書誌データ(私の読んだ版)

あなたに似た人
ロアルド・ダール
田村隆一訳
ハヤカワ文庫
初版1976年4月(2刷 1976年9月)


 感想

  ロアルド・ダールが好きだと公言する人には少し気をつけた方がいい。悪人だというわけではないが、少なくとも食えない人間である可能性は、かなり高い。
 まあ、自分で言うのもなんだが、ぼくは大好きですな、この作家。(笑)

 さて、かれの作品の感想を書くにあたって、どのテクストを選んでもいいのだが、比較的入手しやすい筈の、『あなたに似た人』をここではあげている。翻訳はご存知、田村隆一。
 ここですこし脱線するが、かなり以前、阿刀田高さんの同名の文庫本の解説で、この田村さんがつけた「あなたに似た人」という題名は誤訳、本当は「誰かがあなたを好き」にしなければならないと堂々と書いていた阿呆丸出しの解説者(幸か不幸か誰かは全然覚えていない)がいましたな。Someone like you が原題で、よくもまあこんな奴に解説頼んだなぁと呆れ返った記憶だけが鮮明。どなたかそいつが誰か、手元の本で確認できる方はいませんか?

 まあ、そんなことはどうでもいいや。
 この短編集には15の珠玉と言いたくなるかれの短編が収められています。なかでも、いろいろなアンソロジーでお目にかかる『味』や『南から来た男』が有名ですね。
 えっ、まだ読んだことがない?
 それは、それは、あなたは実にうらやましいお方だ。これからダールじいさんのオハナシに、きりきり胃の痛くなるような「苦痛」を味わうことが出来るのだから。
 さよう、かれの作品は、じつに意地が悪い。ほとんどサディスティックと言ってもいい。これはぼくが言ってるのではなくて、『キスキス』(早川書房)を訳している開高健の評価です。とりわけ、女に対する意地悪さときたら、ははは。
 これはとても不思議な感覚で、苦痛が突然快感に変わるという人間の精紳の反応を読書を通じて得ることができるのね。もうやめて、え、まだそこまでやるの(変な想像をしないように。ここには性的な道具立ては皆無です。ただしエロティックな皮膚感覚だけは共通)などと、読者は身をもがくことになり、あれ、これってもしかして、マゾ?などと愕然と気づくことになるという寸法。これをここまで洗練したかたちで提供している作家を他に知りません。

 とても面白いことに、ダールは一方で素晴らしい童話をたくさん書いている。しかし、ここでもやっぱりダールはダールなのね。子供向けだからといって、程度を落とすことはない。たとえば晩年の『The Witches』(Puffin books/1983)では、悪い魔女を退治した主人公がもとの生活に戻ることはできない。どこか、不安で寂しい、でも潔く、現実にきちんと直面していく終り方になっていて感心する。
 ダールの童話はむしろ大人が一緒に読んで子供の興奮と平行して大人がその水面下でいろんなものを味わうような構造になっているような気がします。

 ダールの本は、ペンギンでいまでもちゃんと読める筈。ペーパーバックが読めたらいいなぁと思っている方には、ぼくはお勧めだと思う。とてもきちんとした英語で、読んでいて気持ちがいい文体だから。実はぼくもダールのペーパーバックでなんとか、よたよたとではありますが、英語の本が楽しめるようになったのです。

 第二次大戦の飛行機乗りにして、大法螺吹きの、大男のいじわるじいさんに乾杯。