残雪乞いて? 続・奥出雲の旅

(2001/03)


 昨年11月に訪れた木次(きすき)線沿線。その様子は前回レポート、「水とそばを求めて・奥出雲の旅」で紹介した通りです。

 しかし、その後テレビ番組で木次線が紹介され、冬の木次線の魅力を映像で見せられると、またまた行きたくなりました。しかしほんとうにまた訪れようとおもった理由は・・・やっぱり「花より○○○」の作者ならでは。

 今回は、久々の実家での休暇を家族と過ごそう、というわけで家族全員でのドライブとあいなりました。当日は、前の週の寒波とはうってかわって、4月上旬並みの暖かさ。花粉もまさに最高潮(T_T)。また、目的達成のために、前回とは少しルートを変えてみました。さてさて、どんなドライブになることやら。

0 出発の前に・・・

 前回のルートをざっとおさらい。三次までR375、西城までR182経由でR314に入り、中国山地越えをするルートをとりました。

自宅 →R375→ 三次 →R183→ 庄原 → 西城 →R314→ (三井野原) → 出雲坂根駅 → 亀嵩駅 → 奥出雲おろちループ → (三井野原) → ・・・往路に同じ・・・ → 自宅

 今回は、三次まではR375、三次より北の山越えの往路はR54を利用することにしました。今回のメインの目的地・木次(きすき)駅近辺に行くにはこちらの方が早いからです。また、前回はタンクを持参しなかったために出雲坂根駅での水取りができなかったため、今回はリベンジもあわせて決行することにしました。そこで、木次からの帰りにR314を通って立ち寄ることにしました。

 というわけで、ルートは次のように。

自宅 →R375→ 三次 →R54→ (赤名トンネル) → 木次 →R314→ 出雲坂根駅 → 奥出雲おろちループ → ・・・前回に同じ ・・・ → 自宅

もともとは、亀嵩駅のそばも味わおうと計画していたのですが、「そばだけじゃ昼ご飯としては足りない」という意見が出たので、これは却下に。しかし「ちゃんと昼ご飯食べてからだったらそばを食べてもいいけど」という意見が出るうちの家族はいったいなんなんだ????

 

1 いざ北上

 いよいよ出発。当初8時に出発のはずが、10時に出発。これはお寝坊な作者の責任。

今回も、例により、「道の駅みわ375」で休憩。ただし今日はヨーグルトを飲みませんでした。

 昼食は、「道の駅 ゆめランド布野」でとりました。作者は、焼き豆腐定食を食べました。牛タンと豆腐と野菜の石焼き、炊き込みご飯とみそ汁、つけもの、山菜の入った小鉢。けっこうボリュームたっぷり。旅の途中の空腹をいやすのに、いかが?

●建物の全体を写したところ。

カメラには収まっていませんが、建物の右のはずれに炭焼き小屋らしきものがありました。現代人(爆)の作者にとっては珍しいもの。ああ、写真とっておけばよかった。

●玄関脇には、昔なつかしの郵便ポストが。

なお、ここに来る途中、このポストをエメラルドグリーンに塗って、たくさん文字を書いたものがありました。どうみても実際に郵便物を受け付けているものではないようで、何かの看板か広告看板らしかったですが・・・。田圃のなかにあって、けっこう目立っていました。

 残念ながら場所は忘れてしまいました・・・三和町か三次市か、あるいは島根県内か?

 目撃談を募集します(爆)

 

・・・というわけで、おなかもいっぱいになり、いよいよ峠越えへ。

2 残雪の赤名峠

 道の駅ゆめランド布野より車で10分ほど行くと、いよいよ峠らしくなってきました。3月の半ばとはいえ、前の週は急激な寒波が襲ったこともあり、このように残雪が・・・。

 ← あ、作者の手が写ってしまっていますね(^^;)

 なお、この近辺には、最近建てられた木造校舎の小学校があります。ついつい、そういうところにもチェックをいれるもののつい写真を写し忘れていた愚か者です。(家族連れだもんなぁ)

 いよいよ、広島-島根県境の赤名トンネルに入ります。むかしはものすごい峠だったようですが、今はこのようなトンネルが抜けております。
 赤名トンネルを過ぎると、そこは島根県。1枚目の写真とはうってかわって赤い瓦が目立つところが、それらしくていいです。この写真の奥には、まだ雪が残る琴引山がそびえています。中国山地でもっとも早いオープンが売りのスキー場があるところですね。

 

3 本日の大本命

 三刀屋で右に折れると、すぐに木次(きすき)駅に着きます。木次駅舎をパチリ。

 

 木次町の花は桜。春には、川沿いに桜の並木がきれいなのだそうです。それゆえ、駅前のショッピングセンター兼多目的ホールの名前も「チェリバ」らしい(チェリー+リバー???)。

 ここ木次で、本日の目的を遂行するわけです。その目的とは・・・。

 「雪中梅」というお菓子を購入すること。です。

 雪中梅とは、泡雪羹に、小豆の粒が点々とちりばめられているお菓子です。恥ずかしながら何度も出雲地方には足を運んでいながらもその名を知らなかった愚か者の作者(しかも茶道を習っているのに・・・)(^^;)。

 木次駅に向かって右にのびている駅前商店街でそれが売られている、とテレビで知り、買いたいと思っていました。しかし、肝心の製造元の名は聞き逃してしまってわかりません。ひとまず商店街を歩いてみたものの、なかなかそれらしい店が見つかりません。そこで、今回のサブ本命である日本酒を買うときに、そこのお店できいてみることにしました。

 酒屋で「李白」(いちどいただきものを飲んだらうまかった・・・)「簸上正宗」(これは初挑戦)を求め、勇気を出して尋ねてみました。

fu'   ところで、和菓子の「雪中梅」を作っているところはどこにありますか?
店の人 この商店街沿いにずっと歩いていくとありますよ。

 いよいよ大本命はそこだ! と、飛散する花粉でかゆい目やぐずぐずする鼻などお構いなしに、ずんずん歩きました。ゆっくり歩く両親を後目に、自分だけさっさと歩く親不孝者の作者・・・。

 ・・・と、みたら、ありました。通り沿いにみえる「雪中梅」ののぼり。製造元の「だるま堂」さんです。(写真なし)

 入るなり1棹分(半棹×2本入り)を2箱と半棹1本を購入した作者。また、もう1箱を、家族用に購入。なんでも、この「雪中梅」は、9月から4月いっぱいまでの季節限定のお菓子とのこと。思わず「遠くから来た甲斐があったねぇ」とつぶやいた作者一行に、お店の人が「どこから来たの?」。「広島からです」と答えたら「この間も広島からのお客さんが来られた」とのこと。確かに、広島からなら、島根は近いですから。

 後日、九州に戻った作者はさっそく「雪中梅」を賞味しました。見た目にも、雪の中に梅が咲いている景色が楽しめ、また食しても、淡雪羹ならでは、いや、淡雪羹よりもどっしりとした食感と、ほどよい甘味が楽しめます。是非抹茶といっしょに味わいたいものです(後日、お茶をたてていっしょに味わったらおいしかった(*^Q^*))。読者の皆さんも、ぜひ一度、賞味してみてはいかが。

4 帰りの大誤算

 第一の目的を達成し、いよいよリベンジ決行! あとはR314を南下するだけです。車は、次第に南下し、いよいよ仁多町(注・あの亀嵩駅がある町)に入りました。出雲坂根駅はその隣の横田町にあります。

「フフフ、もうすぐ延命の水に会える〜(^^)」とわくわくする作者。そして、期待に胸ふくらませるわが家族。

 しかし、ここで大きな誤算がありました。

な、なんと、そこで、R314が崖崩れのため、通行止めになっていたのです!

なんとか出雲坂根に行きたい、と交通整理をしている男性や近くにいた地元の人に道を尋ねてみました。しかし、丁寧に教えてくださるその方々が話す出雲弁が聞き取れず、結局よくわからないままに先に進むことをあきらめてしまいました。なにしろ、松本清張の『砂の器』で、出雲弁と東北弁の発音が似ていることがとりあげられたほど。しかし一つ大きな山を越えるだけでこんなにもことばが違うとは・・・。まさに山は文化の境界線なのですね。

4月上旬並みの気温だったとはいえ、山間部は夜間に凍結のおそれがあるこの季節。チェーンは携行していたとはいえ夏用タイヤのわが愛車では、冬季の夜間走行は心許ない・・・。

「このまま日が暮れると道が凍結するだろうから、あきらめよう」

というわけで、また木次まで引き返し、R54を通って、広島まで帰ったのでした。あーあ。

でも、帰りに「道の駅 掛合の里」で出雲誉(*故・竹下元内閣総理大臣の生家で造られている)の純米吟醸を買った、ちゃっかり者の作者。

結局、3つの道の駅を紹介したので、道の駅レポートっぽくなりましたね。

・・・というわけで、続・奥出雲の旅はこれで終わり。

 

*本文の修正・図の追加いたしました(3/27)