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『D&D&D』 第13話 こあとる著 |
──『骸骨兵』どもが、移動を始めている。
その変化に、ジャミルは気付いていた。
『魔術の目』で壁越しの部屋を見通し、その状況を確認する。三階にある王の間に向かって、この階のすべての『骸骨兵』が移動していくのが見えた。
城の要所に、部屋番よろしく張り付いていた『骸骨兵』たちだった。侵入した人間たちを排除するためにいることは間違いないのだろうが、特別な役目を持たされているようには見えなかった。
──それが一斉に移動するということは……。
特別な役目が与えられた、ということである。緊急を要する、しかもすべての『骸骨兵』を動員させなければならない事態が生じた、と。
「……剣士殿が、王に拝謁をたまわったと見るべきか。……さて、どうするか?」
ジャミルは自分がどう行動すべきかを決めあぐね、考えをめぐらせた。
レオリックに向かったのは、ブランドひとりではないだろう。『視線』で確認したわけではないが、おそらくはまだミキも同道しているはずである。あのふたりが組んで戦うとすれば、レオリック自体には勝てるかもしれない。
──レオリックが単独でいるならば、の話だが。
この現状を見る限りそうはいきそうもない。城中に現存しているほとんどすべての『骸骨兵』たちが部屋に向かっているはずだ。加えてレオリックの存在理由が『骸骨兵』たちの制御と統率にあるのだとしたら、専用の護衛も配置されているだろうことは想像に難くない。
圧倒的な数を用いた人海戦術は、優れた使い手を相手にするには最適の方法だろう。ブランドやミキが人間である以上、集中力も持久力も無限ではなく、一方の敵はそのふたつをほとんど無限に維持しつづけることができる存在だからだ。この時点でふたりは圧倒的に不利である。
加えてあのふたりは、速さと正確さに優れた戦闘技術を核とする。周囲すべてを敵に囲まれた状況では、十分にそれを生かしきることはできない。
──それを見越したうえでの、全兵招集なのだろうが。
技術が力を凌ぐこともあるかもしれないが、力はいつでも技術を凌ぐ──レオリック本人か今の姿にした者かはともかく、相手はそれを十分に承知している。
自分が助成すれば話は早いのだが、とジャミルは思う。対集団用の高位殲滅呪文を使えば、『骸骨兵』ごときはあっという間に掃討できる。あとはレオリック本人をブランドたちが叩けばいいだけの話だ。
しかし。
──まだ姿を見せるべきではない……か。それに探し物もある……。
城全域の探索は、まだ完了していない。魔物たちの出現という事実から想定しても、この城のどこかに別な場所へとつながる通路があるのは確実だ。問題はそれが文字どおり通路の形をとっているとは限らないということであった。
──構造上から考えて、隠し通路や部屋はない。とすれば空間上を疑似通路で結んでいるか、高位の転送魔術を応用した移動用の場所があるか……。
ジャミルに町外れにある寺院跡についての知識があったならば、この解答はあっさりと出たかもしれない。それはまさしくシャイナが経験した「方位の惑乱」と重なる予測であったが、ジャミルはその事実を知らなかった。
『大公』の封印についての情報は、『評議会』でも厳重に秘匿されていた。多層構造の重合封印がかけられていることは間違いないが、その場所がどこにあるのかはエイドリアでさえ知らなかった。
もし魔術を利用した移動手段を用いているなら、それを見つけ出すのは至難の業である。ブランドたちの助成に時間を割く余裕はない。
──剣士殿には、自力で頑張ってもらうほかなさそうだな。
ブランドとミキならば、なんとか倒すこともできるかもしれない。あのふたりの強さは、人間として見れば非常に頭抜けている。
──もっとも、レオリックを『解体屋』とおなじだと見ているならば、あっさりと死んでしまうことだろうが──。
たしかにブッチャーを倒したブランドの手際は見事だった。しかしレオリックをあの怪物と同一視するような「間違い」を犯せば、ふたりが敗北するのは確実であるとジャミルは予想した。
『解体屋』は、本能のままに暴れるただの獣。だがレオリックは生前の知略を残している可能性が高い。だとすればもうひとつ、『解体屋』にはなかったものを持っているということだ。
それがとてつもなく、レオリックを強敵たらしめる。ブランドたちが果たして、それに気付いているかどうか?
しばらく疑念にかられてから、ジャミルは酷薄に笑った。奇妙にブランドたちの安否を気遣う自分を自嘲するかのようだった。
──気付かない程度の者だというなら、私が見込んだ価値もない。
それはたしかに、部隊といえるほどの数だった。
二列に並んだ親衛隊が、レオリックの前に整列しているのが見えた。第一列目となる後衛は防御横隊をつくり、二列目の前衛が攻撃のために前進してくる。同じ装備で身を固めた空ろな行軍に、ミキがあきれたような声を上げた。
「ちょっとちょっと、いくらなんでも数が多すぎ……ひい、ふ、み、よの──うひゃあ、ざっと二〇はいるじゃない。どうすんの」
「……つきあえとは言ってないぞ」

ブランドはおろした兜の中でつぶやくように言って、剣をかまえた。ブッチャーとの戦いで盾をなくしたことをほんのわずか悔やむ。多対一に近い状態で防御が薄くなるのが致命的だということは、傭兵時代に嫌というほど思い知らされていた。
──今悔やんで、どうなるものでもないが。
剣の柄を両手で握り締めて、後悔を追い払う。
いかなる状態であろうとも、他のことに気を取られれば待っているのは死しかない。前方の敵に集中することだと自分に言い聞かせる。
「今なら間に合う。……乱戦になったら、たとえ逃げたくなっても逃がしてはもらえんぞ」
「ああっ? それって遠まわしにとっとと逃げろってこと?」
ミキはそうぼやきながら、抜いていた剣を鞘に戻した。にんまりと笑って丸盾をかざし、
「……そうはいかないってね。レオリック王とその親衛隊ってんなら、さぞかし結構なモンを持ってるんじゃないの?」
体勢を低くして、ブランドのやや後方に構えた。ブランドにはもうミキの表情は見えなかったが、その声が愉快そうな響きをおびていることは聞き取れた。
「……気楽なもんだな」
苦笑してから、どうやって切り崩すかを考える。正面の『骸骨兵』たちをまずは何とかしないと、斬り込んだときに後衛と挟撃されてしまう──。
「──んじゃこじ開けるから、頑張って突っ込んでよね」
ブランドの逡巡を読み取ったかのように、ミキが声をかけてきた。意味を図りきれなかったブランドが聞き返そうとしたとき、『骸骨兵』たちが一斉に片刃の曲刀をかざして踏み込んできた。
──ままよ。
ブランドが走り出すのと、あがったミキの詠唱は同時。
「『飛んで』、『打ち消せ』!」
独特の韻律が聞こえたかと思うと、ブランドの横顔を白い握りこぶし大の球体がかすめて過ぎた。正面にいた『骸骨兵』に命中した瞬間、その球体は霞のように霧散して『骸骨兵』の全身を包む。
動きを止めた『骸骨兵』があっさりと分解するのを、ブランドは見た。
──魔術、だと!?
『聖弾』と呼ばれる、『骸骨兵』や『生屍人』に絶大な効果を誇る呪文だった。『骸骨兵』たちの身体を動かす魔力に外部から干渉して、それを打ち消してしまう効果を持つ。ブランドも何度か見たことがあった。
ミキが単独で動く財宝狩人である以上、さまざまな技術に長けているであろうことはブランドにも予想はできていたが、これほど高速で魔術を展開できるとは思いもよらなかった。
──何にせよ、ありがたい!
つづく魔弾が左右二体も破砕し、せまる横隊の壁に三体分の穴がぽっかりと空いた。そこに身体をねじこませつつ放ったブランドの一撃は、盾で受け止めようと反応した右の『骸骨兵』を盾ごと斬断していた。
──左──。
反対側からの攻撃を予測して振り向き、勘だけで片手打ちに剣を振りぬく。今まさに剣を振りかぶろうとしていた左翼の『骸骨兵』の首が、上げた腕ごめに宙を舞った。
どっと殺到する両翼からの攻撃を、ブランドは勘と経験にまかせて視線すら飛ばさずにさばいていく。たちまち乱戦になった状態ですら、ブランドはじりじりとレオリックに向かい移動していた。
前後左右から突き出された剣を身を沈めてかわし、必殺の刃が振るわれれば防御すら無効。全身を包む鎧はたちまち無数の刃傷でおおわれたが、ブランド本人にまで達した剣はひとつとてなかった。
横にかわした肩口の鎧を、剣の刃ががりがりと削っていった。体勢が泳いだその剣の主に身体ごとぶつかって、正面のレオリックに向かって吹き飛ばす。ふたたびわずかに距離が詰まる。
──待っていろ、すぐにそこへ行く。
ブランドの言葉に出さぬ宣言は、余裕ゆえか微動だにしないレオリックへのものだった。
「おっそろしいほど強いねえ」
援護呪文を詠唱するために集中しながら、ミキが感心したようにつぶやいた。十対一以上の数の差をもってしても、足を止めさせることもできないのである。単純に十倍の技量があればできるということではない。
加えて『骸骨兵』の人骨でできた身体は、刃物では傷つけることさえ難しいはずだ。ただでさえ頑丈な人骨に魔力がかけられ、その強度が鋼並みにまで高められているからで、普通の剣では刃が欠けるどころか、なかばから折れ飛んでもおかしくはなかった。
それを草でも刈るように切り払えるのは剣の威力か、振るうブランドの力と技か。ミキが知る財宝狩人の同業者では、これほどの剣技の主はお目にかかったことがない。
「剣だけなら、ぜんぜんかなわないなあ──っと!」
ブランドとの乱戦を抜け出し向かってきた『骸骨兵』の斬撃を盾で外側にはじき、その頭蓋に掌底を打ち込みざま呪文を放つ。
「『打ち消せ』っ!」
至近距離で『聖弾』を食らった骸骨が崩れ去る。
財宝狩人に求められるものは、あらゆる状況に対応できる多様な能力である。ブランドの剣技はすさまじいが、それだけでは財宝狩人はつとまらない。
剣術、格闘術、投擲術、体術、開錠術、魔術、暗殺術。最低でもふたつ以上の能力を有していなければ、迷宮では生き残れない。そしてそのすべてと第六感的な勘の良さを有するミキだからこそ、今まで生き残ってきた。
だがその勘が、どこかで警告を発している。数の圧倒的不利を跳ね除けるほど、ブランドは奮戦しているというのに。
──たぶん、まだ何かあるんだろうけどね。そうでしょ? 王様。
ミキもレオリックに視線を向ける。レオリックがまだ動かないことを、しかしミキは余裕とは取らなかった。
──何かを待ってるんだよね、王様? さしずめあたしたちの油断かな? 隠し玉があるとすれば、何だろうね?
ミキがそのことに気付いたとき、その後方に身を潜めていたシャイナもまた同じことを感じていた。
彼女が今いるのは、広間の入り口の後方、回廊のなかば。アーチ状に廊下を飾る柱のひとつの影にひそみ、戦うふたりの様子を見守っていた。
──ふたりとも、強い……強いなんてものじゃない……だけど……。
ふたりは急造のコンビとは思えないほど、的確に動いている。正確には前線で切り結ぶブランドを、ミキが的確に呪文でサポートしているのだが。
完全な死角から切りかかろうとする『骸骨兵』だけにねらいを定め、『聖弾』の呪文での援護射撃。もともと対人には効果がない呪文なので、万が一にもブランドの足を引っ張る可能性はない。
最小限のサポートは、ブランドの鬼神のような強さゆえでもある。ミキの援護がなければ苦しくなるのは間違いないだろうが、それでもブランドが『骸骨兵』たちに倒されるとは思えない。
だとすれば、なぜレオリックは出ないのか。レオリック自身がブランドに対すれば、いかなブランドでも他の親衛隊を相手にする余裕はなくなるかもしれない。そうすれば親衛隊たちがミキを追いつめ、各個に対処することができるというのに。
──つまり、もっといい方法があるということ。
魔物たちについて誰よりも深い知識をもっているシャイナは、魔物たちを決して侮っていなかった。何か罠をはっているはずだと、周囲に目を凝らす。
長い回廊と、それにつづく視界の利かない暗い広間。反対側には同じような回廊が存在して、それは王の間までのびているはずだった。
ここに最初に入ったとき、彼らが今いる入り口以外ほとんど明かりらしきものがなかったことに、シャイナは違和感を感じたものだ。いままでは松明や燭台などが、誰の手によってか必ず設置されていたからである。
魔物のすべてが、夜目がきくというわけではない。むしろ完全な闇の中でも活動できる種類は、意外と少ないはずなのだ。
──つまり、ここで待ち受けていたということ。
大きな柱以外のものがほとんど置かれていないその広間は三階の中心に位置しているはず。王の間ではなく、ここでなければならない理由は?
シャイナはなるべく音をたてないように、弩の矢箱を取り替えた。今使っている通常の太矢では、『骸骨兵』たちに効果的な打撃を与えることができない。
──非貫矢を使っても、レオリック相手では効果は望めないけれど……。
手が震えて、矢箱の取り替えがうまくいかない。
自分も彼らを援護しなければならない、という思いはある。本来悪魔と戦わなければいけないのは自分自身だ。何か罠が待ち受けているとすれば、なおのこと放っておけないと思う。
しかし、四肢の震えは止めようがなかった。かちかちと鳴る歯の音を止めようと奥歯を強くかみしめるが、音は一向に止まらなかった。
かちかち。かちかち。かちかち。かたかた。
──歯の根が合わないだけで、これほど音がひびくものなのだろうか。
その音が敵を呼び寄せるような気がして、シャイナはぐっと身体を丸めた。小さく全身を縮こまらせて、深く影に隠れようとする。
かちかち。かちかち。かたかた。かたかた。
──駄目だ。もっと音が大きくなる。近づいてくる……近づいて?
恐怖に麻痺しかかった思考が、その事実を認識することで覚醒した。
かちかち。かたかた。かたかた。かたかた。
──歯の音だけではない……!?
シャイナは歯の音を止めるために篭手を外し、むきだしになった自分の左手に噛み付いた。鈍い痛みに顔をしかめながらも耳を澄まして、広間の剣撃の音を意識的に排除する。広間以外から聞こえてくる音はないか。
かたかた。かたかた。かたかた。かたかた。
聞こえる。歯の音ではない、乾いた硬いもの同士がいくつもぶつかる音。その中に混じって、金属同士がふれあうかちゃかちゃという音も。
──反対側……背中。背後。回廊から?
シャイナは振り向き、暗闇の奥に目を凝らす。松明の明かりがかすかにゆれて照らす先、暗がりのさらに向こうへ。
「……ひ、っ……!」
シャイナの喉が、今度こそ恐怖に引きつった音を立てた。
そこに見えたのは、信じられない光景。
回廊を埋め尽くすほどに進軍してくる、武装した亡者たち。白いものにくすんだ黄色のもの、燃えるような赤に絶望のような黒。
『骸骨兵』の群れ!
文字どおりこの城すべての『骸骨兵』たちだった。この回廊だけで軽く五〇を超える数の『骸骨兵』たちがひしめき合い、なおも増え続け、緩慢に広間を目指して進んでくる。
──どうして!? 何が起こったの!?
自問した答えは、すぐに出た。レオリックが呼んだとしか考えられなかった。
レオリックはいまだ『王』であり、すべての『骸骨兵』たちの統率権を握っているということである。魔術的ななんらかの命令系統が確立されており、それを使ってレオリックが彼らを呼び寄せたのだ、とシャイナは予想した。
もしあの数がこのまま広間になだれ込むようなことになれば、どうなるか。
──みんな死ぬ。あのふたりも、私も、すべて。
『骸骨兵』たちがシャイナを見つけて近寄ってくる。シャイナはなかば恐慌状態になりながら、もう半分は恐ろしいほど冷静なままの自分がいるのを感じていた。
自分の仮定が正しければ、状況を打開する手段はひとつ。統率するものを叩いて命令系統を寸断すれば、脱出の可能性が生まれる!
シャイナは立ち上がった。身体を丸めて震えているときではない。
──全部で二〇本。
矢箱にある非貫矢の本数を確認する。弩をかまえ、引き金を引いた。引きつつ後ろに退がる。
いや、前に進むのだ。ふたりのもとへ行って危険を知らせ、自分も彼らとともに戦って、それから。
それからどうなるかは、シャイナにはわからなかった。ただ今は正確に狙いを定め、引き金を引き、歩調を急がせる。
──残り一八本、一七、一六、一五、一四……。
次々に打ち出される矢は骸骨の群れに吸い込まれ、命中箇所を確実に破砕していった。一体、また一体と『骸骨兵』たちが倒れていく。
矢全体を鉄でこしらえ、先端の矢じりを金属製の円錐に代えた特殊な太矢──それが『非貫矢』である。射程距離と命中精度が落ちるかわりに、装甲目標や『骸骨兵』などの「面の衝撃」に弱い相手に絶大な効果を発揮する。
しかし、矢はたったの二〇本。
──残り一〇本、九、八、七、六……。
もう少しで、広間に出る。
──三、二、一──。
最後の一発が、先頭の『骸骨兵』の頭を粉砕した。
同時に、広間に出た。
「……援軍が来るわ! 凶王を倒して!」
その時、ブランドとミキは半数以上の親衛隊を倒していた。
後衛にブランドが斬り込むと同時に、残った前衛にミキが接近戦をしかけ、前衛はすべて倒されていた。ブランドの剣術と体術と呪文の組み合わせによるミキの戦闘術のふたつは、あっさりと親衛隊を圧倒していた。
しかし『骸骨兵』の残りが数体となっても、レオリックは動かなかった。その虚ろな眼窩からはどのような思考も読み取れなかったが、
──もう無駄だよ、王様。アンタがなにをしようとしてもね。
ミキはなかば勝利を確信し、心の中で語りかけた。レオリックがこの時点で何を仕掛けてきても対処できる自信があったので、ミキ自身も乱戦に加わったのである。
──アンタとブランドが斬り合っている間に、隙を見て『聖弾』をたっぷりと撃ち込んでやるさ。今はともかく、ブランドの攻撃を防ぎながらあたしの呪文をかわすなんてこと、さすがにできないだろう?
まだ余力はたっぷりと残っている。さすがに多少息を荒くしているようだが、ブランドもまだまだ力を使い果たしてはいない。
『骸骨兵』の一体の胸骨に蹴りを打ち込み、間髪入れずに『聖弾』を放つ。たちまち魔術の連結が断ち切られ、『骸骨兵』は崩れ落ちる。
ブランドの剣と同じだ。防ぐことは不可能、肉弾戦の間合いではかわすことも不可能。
──あたしたちを倒したけりゃ、あと五倍は用意してもらわないとね。
ミキが不敵な笑みを漏らしたそのとき、シャイナが広間に入ってきた。
「……援軍が来るわ! 凶王を倒して!」
ブランド以外では、この城に入って初めての人間の声だった。それも自分と同じ女性の声で、ミキは声の方向に視線を向ける。弩をかまえた女が後ろを気にしながら、自分たちも抜けてきた広間に続く回廊から走り出てきたところだった。
「援軍?」
その後ろから出てきた『骸骨兵』たちの群れを見たとき、ミキにはピンときた。
──ははあ。これを待っていたわけ? 王様。
確かにあの数は大したものだが、もう遅い。
「『飛んで』──」
精神を集中させて魔力を展開し、レオリックに向き直って呪文を唱えようとしたとき、ミキは不意にぞっと背筋が凍るのを感じた。
向き直ったその光景に、大きな違いは見られなかった。『骸骨兵』がまた一体倒されていて、ブランドも背後を──すなわち突然広間に入ってきた女を──見やっているくらいのもので。
いや。もうひとつ。
レオリックが、初めて構えをとっていた。人の背丈ほどもある大剣をささげ持つように、両手で上段に据えていた。
構え、すなわち戦いの合図。それは誰に向けてのものか。
自分たち敵に向けてのものだろう。凶王自身へのものだろう。あとは? その援軍とやらに向けてのものか?
答えはすぐに出た。
かすかな風きり音がミキの耳に届いたとき、ミキは瞬時に悪寒の原因と、自分の失策を悟っていた。
「しまった!」
呪文を中断して、思い切り横っ飛びに跳躍する。丸盾で頭をかばって、身体を丸める。
ミキとブランドが立っていたところに大量の矢が降り注いだのは、次の瞬間だった。
「あ! くっ……!」
左腿と右下腕に、灼けるような痛み。必死にブランドを見ると、右手首を深々と矢が貫いているのが見えた。
──弓の伏兵……!
そう、レオリックが待っていたのは、まさにこれ。
ミキたちふたりが、慢心する瞬間。
余裕を持ったふたりの意識が、他の何かに向けられる瞬間!
立ち尽くすブランドに向かって、レオリックが動いた。
「ブランドっ!」
ミキには警告の声を上げるのが精一杯だった。
シャイナの声が聞こえたとき、ブランドは反射的に後ろを振り返ってしまった。理由は自分でもわからない。
ミキと違って頭を兜でおおっていたブランドには、かすかな矢の風きり音は届かなかった。全身は分厚い甲冑で守られていたが、振り向いた瞬間にもっとも弱い手首に矢が突き刺さっていた。
──弓矢!? どこから──。
取り落としそうになった剣を左手で保持して振り向いた。
「ブランドっ!」
ミキの警告がブランドに届いたときには、レオリックが視界いっぱいに迫ってきていた。
ブランドに向かって一挙動で踏み込み、上段から雪崩落しの大剣の一撃。そのスピードはブランドの予想をはるかに越えていた。
──速い!
右手の激痛にさいなまれながらもそれをかわせたのはブランドならではだったが、石畳にめり込む寸前で両刃の大剣はぴたりと止まり、初撃に倍するスピードで逆薙ぎの打ち上げとなってブランドを襲う。
よけられない。
判断する前に、身体が動いた。
左腕一本で袈裟懸けに打ち落としたブランドの剣が、レオリックの大剣と凄まじい火花を散らした。ほんのわずか勢いと方向を変えられた大剣は、ブランドの兜をこそげ飛ばして上方へと抜けていった。
飛びすさったブランドの額から、どっと血があふれて顔を濡らす。兜は前面が無残にひしゃげた状態で宙を舞い、石畳に落ちて鈍い音を立てた。
ブランドの背を、戦慄が駆け抜けた。とてつもない手慣れであった。
剣は面頬の先をかすっただけだ。ブランドの皮膚には触れてもいない。走る剣圧のみをもって、もたらした傷。
ジャミルの危惧どおり、レオリックは『解体屋』にはないものを持っていた。
──打ち込みの速度、パワー、そして何より……『技術』。
ともに、ブランドと互角。だとすれば手傷の分、武器の重量が大きな分だけ向こうが有利なのは明らかだ。
パワーの差はスピードで、スピードの差は正確さで補えばいい。
今までブランドが対してきた魔物たちは、すべて後者ふたつ──特に技術が不足していた。生来強力な力と生命力に恵まれた魔物たちは、技術を身につける必要がまったくないほどに強い。多少の技術の差など問題にもならないくらいのそのふたつの力が、魔物たちに技術を学ぶ必要性を感じさせない。
技術こそは人間が生み出した、唯一にして無二のもの。魔物たちに勝る、唯一の手段のはずだった。
しかしレオリックには、それがある。技術と知略が、ともにある。
かつて人間であった、レオリックには。
ふたたび剣を上段に構えて、レオリックがじりじりと近寄ってくる。その構えにはまったく隙がない。
後ろからは『骸骨兵』の群れ、いずこかに隠れた弓の伏兵、そして眼前にはとてつもない剣の王。
「……まだだ。まだ、俺は負けていない」
ぎりぎりと歯を軋らせながら、ブランドは凄絶な笑みを浮かべる。絶望的な運命に牙をむく、手負いの狼のごとく。
「勝ちほこるのは、……俺を殺してからにしろ、レオリック!」
咆哮して、剣を無理矢理両手で握った。
右手の矢傷が、ずきりと痛んだ。
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