドの後を追って歩き出した。
 ――ブランドとミキの言葉……。
 遠くない過去がシャイナの脳裏に蘇る。そう、あれは王城で『解体屋』を倒した後のことだ。そのときシャイナは誓ったのだ。思いっきり泣けるその日まで決して泣かないと。泣いていては弓の狙いがつけられないと。
 言葉が心に染みた。人と話ができること、ただそれだけなのに嬉しかった。嬉しさのあまり先ほどとは別種類の涙がこぼれた。ミキの後姿がぼやける。嬉しさのために涙を流すなどどれほどぶりのことだろうか。心が悲鳴をあげる涙ではなく、ただ暖かい感情ゆえにということ。
 どうしたの、シャイナ? 洞窟の奥からミキが声をかけてきた。なんでもない、なんでもないわ、そう答えた。今の暖かい感情を無くさないためにも、心が悲鳴を上げる涙を流さないためにも、自分は悪魔に抗する必要があるのだと、強く思った。
 背嚢より弩を取り出す。昨日のうちに手入れをしておいたから、いまここで点検することは無い。
 弦を引く。矢を装填する。マントを後ろへまわし、動きやすい格好を取る。動きやすさを取ったため、身体の各部の素肌が露出している。それが男たちに冷やかされる原因となっていた。
 腰溜めに弩を構える。本来ならば胸の前に構えるところなのだが、シャイナは体が華奢なため、腰溜めに構えないと弩の反動に負けてしまうのだ。
 ブランドが背より長剣を抜く。ミキが腰より細身の剣を抜く。シャイナが闇に目をこらし、悪魔を探す。岩が溶け、鈍い光を放つ灼熱の空間。冷たい石畳と松明の空間とは違う地獄だった。
 あの恐ろしい『解体屋』と同じすさまじい咆哮が響いてきた。
 シャイナは目を凝らす、あそこだ、二人に合図する。
 涙の溜まっていない眼で狙いをつける。
 シャイナは引き金を引いた。


第15話了・続く


第14話 第16話は11月上旬追加予定