書誌データ(私が読んだ版)
スクールボーイ閣下
ジョン・ル・カレ
村上博基訳
早川文庫
昭和62年1月31日発行(初版)
THE HONOURABLE SCHOOLBOY
JOHN LE CARRE
BANTAM BOOK
14th printing January 1985
感想
この素晴らしい小説を評するのに何という形容をすればいいのだろう。
再読に耐える小説は少なくない。しかし、三読、四読に耐えるこのスパイ小説こそは、まさにわたしにとってのオールタイム・ベストのなかでもとくに燦然と輝く傑作である。村上博基さんの翻訳で3回、ペーパーバックでも2回読んで、その度に惚れ惚れとする。ル・カレの文章は決して平易ではない。ストーリーの展開も、過去に飛び、現在に戻り、直線的には進まない。読み進むにははじめは努力を強いる本なのだ。しかし、かならずその努力は報われる。
わたしはいまでも、ジェリー・ウェスタビーが花束を抱えてたたずむ香港の街角の夜景を思い描くことができるし、チャーリー・マーシャルが口汚なく罵りながら、コクピットの計器さえ壊れたおんぼろジェットをなんとか離陸させる場面を、まるで大好きな映画の一シーンのように夢に描くことができる。資料庫での発見に、老コニーがあげた勝ち誇った声。ネルソン・コウの上海時代の屈折。リジーとリカルドとマーシャルの無鉄砲で美しい青春の夢。サイゴンの陥落にがっくりと肩を落とすアメリカ人将校。クメール・ルージュの支配するカンボジアを行くジャーナリストの胆力。
ああ、ここには1970年代を凝縮したすべてがある。
念のために申し添えておくと、この小説はスマイリー三部作と呼ばれるシリーズのちょうど真ん中にあたる。『ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ』、本書、『スマイリーと仲間達』を通して読むことで、わたしたちは冷戦の時代のさまざまな精神のありかたに思いをはせることになるだろう。
スパイ小説というジャンルが非常にうまくとらえた文芸上のテーマのひとつは、「人はなぜ裏切るのか」ということだとわたしは思う。
人はなぜ裏切るのか。友人を、家族を、同僚を、祖国を・・・・金に目がくらんだり、脅されてやむを得ずという場合はわかりやすいのだが、確信犯としての「裏切り者」というのが一番理解しにくい。表面的には、その動機はイデオロギーや宗教に求められやすいのだが、しかしなぜ彼らが裏切るのかというほんとうの答えは難しい。
イギリスの情報部の内幕ものなどを読むと、名門パブリックスクール時代からのホモ・セクシュアル嗜好なんかがもっともらしく書いてあったりするけれど、それでも実はよくわからない。
ただ、大胆な意見かもしれないが、裏切るに値する対象だからこそ、人はときとして「裏切り者」にみずから堕するのかもしれない。あるいは、裏切りの動機はその対象の品格に相応すると言い換えてもよい。
そういう意味では、いまの日本は裏切るに値する国であろうかね。「身を捨つるほどの祖国はありや」の裏返しであります。