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『D&D&D』 第3話 アヤマ著 |
影が揺れる。
油脂の炎が冷たい地下の礼拝堂を照らし、そこに住まうもの、挑むものたちを闇より浮かび上がらせる。
闇に躍る影、闇に光る瞳、闇に煌く刃。
男の胸から刃が抜かれ、赤が床に広がってゆく。
異形なるもの達の住処。
暖かみを失った屍が、肉を失った屍が、炎の輝きに影を躍らす。
かつて人であったものが、人の首に食らいつく。
永遠に続く暗黒、暗黒に彷徨する屍、屍に創られる屍。
死という終焉の蔓延した地下聖堂。死という屍の誕生を祝福する礼拝堂。
そこに挑むものたち、富を得ようとするもの、知識を狙うもの、義憤に燃えるもの、力を試すもの、さまざまなものたちが死の満ちる暗黒へと身を投じ、死を撒き散らし、そして自分の死を迎える。
男が首を押さえ、吹き出す血をとめようともがき、己の血溜りに足を滑らせる。
生者は死に、死は生者を呼ぶ。死の連鎖が悪魔を愉悦に浸らせる。
死の匂い、死の彩り、死の気配。
悪魔の復活によって始った死の連鎖。
男が母の名を叫び、異形なるものどもに引きずられ、闇に消える。
それは魔王の復活によって創られた終わりの始り、地獄の誕生。
悪魔の復活。
そう、恨みを糧に殺戮を行い、悲鳴とともに死を告げる闇からの存在。
逃げる男の背に矢が突き刺さる。喉は血に溺れ、悲鳴は響かない。
狂気に取り付かれ、死してなお安息を得る事のない王、残酷なる悪魔の心に取り付かれた魔術師。
悪魔に魅入られたもの達が彷徨する地獄。
死者が生者を呼び、生者が死を撒き散らし、死者となる。
男の目に最後に映ったもの、自分の足を喰う悪魔、『屍肉喰らい』。
血みどろの暗黒、血を流す肉体、血にそまる刃、血を吸い込む石畳。
死んだ男が立ち上がる。濁った瞳が闇を見据え、次の自分を探し、さまよう。
死が死をよぶ暗闇で、物語は始る。
生者と屍の差は少ないと彼女は思う。
石畳を流れる冷たい風が、体を包む。
油脂の炎に照らされた闇の向こうを見据え、揺れる影を探す。
――まだか?
闇の中より矢が飛来し、頬をかすめた。
――まだ見えない。
彼女は慎重に足を進める。石畳が冷たく硬い感触を足に伝え、体温というものを思い起こさせる。
闇に恐怖が渦巻き、己の心にいまかいまかと入り込む機会を狙っているようにおもえる。
運ぶ足の一歩、一歩が重く、今すぐ振り返り、逃げ出したい自分が悲鳴を上げている。
――もう少しで。
手の弩を握る手に力がこもる。
乾いた弦の音、耳に届くや否や頭をそらす。束ねた髪を矢がかすめ、闇の中へと飛び去る。
死を身近に実感する瞬間、胸の鼓動が一段と高くなる。
――みえた!
闇の向こうに異形の影が揺れる。
肉を失った屍が、次の矢を構えようと緩慢な動作で弓をおろし、ゆっくりと腰の矢筒に肉を失った手を伸ばす。
彼女は指を引く。
放たれた矢は空を割き、頭の骨へと突き刺さり、砕く。肉を失った屍、『骸骨兵』はその動きを止め、しばらくたたずんでいた。彼女は急いで第二射を装填し、弩の先を『骸骨兵』に向けた。
樹の枝が転がるような音を立て、骨は崩れた。彼女は安堵の息をつく。しかしゆっくりしてはいられない。暗闇より聞こえてくる異形のものどもの声は決して少なくないからだ。彼女は再び足を進める。
――仲間はすべて死んだ。
自分にそう言い聞かせる。助けてくれる仲間はいない、自分一人なのだ、と。
まだいくばくも動かしていない体から汗が流れ、体を冷やす。
地下の風は冷たい。女の体にはこたえる。
――みんな死んだ。死んでしまった。
異形なるものどもの手に、刃に、牙にかかり、仲間はすべて死んだ。
――ああ、『風の十二方位』もこれで終わりだ。もうだれもいない。一族はもういない。
壁の暗闇に身を隠し、彼女は一人考える。
――悪魔を封印した栄光の一族より離れて数百年。『回る鉄車輪』も『混沌の庭』も『暁に吹く風』も『燃える銅』も『狂気の黄金』も……! そして我ら『風の十二方位』も……。
手で腕を摩り、冷えた体を温めようと、無意識に手が動く。
――悠久の時の流れに多くの知識と伝承が失われた。そして人も。
寒さで体が震え、恐怖と悲しみで足が震える。
――人は悪魔を忘れたが、悪魔は人を忘れていなかった。
一族でも屈指の勇猛果敢な屈強の男達でさえ、闇に住まう異形のものどもには為すすべなく、倒れた。
頭の中を死んだ男達の声が木霊する。この地下聖堂に入る前の明るい声が、ただ軽く中をみて帰ってこようという声が。数刻を待たずして悲鳴に変わった。
――血を喉に詰まらせて、でも何かを言おうとしていたジェリ。
口は何かを伝えようと動く、しかし男の口から言葉は出ない。ただ血だけが吐き出される。
――コーシーは自分の胸に刺さった刃を不思議そうに見ていたっけ。
道端で見つけた石を見るような目で刃を見つめていた。直後に全身をさびた剣に貫かれ、悲鳴だけが剣の向こうから聞こえてきた。
――メアリママ、メアリおばさんこと、マンデラが最後に言った言葉。
彼女の双眸から涙がこぼれる。ぬぐってなんかいられない。だって体が寒いから。寒い体を暖めるため、手は体を摩っているから。
闇に消えた男達の声が再び頭に蘇る。
――のんきだな、お前。いつものんきだよな。悪魔退治だぜ、どうしてそんなにのんきでいられる。
明るい声。数少ない一族の同い年達。
――そう、私はいつだってのんきなんだ、そう、いつだって。
彼女は体を擦るのをやめる。
――みんなが死んだって、そう、宿屋でお腹いっぱいのスープに一杯の火酒。
壁から背を離し、ゆっくりと闇の中へ足を進める。
――そしてふかふかのベットでぐっすり寝れば、今日の事なんて忘れてる。
涙はぬぐわない、そんな暇があれば目を闇に向け、足を進めねば。
――そしてまたこの暗闇に入る事ができる。
涙は止まらない。だって、心は悲しいから、悲鳴をあげているから。でもいつまでもここにはいられない。彼女には守らねばならないものがあり、行わなければならない事がある。
――一族が伝えてきた伝承と知識。悪魔に抗するための人の技。そして守らねばならない一族の誇り。
足の震えは未だ収まらない。でもいまは前へ進む。なぜならこのままだと闇に溶けてしまうまで泣いてしまいそうだから。
父より受け継いだ弩を前に向け、彼女は前へ前へと進む。地上に向かう出口に向けて、地獄の暗黒から抜け出すために。
――私が一番よく知っている。口伝えも伝承の本も、悪魔も。一族いちの物知りは伊達じゃない。
一族の長老にも負けない知識を彼女は持っていた。本を読んで覚えた事、長老から聞いた事、石版にかかれた事、老婆の口伝え、一族の伝承、そして寝る前に父が聞かせてくれた昔話。
まだ光あふれる地上は遠い。しかし、あきらめはしない。なぜなら彼女はのんきものだから。あきらめる事を知らないのんきものだから。
――私はのんきだからまたすぐ戦える。またすぐこの暗闇に入ってこれる。悪魔を倒すために。
両足の震えが収まる。涙ももう流れていない。でも心は悲しみで一杯。
――悲しみなんてすぐ忘れる。だって私はのんきだから。
決して消えない悲しみであると知りつつも、彼女は自分に言い聞かせる、何度も何度も。
――私はのんきな物知りシャイナ、シャイナ・ネラ・シャイナ!
彼女は心で大きく言うと、闇の中へと身を躍らせた。
悲しみを抱えて。
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