冬の京都
(2002/01)
冬の京都 花も紅葉もなけれども 湯豆腐 ちゃわんに 菓子の華
1泊2日、ぶらり旅してきました。
最終更新:2002/05/11(最終回)
プロローグ 京都への道のり。
通常、宮崎からだと伊丹まで飛行機で行き、そこからバスで行くルートとなる。今回は、同行者の都合より、前日に広島へ行き、広島発着の新幹線で京都に向かった。時間も金もかかるが、鉄道の旅もまたよし。鉄道の旅が子どもの頃から好きだとはいえ、広島まで5時間以上かかるのは勘弁してほしい。
今回は、旅行会社のツアー。といっても行程はすべてフリー。嵐山、一条戻り橋近辺、清水・五条坂付近を旅することに。
買ったばかりの中古一眼レフと三脚をひっさげて、いざ京都へ。
10:40頃、私たちを乗せた「ひかり」は京都に到着。JR経由で京都に来たのはずいぶん久しぶり。最近は、伊丹空港からリムジンバスで京都駅八条口バス停に着くのが常だったから。
改札口を出て、某旅行会社のバスが待っている八条口へと向かう。途中、タクシーの運転手さんが何人も「観光?」と聞いてくる。珍しい光景だ。
向こうに、バスがいた。嵐山や太秦、衣笠、東山を巡回するこのバスは、ツアーについている(オプション)一日乗車券で乗れる。1日何便か出ている。今日はこのバスをフル活用しよう。
11時に、バスが出発。いちどに嵐山まで乗って行く。車窓から東映太秦映画村がみえたが、かつて訪れたときよりもスケールが大きくなっていたような気がする。
嵐山〜嵯峨野散策
すぐ近くに、渡月橋がある。まずは川の流れをバックに写真をとる。風景をぼかすため、絞りをやや絞って撮影。三脚を用いて、タイマーを使おうとするが、最初は勝手がわからず。試行錯誤をするうち、タイマースイッチをまわしてちょっと元に戻してやるとよい、ということに気づく。今のカメラならタイマーマークを表示して、シャッターボタンを押すところである。セットすると、「ジー」と音をたてながらスイッチが回り、10秒ほどで「カシャ」とシャッターが切れる。「ジー」という音を聞いただけでタイムスリップしたような気持ちになる。写真そのものはうまくいったが、人物写真なのでお見せできないのが残念。
すぐ近くにある料理屋で、湯豆腐を食べる。庭がきれいだったので、窓から写真を撮る。

店を出た後、野宮神社、落柿舎を経由して清涼寺へと向かうことにする。
ホテル嵐亭のところを右に折れ、まっすぐ進むと、天竜寺の境内に。そこを右折して通り抜けると、比較的大きな通りに出る。通りでは人力車の人が道行く観光客とおぼしき人に声をかけている。
通り沿いにある和菓子屋「老松」に立ち寄る。そこでは、「天神せんべい」が売られていた。梅の絵のついたせんべいと牛の描かれたせんべいが対となっている。麩焼きせんべいをおみやげにと考えていた作者は、迷わず買う。
途中、野宮神社(ののみやじんじゃ)の看板を見つけ左折。ここから神社までは、竹林のなかの道を通る。このあたりに、広角レンズ?らしき大きなレンズをつけた一眼レフを三脚につけて持ち歩く人が何人もいた。確かにこの竹林は写真にしたいほどである。それにしては人が多すぎる。しかし記念に写真を撮らないテはない。そこでタイマーを使って記念撮影。思ったとおり、三脚くん大活躍。
なにしろ、マニュアルフォーカスの中古一眼レフカメラ、ピント合わせに慣れてないかもしれない他人に頼んで撮ってもらうわけにもいかない。同行者に撮ってもらうのでさえも(いちばん下の写真)、私がフォーカスを合わせてから「じゃ、撮って」とカメラを渡さざるを得なかった・・・やむを得ない。私もフォーカスあわせに失敗することもある。
話が横道にそれた。旅を続けよう。
野宮神社に入る。私はとくに用もないので、周りを見回していた。境内に、狭いとはいえ苔が一面にはられた庭があった。いちどは西芳寺(苔寺)に行きたいと思っている作者は、せめて苔の庭でも、と写真を写した。しかし曇り空で暗く、シャッタースピードが極度に遅くなったため手ブレを起こしてしまう。なお、この写真で芝生のように見える緑は、苔である。写真撮影があまりに下手なのできれいに見せることができず。
野宮神社を過ぎ、再び竹林を通り抜ける。JR嵯峨野線・トロッコ線の線路を渡り、しばらく歩く。 嵯峨児童公園の付近で道に迷ったかと思ったが、よくみると付近に看板があった。というわけで、なんとか道に迷わずたどり着くことができた。
いよいよ、 落柿舎がみえてきた。手前に畑がある。絵になりそうなので写真を撮る。ちょうど、ビデオカメラをもった年輩の男性が、ほぼ同じアングルから撮影していた。

落柿舎の前に立ち、まずは記念撮影。三脚にカメラを据えて、タイマーをセットする。他の観光客の足を止めてしまった。最近のカメラと違ってランプが光らないので、人が珍しそう?に見ていた(気のせいかなぁ)。入館料は有料(\150)。
建物のなかでは、句会が催されていた。
なぜ句会か。落柿舎は、芭蕉の弟子、向井去来(『嵯峨日記』の筆者)の草庵だった。去来がこの草庵を売ろうとし、話がまとまりかけたときに、庭の柿の実が一夜のうちにすべて落ち、売却が破談になったということから、落柿舎と名付けられた。庭には柿の木があった。逸話とは異なり、柿の実は真冬というのに枝に残っており、小鳥たちのえさとなっていた。
なお、投句箱があるので、われはと思う人は一句詠んでみてはいかが。ちなみに筆者は風流を解しない不粋者ということもあり、投句しなかった。
落柿舎をあとにし、次は清涼寺。かなり歩いた。清涼寺境内で「あぶりもち」があるという。しかし、行きがかり上、まずはもう一つのお店の抹茶をいただく。

その後、「あぶりもち」のお店へ行く。なんと、持ち帰りが可能(ただし2日以内)とのことで、買って帰ることにした。串1本試食させてもらう。炭火であぶった串刺しの小さな餅に、白味噌をからめてある。口の中に広がるほどよい甘さ。(近日、写真をアップ予定・・・もし写っていればの話(^^;))
清涼寺を出るところで小雨に。バス乗り場の大覚寺まであと10分弱。とぼとぼと歩く。
中には入らなかったが、大覚寺の塀はまるでお城みたいに堂々としていた。時代劇のロケでもしばしば使われるだけのことはある。
バスが来た。あとはひたすら宿のある京都駅前へ。その夜は、ホテルの近くでイタリアン料理を食べ、ホテルの地下にあるバーでカクテルを飲んだのち、眠りにつく。
(続く)