感想
『ハイペリオン』、『ハイペリオンの没落』、『エンディミオン』、『エンディミオンの覚醒』の4部作を、それぞれ長い間隔をおいて読み継いできた読者のひとりとして、この長大な物語世界がひとまずはそれなりの結末を迎えたことを素直に喜びたい。(訳者の酒井さん、お会いしたことはありませんが、どうもお疲れ様でした。ありがとうございました)
ところで、最後の『――覚醒』を読み終えたところで、もう一度、『ハイペリオン』を紐解いてみて、あたらめて、この最初の作品の傑出した面白さに心を打たれました。
率直に言って、他の3冊はいささか、筋書きに無理があったり、能書きが陳腐であったり、構想が幼稚であったりすると、ぼくは感じるのですが、『ハイペリオン』については、いささかもその魅力を減じていない。否、むしろ、大半のエピソードにそれなりのオチがついた時点で、読み返してみると、そういう謎の解明より謎の提示の方が数倍面白いことにあらためて気付きます。
最初の作品である故に、それ以前の物語との整合性を保つという重荷を負っていない。作家の奔放な空想力、奇想天外な道具立てのみを極限にまで追求し、しかも謎は謎のまま、先送りするという、まさに美味しいところだけをとったような作りになっています。ちょうど無責任な山師の叔父さんの方が、真面目なだけの公務員の父親より子供にとって格好いいようなものでしょうか。
もうひとつ、『ハイペリオン』という小説の魅力は、いわゆるリミックスという手法にあると思います。7人の巡礼がそれぞれの物語を語るという手法は古典的な文芸形式だし、ホーキング絨毯や転移ゲート、超光速通信、聖樹船などといった大道具や小道具も必ずしもこの作家のオリジナルというものではない。過去の名作の細部は、この作家の創造宇宙に移され、新たな主題のなかで再生されるのだが、面白いのは、この構図が、ストーリーのなかでも随所に見られることですね。たとえばカソリック教会は滅びた地球からヴァチカン全体を新しい惑星に移築しています。何百もの恒星系に信者を広げながら、教皇が見上げる礼拝堂の天井はミケランジェロの作品でありつづけるといった具 合です。
しかしながら、これらの意匠を再配置し直し、意味付けを行い、新しい世界のなかに自然に溶け込ませるという作業も実に賞賛に値することですが、もっとも大事なことは、これらの知的な作業と同時に、読者の心を捉えて離さない、繊細で、エモーショナルで、美しいストーリーを紡ぎ出すということもやっているという点だとぼくは思うのです。(たとえば、ソル・ワイトラウブとレイチェルのエピソードに涙しない父親は絶対にいないだろう)
かくして、小説テクニックと物語をつむぎ出す稀有な才能の絶妙なバランスの上に成立した傑作が本書だとぼくは思うんだなぁ。