| このサイトを運営してから、リクエストが多くなった頴娃町の懐かしい場所を紹介するページを新たに設けました。頴娃町出身者の方、失われようとしている思い出の場所がありましたら、お早めにリクエストしてください。 |

掲示板でリクエストのあったポスターを見つけましたので紹介します。戸柱公園で、石垣集落を中心に小学生を集めてご覧のように興銀側で用意した赤フン,赤帽子を着用して開聞岳をバックにのびのびと育つ子供たちというコンセプトにポスターを作成したようです。 昭和36年生まれくらいの方々が中心だったようで、モデルの数人に思い出を語っていただいたところ、最初に別府小学校に企画が持ち込まれたのですが、まだ寒い時期だったそうで、子供たちが風邪を引いてしまうことを懸念して仲介を断ったところ、石垣周辺の集落にお呼びがかかり、撮影となったそうです。学校側が懸念したとおり撮影時は寒かったのが印象的だったそうです。 しかし、このポスター察するに全国版ではないでしょうか?特に地域名(興銀九州とか・・・)が記されてもいませんし・・・。となると、日本国中このポスターが掲示されていたかと思うと、その風景をどこか遠くで見てみたかったと思います。たとえば旅行中の東京駅の構内とか、北海道は札幌の興銀の前とか・・・。 実際に列車の中で掲載されているとの話に、モデルの親御さんがわざわざ見に行ったとの話も伺いました。 せっかくですから、掲示板に書き込まれたモデルの方からの思い出も紹介します。 興銀さんから各部落(石垣・次下・鶴成)に、グローブ・バットとかプレゼントされたと思います。 それで、戸柱公園でよくソフトボールの練習をしました。(ひまおさん談) せっかくですから、各個人の顔がはっきり確認ができるように、かなりアップでデジカメに納めています。モデルになってポスターを紛失してしまった方など、遠慮無く連絡してください。画像3枚で3M程度の大きさですので、希望により分割等してメールにてお届けします。 |
現在国道になっている新道が完成する以前は、ここが国道でバスも多く往来していたそうです。現在では鹿児島交通1社だけがひっそりと走っています。現在旧国道は町道になっているそうで、架け替えも頴娃町事業となっています。どんな橋になるのか?工事中ここを通って通学している別府小学校の父兄は興味津々です。 そして、この橋のたもとにあるのが、砂田理髪店です。作者が頴娃町に来た当時はまだ親子お二人だけでしたが、現在は若旦那夫婦とそのお母さんで切り盛りされています。 ここのご主人は、実は頴娃町民で作者の家に初めて泊まった記念すべき人物です。以前は電子部品メーカーに勤められており、現在はIT関連の仕事にも着手されており、その方面の情報に明るかった作者に気軽に話しかけてくれました。初対面は、作者が勤めることとなった福祉施設の入居者の散髪にいらしていた時に、事務所で作者の話を聞きつけてまるで昔からの付き合いのように屈託無く話しかけていただきました。作者は職場の人かと思ったくらいですから・・・。ちなみに作者が来る前は、職場のPC指導者として頼りにされていた(いいカモとして使われていた!?)人です。今でも良き友人としておつき合いさせていただいています。 作者は特に散髪してもらう時間が大好きで、いろいろと無駄話に付き合ってもらっています。早く給料上げてもらって、付きに2度は訪れたいです。 最後になりましたが、新店舗は中村温泉病院の国道入り口となりに新築中です。(2002年3月3日現在) |

子供の頃の夏休み、頴娃町に来ると必ず遊びに行ったのがこのプールでした。記憶の中には、カラッと晴れた青空の下、冷たい水のこのプールに飛び込んで、へとへとになるまで泳ぎ回った覚えがあります。
地元の理髪店砂田さんの情報より、数十メートル離れた川の畔の取水場も訪れてみました。作者が小学生の頃は、底がきれいに見えるほど美しい水が流れていて、川蟹がたくさんいましたが、現在の水は淀んでいます。でもこの取水場から川に注いでいる水はまだきれいでした。プールも今は草が生い茂り荒れていますが、その面影はまだ十分残っています。(このページはサイズを小さくしていますが、保存すると4倍の大きさになります。)

カレモさん,扇香さんからの情報で火がついた、石垣駅西側鉄橋近くの銭湯で通称”ミダレ”です。
脱衣所と浴槽が壁もなくつながっており、母親曰く、「ひいじいさんの時代からあるはずだから、かれこれ100年以上前からあるはずだ!」だそうです。通称である”ミダレ”の由来は元々「御手洗湯(ミタライユ)」が変化したものだそうで、情報を得るまでに少なくとも10人以上の方に尋ねて得られた情報です。皆さん口を揃えて「気づいたら”ミダレ”だった。なんで”ミダレ”なんだろう」とおっしゃっていましたが、ついにあるお年寄りから「御手洗湯」という有力情報を得ました。
湧き水を使用しており、その中に含まれる”カニ”から出る成分(みそだと言うのが有力です。)が「ガネンクソ」(方言で「蟹の糞」の意味です。)と呼ばれて子供の肌にとてもよく、これが評判で入浴客が多かったそうです。扇香さんがカキコしていた「効能のある浮遊物」はどうもこれのようで、カニの御手洗から”ミダレ”となったのでは?と指摘する人もいました。
頴娃町で温泉が増えだした10年ほど前から入浴客が激減し閉鎖となったそうです。
以下はネット上でいただいた説明です。
ここは歓談・娯楽の場で農作業や漁など生活に必要なホットな情報が飛び交い,また将棋や囲碁も何面も打たれていました。この建物の南側が番台で,路地を挟んで別棟の浴場,お話のように脱衣所と洗い場,浴室は段差があるだけで,仕切りはなし。湯船の一部には目の粗い簀の子が置かれ,この上に寝ころんで湯船の湯を掛けるようになっていました。(手動式打たせ湯と言うべきか)浴場の西側に路地を隔ててもう一棟,ここは長期の湯治客の宿泊所,竈があり自炊できるようになっていました。この棟の南側に大きなコンクリートの貯水槽,ここから一〇〇mぐらい西側に杉の木が三本ぐらい生えた下にオレンジ色のガネンクッソの水たまりがあって,ここから水を引いていました。
男湯と女湯は洗い場の所は,腰板の仕切りで,小さな潜り戸があり,洗い終わった子供をお互い声を掛けあって,やりとりする光景がよく見られました。掛け湯は共通で,中央は仕切られていますが,水鏡で姿勢を低くすると,向こう側が丸見えです。時々のぞきがばれて,怒声とともに水がぶちまかされ,水鏡は無惨に破損。異性に興味を抱きはじめた頃,ミダレンユ行きの楽しみの一つでした。
(やっこさん)
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