書誌データ(私の読んだ版)
世界でいちばん美しい物語
ユベール・リーヴス
ジョエル・ド・ロネー
イヴ・コパンス
ドミニク・シモネ
木村恵一訳


筑摩書房 1998

 感想

 むかしからつらいとき悲しいときは夜空を見上げなさいと言われる。そうやって無限無窮の宇宙に思いをめぐらせると、いまの自分の悩みや悲しみなど、あまりに矮小でばかばかしくなり、もうどうでもいいやと思えてくるという古来の人間の知恵のひとつですね。実際、そういう経験をした人はきっと多いだろう。
 この本の読後感はまさにそれである。
 われわれの宇宙がどのようにできたのかという謎の解明と、「わたくし」とは一体なんであるのかという謎の解明が、本来別々のことではなくて、ビッグバンから始まったこの宇宙の時間と空間を通じて、実は同じひとつの主題として探求されるべき謎であったというのが、この本で繰り返し持ち出される通奏低音である。
 宇宙物理学者が語るビッグバンの話。分子生物学者が語る生命の誕生と進化の過程。古生物学者が語る人類の誕生。わからないことはわからない。でも、いまわかっているのはこういうことなんだよ、という言い方で三人の碩学が語る物語を聞きながらぼくらはなぜかこころ癒される。それは、たとえばこんな個所だ。

「――もうひとつ決定的な現象が出現します。生体内部への時間の導入、つまり老化とその果ての個体の消滅、死です。でもほんとうに老化や死というものが必要だったのでしょうか。
「死は性と同じほど重要なもので、自然が発展しつづけるのに必要な原子、分子、無機塩などを再循環させる働きをします。宇宙にある原子の総数はビッグバン以来一定なので、死によって原子の大がかりなりサイクルが行われ、新たな生命の蘇りが可能になっているのです」


 科学は次々に新しい知の地平を切り拓く。しかし、そうすればそうするほど、そこで語られる驚異の物語はなんと世界中の神話のイメージに近づくのだろう。本書のなかでも語られる、精巧な時計の存在は時計職人の存在を証拠立てるというヴォルテールの警句は、もちろん神についての記述だが、宇宙、生命、知性体という壮大な叙事詩のなかでは、どうしても神のことを考えざるを得ない。
 この宇宙は150億年をかけて自分自身を認識する知性を生んだのだ。しかし、この宇宙の始まりは無であった。それは、なんだか人間の姿そのものに似ている。
 われわれは、どこから来てどこへ行くのか。
 神の探求が神そのものでないと誰が言えよう。