
書誌データ(私が読んだ版)
A WIDOW FOR ONE YEAR
JOHN IRVING
RANDOM HOUSE
First Trade Edition/1998
感想
ジョン・アーヴィングの作品から1冊選ぼうとして、やはり『ガープの世界』とこの新作のどちらにしようか迷った。このふたつの(わたしの見るところでは)互いに共鳴する作品は、20年の歳月を隔てて上梓されている。おそらく、作品の面白さという意味では『ガープ』の方が上だろうと思う。あの傑作には、なにより奔放な想像力のドライヴ感が充溢していた。
ただ『A WIDOW FOR ONE YEAR』には、どこか静謐な落ち着きやディーセントな味わいがあって(アムステルダムの女郎屋が描かれていてさえ)、円熟した小説家の腕前を堪能できるという意味で、ちょうどとびきりのご馳走を心行くまで愉しむのと同じ幸せがここにはあるのだ。
今回の主人公も作家だが、ガープと違って女流作家なのね。主人公どころか、大半の登場人物が作家や詩人、編集者だし、重要な役回りを演ずる殺人課の刑事でさえとんでもない読書家だという設定には思わず笑ってしまった。まるで本を読まない奴には用はないといわんばかり。まあ、その点では文句はないけれど。
物語は3部構成になっており、1958年の夏、1990年の秋、1995年の秋のそれぞれの季節が丹念に描かれていて、笑ったり、考え込んだり、そんな馬鹿な、と驚いたり、つくづく小説の面白さってこういうものだとあらためて思い知ることになるのだった。
わたしが、好きなのは1958年、主人公のルースが4歳の夏に起こる母親の失踪の前後、エディとのやりとりのあたりですね。指を切って泣いているルースに、「ねえ、この傷はきっと君の指紋の特徴になるよ。”しもん”って何か知ってる?」なんて気をまぎらわそうと話しかけてやっているところなんかは、いかにもエディという芸術家として一流になれなくても人間的にとてもあたたかい彼の人柄がよくでている。そしてなにより印象的な(それが証拠にカバーの絵もこれをモチーフにしている)、家中の写真が永遠に持ち去られ、壁に無数の写真掛けフックが並んでいるのを幼いルースが呆然と眺めている場面は忘れ難い。喪失という人間の根源的な哀しみを見事なまでにイメージ化して見せたこの作家の力量は本物でありますね。