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『D&D&D』 第12話 アヤマ著 |
燭台の炎が揺れる薄明かりの闇。
異形どもの影が踊る。
異形なる者ども、『堕したもの』達は歓喜の声をあげた。
自分達は最強の集団であると。我々に敵は無い、向かうところ敵は無し、そう、最強だ。
手に持つ刀は血に染まり、その体もまた返り血に染まっていた。
今しがた人間の一団を血祭りにあげ、その勝利を楽しんだばかりであった。
『所詮、人間など暗闇では何もできない!』
一際身体を赤く染めた異形が声をあげた。
『薄闇の兄弟! おまえも楽しいだろう? オレも楽しい!』
濡れた木の擦れるような、軋む声をあげ、己の勝利に酔っていた。
『もちろんだとも、年上の兄弟! 今回だけじゃない、このまえも人間の雄どもを殺した』
異形なる者どもは盾と剣を鳴り合わせ、喜びを現した。
その大音響のため、暗闇で人影が動いたことには気づかなかった。
『悪魔に感謝せねば。オレたちを恐るべき戦士にしてくれた悪魔に感謝だ』
異形のものどもの盛大な笑い声が暗闇に響く。『悪魔』という言葉に暗闇の人影は一瞬だけ身体をこわばらせると、再び暗闇の中を移動し始めた。
『だが惜しいことをした。このまえは人間の雌を逃した。いろいろ使い道があったのに』
『覚えている、泣きながら逃げた弱い弱い人間どもの雌だな』
矢を装填しようとしていた手が一瞬とまる。
――まさかこいつらとはね。
矢を装填し、暗闇から狙いを定める。一番端の、樽の手前にいるヤツ。
――もう少し、こちらへ来なさい――。
異形なるもどもの左端にいたものが悲鳴を上げ、
倒れた。全員の濁った目がそちらを向く。どいつだ? 並んだ樽の向こう側のヤツだ、どうした? 人間か? それぞれが思い思いの言葉を口にして、悲鳴の上がった方に近づいていく。
確か悲鳴は樽の向こう側からだ。並んだ樽の向こう側からだ。
樽をよけ、反対側に回る。
人間なら血祭りだ、殺せ殺せ、俺達は最強だ。
樽の向こうには仲間が死んでいた。頭に短い矢を受け死んでいた。
『なんと言うことだ!』
『敵だ、人間だ! 殺せ!』
――離れているのが一匹いるけど、まぁ、何とかなるかしらね。
先ほど放った矢とは別の種類の矢をつがえる。暗黒の地下迷宮で手に入れたものだ。
――印のつけてる樽……『死』の印、しるし。
樽に描かれた印を狙う。異形のものにはただの汚れにしか見えないが、この暗闇の迷宮では人間の言葉で死に通じる文字が書きこまれていた――『罠』と。
『この暗闇で俺達の敵などいない!』
『探せ、敵だ! 殺せ!!』
異形なる者どもは一斉にがなり始めた。
『探せ、敵だ、切り刻め!』
仲間の死を悼んでいるわけでない。ただ新たな獲物の出現を喜んでいるだけなのだ。そしてその獲物を探して動き始めようと一匹が闇に目を凝らし、人間らしき影を見つけた。
――人間だ!
そう叫ぼうとした瞬間、人影が弓を構えていることがわかった。
次の瞬間、矢が放たれた。弓より離れた瞬間、矢は燃え上がり、炎の矢となって飛来した。
『ヒッ!』
異形のものは盾と剣を目の前にあげ、防ごうとした。しかし矢は異形なる者には刺さらず、すぐ横にあった樽に突き刺さった。
――はずしたか! にんげ……
樽に刺さった炎の矢、それがこの世で見る最後の光景となった。
樽が爆ぜる。
轟音と爆音、衝撃と火炎が巻き上がった。
異形なる者ども鳴き声しかしない地下迷宮に大音響が響き渡る。あまりの音に柱が軋み、天井の石が落ちてきたほどであった。
異形のもの者どもは何が起きたかわからないうちに、身体を吹き飛ばされ宙を舞っていた。あるものは火炎に包まれ、あるものは壁に叩き付けられ、あるものは破片を身体にくらい、一瞬にして異形なる者どもの一団は壊滅した。
並んでいた樽から離れていた一匹だけだが、生き残った。しかし爆風に煽られ、壁際まで転がされていた。何が起きたのかわからなかった。手にはねっとりとした青い血がついていた。
――仲間は?!
あたりを見まわしても立っている者は自分しかいない。部屋の中央では樽の木枠がぶすぶすと煙を上げている。今しがたの大音響が嘘のように地下迷宮は静まり返っている。何事もなかったかのように静まり返っている。
――仲間は?!
再度あたりを見まわす。胸に木枠が食い込み血を石畳に吸い込ませている仲間、細い手足がさらに細くなり消し炭のようになっている仲間、壁一面に自分の頭が爆ぜている仲間、半身を吹き飛ばされまるで地面に潜っているような仲間。
――みんな死んだ……。
異形なる者はそれを認識した。仲間が死んだ事実を認識すると、急いで逃げ出した。自分もあの場にいるだけで、死んでしまうのではないか。仲間と一緒に死んでしまうのではないか。
異形なる者――『堕したもの』は元々臆病なものなのだ。仲間が死ねば逃げ出す。ここのところはたまたま人間どもを狩ることが多く、さらにたまたま勝利することが多かったのである。
『堕したもの』は少し走った後すぐに引き返してきた。
もう大丈夫だと思ったからだ。そしてさらにこう思った――俺達が吹き飛ばされるようなところにいた人間もただではすまない、傷ついた人間を殺すのはオレだ、と。
『きっと仇はとってやるぞ、兄弟よ!
この暗闇の人間どもを皆殺しにしてやる!
すべての人間を切り刻んでやる!』
爆ぜた樽のところまで戻り、仲間の死体を見た『堕したもの』はそう叫んだ。
『すべての人間の胸に刃を!
我々の流した血の百倍の血をながせ!』
『堕したもの』の一族に伝わる決意の言葉を叫んだ。
『そして……』
次の言葉を叫ぼうとした瞬間、何かが首に巻きつき、暗闇に中に引きずりこまれた。
巻きついたものが細い腕であり、自分の身体より柔らで暖かく、それが人間の雌の腕であることがわかった。首だけでなく手も足も押さえつけられまったく動かせなかった。
『いま言ったことをいろいろ行う前に、まずしてもらわなければならないことがある』
人間の雌は自分たちの種族の言葉をしゃべった。そしてその怒りを含んだ声は耳のすぐそばから聞こえてきた。
『堕したもの』は悲鳴を上げた。なにか鋭いものが自分の胸にゆっくりと刺さっていくのが感じられた。手足は押さえつけられまったく動かせなくない。
悲鳴をあげる『堕したもの』の耳に、人間の雌が怒りを含んだ声でささやいた。
『おまえは死ぬの』
シャイナは暗闇の中を音も立てずに進んでいた。何かを目指しているわけではなく、目の前の男と女の後を追っていた。男は先ほど『解体屋』の頭を一撃で粉砕した男だ。女のほうはよくわからない。堕したもの一団にかかわって男を見失っている間に、いつのまにか男の横にいた。
なぜ自分が男の跡をつけているのか。なぜかは明確でない。ただ解体屋を一撃で倒す人間のそばにいいることで、悪魔に早く出会えるかもしれない、という漠然とした考えからだ。
自分ではそう思っている振りをした。実際はただ独りでいるのが寂しいから、心細いから誰かと一緒にいたいというの理由なのではないのか。心のどこかが自分の欺瞞を追及しているような気がしていた。
――ならば最初に男と出会ったときにそのまま一緒に探索を行えば良かったではないか。
――そんなことをすれば自分に親しいものを作るきっかけとなってしまう。それこそ『悪魔に魅入られた者』の弱点、悪魔に付入られる隙を作ることになる。
心の何処からか響いてくる声に反論する。
――でも寂しいよ、独りは。
――独りでいること、それが最も悪魔から身を、人間の社会を守る上で有効な手段だから。
何度このやり取りを自分自身と行っただろう。
仲間が死に、独り地下の迷宮に彷徨し、闇の異形と戦う日々が続く。
――うわべだけでもいい、仲間を作ればそれでいいじゃないか。
――それでは自分がだめになってしまうから。
自分の言葉に自信が持てない。
――自分が駄目になってしまうからじゃない。また仲間を失うことが怖いんだ。
――悪魔に抗することは並大抵のことじゃない。だから弱点を少なくしないと。
論点をずらした反論をする。しかし相手は自分だ、そんなことは承知している。
目を二人に向ける。もっぱら女の方がしゃべっていた。男はほとんど無言であるが、時折頷くか、最低限の言葉を返していた。そんなやりとりに女の方は不満であるようであったが、シャイナにはたまらなくうらやましく見えた。
人と話ができること。ただそれだけがうらやましかった。
――寂しいよ、独りは。
心のどこかから同じ言葉が響いてきた。
――悪魔に抗すること、それが一族の使命、一族の誇り。
そう、それに殉じて仲間達は死んだのだ。だから私もそれを行わなければならない。
悪魔に抗する使命、それを実行することは自分自身の使命なのだ。
心の声は聞こえなかった。
しかし目の前の二人のやり取りを見ると涙が出た。
――もう悪魔に魅入られているから、もう心は罅だらけだから。
途端に声が響いてきた。
――私は向かないんだ。人が死ぬことに。悪魔と戦うことに。
反論するより早く、声が響いてくる。
涙で眼前がぼやける。二人の姿が良く見えない。これでは狙いがつけられない。異形が襲ってきたときに対処できない。涙をぬぐってもぬぐっても視界はぼやけたままだ。
二人の姿が遠くなる。待って、と言いたい。足を動かさなければ、動かなければ見失う。
止まらぬ涙をそのままにシャイナは進む。
本当に自分が戦うのは一族の使命のためなのか、泣き出したい自分を誤魔化すためではないのか、寂しい自分を正当化するためではないのか。自分自身から発せられた言葉が、自分自身の心に突き刺さる。
自分自身と向き合うたびに自分の思いがわからなくなる。
哲学者が迷いを持つことは自分自身を磨くことになると言われた。しかし悪魔と戦うものは迷ってはならないと教えられた。悪魔は人の心を乱す手練手管に長けている。それが例え聖人賢者であっても悪魔の思い通りにするのはたやすいことであるという。
そう、この国のかつての大司教――ラザルスがそうであるように。
自分自身から発した声にすら心乱す自分はどうなのだ? 悪魔が手をわずかに動かしただけでその軍門へと下ってしまうのではないか。ならば悪魔の手駒とならないうちに自分からこの戦いを降りるべきなのではないか。
わからない。自分でどうすべきなのかわからない。
今はただ二人の跡を追うだけ。
結局答えの出ぬまま、行くべき道のわからぬままシャイナは足を進める。
二人を見失わぬように、しかし二人に気づかれないように。足音を忍ばせ、闇に溶け、自分を殺し、歩を進める。
二人が剣を構えた。
敵と遭遇したらしい。シャイナは目を凝らす。
二人は気づいているのだろうか? そう思った。自分に気づいてほしいと思うことも多々ある。だが今はそんなことを思っている場合でないとわかっていた。
暗闇から現れた骸骨の一団。手に持っている剣、盾。それらから生前は位の高い騎士であることがわかる。つまり今までの『骸骨兵』とは桁が違うということである。二人もそれはわかっているらしかった。
――手ごわそうよ、逃げた方がよくない?
――好きにすればいい。
そんな会話がかすかに耳に聞こえてきた。
シャイナは『骸骨兵』達の乾いた音に別の音が混じっていることに気づいた。『骸骨兵』の歩く音に似ているが、『骸骨兵』より重さを感じさせる音であった。
二人の眼前に迫る『骸骨兵』を今一度良く観察した。
『骸骨兵』達の歩く音に混じっているその音が徐々に近づいてきた。
いまでこそくすんでいるが、かつては黄と青を交合に配した盾の模様。そしてある一団にだけ許された護法の文様。ある一団――親衛隊である。
音はさらに近づいてくる。
男の背中の筋肉の隆起から、緊張が感じ取れた。女のほうも構える剣先に緊張が感じられた。
――親衛隊が守るもの、それは王だ。ウエストマーチより進軍し、ハンデュラスをその統治に置いた王。善王として輝いた歴史も、悪魔に魅入られ、弾圧と処罰だけの『暗黒王』としての歴史のみが語られるようになった。
音の近づきに合わせてその姿が目の前に現れようとしていた。
――戦争の末、部下の手によってその生涯を終えてなお、悪魔は王を手放さなかった。
身の丈ほどもあり、シャイナの胴回りもありそうな刃をもった剣が暗闇より現れた。
――かつての王、悪魔により発狂し、その息子を奪われた王。
4本の角が空を向き、中央に紅いルビーを配した王冠。
――悪魔に魅入られし狂王、レオリック!
闇よりかつての覇王が姿を現した。
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