かわうそ亭読書日記
2001
11月1日(木)
『法律家シェイクスピア』小室金之助(新潮選書/1989)を読む。
法律家なら面白いのかもしれないが、ぼくにはいまひとつ。
法律とは関係ないところでああなるほどと思ったのがハムレットで、父王が耳に毒薬を注がれて暗殺されるという手口。中耳から咽頭に通じる耳管は当時の医学上の大発見でこれをシェイクスピアは取り入れたのだというくだり。言われてみればたしかにそうだな、耳の穴から毒薬に入れても体中に回すためには結局飲ませなきゃならないわけだ。
11月3日(土)
澁澤龍彦の『都心ノ病院ニテ幻覚ヲ見タルコト』(立風書房/1990)を読む。
最後のエッセイ集である。ぼくはこの作家のあまりいい読者とは言えないけれど、中学生のときに角川文庫の『悪徳の栄え』をすでに読んでいる。年代を計算するとたぶん昭和44年の初版本のはず。やはり大きな影響を受けた本といえよう。
あとがきを龍子夫人が記している。1987年8月5日の逝去の日を記したとても美しい文章だ。一部を引く。その夜、地をつき刺す稲妻と激しい雷鳴があり、地に響き、それは龍が地響きをたて暗黒の夜を真二つに割って天にのぼって行くように思われ、眠れぬままにすさまじい閃光を見続けていました。
11月4日(日)
丸谷才一と山崎正和の対談『日本史を読む』(中央公論社/1998)を読む。
もちろん全編を通じてすごく面白いのだが、とくに「遊女と留学女性が支えた開国ニッポン」という章がまさに巻を措く能ずという感じ。鳥居民の『横浜富貴楼お倉』(草思社)がふたりがここで取り上げた本のひとつだが、これは探してぜひ読みたい本だなぁ。
11月5日(月)
坪内祐三の『靖国』(新潮文庫/2001)を読む。靖国神社のぼくのイメージは右翼の街宣車の巨大版というものなんだけど、坪内さんはそこを逆手にとって、意外な姿を歴史の中から引き出すことでぼくらをびっくりさせる。競馬、サーカス、奉納相撲、プロレス、といった見世物の系譜が意外にもこの場所の正統なんだという観点はちょっとしたカルチャーショックだ。ただし、本書では意図的にふれていない軍国の狂気や禍禍しさもやはりこの場所のもつエネルギーのはず。まあ、そういう見方しかしない紋切り型の言論に軽いステップで切り返したということなんだろう。しかしこっちの方が身は危ないかも知れないなぁ。
11月6日(火)
『罪深き誘惑のマンボ』ジョー・R・ランズデール/鎌田三平訳(角川文庫/1996)を読む。ストレートとゲイのニ人組というとケラーマンの二番煎じだが、あっちが西海岸の知的な洗練を売り物にしているのに対して、こっちはテキサス東部の泥臭い下品さが売り物か。ゲイで黒人の相方と一緒に公民権法が頭上を通過したような町に乗りこめばどうなるか。ましてやそのゲイがとんでもないマッチョときては無事に済むはずがない・・・ということで本書、なかなかの傑作であります。
11月7日(水)
京都は醍醐寺周辺を散策。紅葉にはまだ少し早かった。残念なり。帰り道、前から行きたかった山県有朋の別邸、無鄰菴に。よく知られているように、この場所で、元老山県、政友会総裁の伊藤博文、総理大臣桂太郎、外務大臣小村寿太郎の四人が日露戦争開戦直前の外交方針を決定したのである。洋館の二階、薄暗い部屋には四脚の深深とした肱掛椅子がいまも残る。ということで『横浜富貴楼お倉』に着手するいいきっかけになった。
11月9日(金)
『横浜富貴楼お倉』鳥居民(草思社/1997)を読む。面白い本だ。構成が人を食っている。横浜の中央図書館の一室で、著者がお倉の話をするという体裁になっているのだが、まずこの設定自体が架空のもの。おまけに話の途中で「ではここでテープを聴いていただきます」なんて前振りでお倉本人や松本順、伊藤博文の語りが挿入されるのである。ところが、このテープの部分(もちろん著者の創作)がすごくいいんだなぁ。伊藤博文と井上馨がイギリスに密航したとき、甲板でふたりが星座のペガサスの四角形のなかにひとつふたつと星を数え上げるシーンなんかはほんとうに美しい。かれらの乗ったジャーディン・マセソンの帆船は「ペガサス」という名前だった。
何年に誰が何をした、なんてことを知りたいなら、巻末の参考文献を自分でお読みなさい。歴史というのはこの「テープ」のようなものなんだよ、というのが著者の考えなんだろうな。
11月11日(日)
『万太郎俳句評釈』戸板康二(富士見書房/1992)を読む。本書のなかでとくに印象深い句とエピソードはふたつある。ひとつは一人息子の耕一との関係。二人きりではぎこちないというのはどこの父子にもある風景だが、昭和三十二年三十七歳という若さで耕一を喪った万太郎の句は胸を打つ。ほとほととくれゆく雪の夕かな
いまひとつは、晩年に五年ほど万太郎は三隅一子という昔吉原に妓籍のあった女性と同棲する。息子も喪い老いの心細さから万太郎はこの女性にすっかり頼りきっていたのだが、昭和三十七年十二月の寒い夜、万太郎の帰りを待つために戸外に出ていたこの人が昏倒、帰らぬ人となるのである。戸板の文章。「このあと、万太郎の嘆き悲しむ姿を私は正視できなかった。みんなそうだったろう。」――万太郎のもっとも人口に膾炙した名句の背景である。
湯豆腐やいのちのはてのうすあかり
11月12日(月)
『文学を探せ』坪内祐三(文藝春秋/2001)を読む。平行して安原顯の『劇読卍がため』も読んでいる、と言ったら「にやり」とする人もいるだろう。まあ、そのことは別にまとめて「時評」ページにアップする。
本書、あとがきでご本人が「暴走」の記録と書いているが、なんか羨ましいような気もするんだなぁ。まあ無事これ名馬と言いはしますけれど。
11月13日(火)
『激読卍がため』安原顯(双葉社/2000)を読む。月に100冊読み35本の書評を書くなんてバカは他にいない、とは本人の弁。それは確かであるな。まあ、マルクスは量は質に転化すると言ったもんだが・・・以下自主規制。
11月15日(木)
『異形の王権』網野善彦(平凡社/1986)を読む。中世においては「聖」と「賎」が、ともに人ならぬもの、異形として未だ分化しない状態にあったという見方は、娯楽小説では隆慶一郎の「道の者」などでおなじみ。(いうまでもなく学者のほうがオリジナル)本書で、あっと思ったのが、「柿色」というキーワードだ。「太平記」の護良親王、「増鏡」の日野資朝、「義経記」の義経、みんな柿色の衣を着た山伏姿で落ちのびた。柿色は山伏の異形性の重要な要素であったと書いたあとで、網野はさりげなく歌舞伎の江戸三座の引幕に注意をうながす。黒・柿・白など柿色がかならず中央に用いられている。遊女屋の暖簾もまた柿色であった。面白い。
11月17日(土)
『津田梅子』大庭みな子(朝日新聞社/1990)を読む。すばらしい評伝だ。まず第一に津田梅子という人物の清々しさ。なんの予備知識もなかっただけに、本書で知るさまざまな業績に目を見張ったということがある。そして第二に(こちらの方が重要だが)大庭みな子という作家の飾らない声がこの評伝の背後から聞こえてくるといういうことがある。実際、作家のまなざしは深い尊敬、共感、愛情に満ちて、ぼくはところどころで目頭が熱くなるのをどうすることもできなかった。本書は別に感想をまとめて近いうちに書評ページに掲載することにしたい。
11月19日(月)
『文庫本を狙え!』坪内祐三(晶文社/2000)を読む。1996年から2000年にかけて発行された新刊の文庫本約百五十冊の書評である。新刊といってもこの人のことだから大半は昔の名著の復刊が中心になる。驚いたことに(いやよく考えると驚く方がどうかしているのだが)読んだことがあるのがたぶん三冊しかないのだった。たぶんと言うのは、例によって読んだような気がするものが他にもあるからだが、確実に「ああこれは読んだな」というのは、鴎外『渋江抽斉』、尾崎一雄『暢気眼鏡・虫のいろいろ』、団鬼六『真剣師小池重明』だけであった。やれやれ。
11月21日(水)
『鹿鳴館の貴婦人大山捨松』久野明子(中央公論社/1988)を読む。
大山巌は捨松と結婚する前、最初の妻、沢子との間に、信子、美津子、(一歳で死亡)、芙蓉子、留子の四人をもうけている。沢子は四女の留子のときの産褥熱がもとで二十三歳の短い生涯を閉じた。本書の著者は、この四女、留子の孫にあたる。つまり血のつながりこそないが、捨松のことを美しく聡明な曾祖母として語り伝えられていた。
徳富蘆花の『不如帰』は、大山家の長女信子と捨松をモデルにしている。ヒロインが結核のために愛する夫とむりやり離縁させられる。(「生きたいわ!千年も万年も生きたいわ!」)ここで二人をむりやり引き裂く留学帰りの意地悪な継母が捨松だった。ただし、実際には捨松は三人の娘にとってよい母親だったようだ。留子は晩年まで、「ママちゃん(捨松のこと)はね、ママちゃんはね」と懐かしんだ。
11月23日(金)
『ドリームバスター』宮部みゆき(徳間書店/2001)を読む。SFについてはそれほど思い入れはないのだが、これみよがしな「うまさ」には好感がもてない。なにもSFの意匠を使う必要はないじゃないか。なお、収録された三つの連作中篇のうちひとつはインターネットでダウンロードできる「e-novels」が初出である。しかしこういうかたちで「読書」をしようとは全然思わないな。
11月25日(日)
『青きドナウの乱痴気 ウィーン1848年』良知力(平凡社/1985)を読む。
恥ずかしいことにこの時代については中学生程度の知識しかないので、本書も十分に堪能できたとは言えないのが残念。読後、多少のベンキョーをする。1848年と言うのはパリの2月革命にはじまり全ヨーロッパを巻きこんだ革命の年である。マルクスの『共産党宣言』の刊行された年でもあった。本書には貧民の労働者、ルンペン学生、春をひさぐ女たちが実に身近に描かれているが、暴動の主役ではあっても、かれらは市民ではなかった。およそ、人間らしいあつかいを受けない人々であったことが本書を読むとよく分かる。あとがきを読むと、著者の視点がどこにあるかは明白だ。本書は著者の癌の進行のなかでまとめられた。完成から二ヵ月後に逝ったということを、小田中直樹氏の書評で知った。
11月27日(火)
『生命潮流』ライアル・ワトソン/木幡和枝・村田恵子・中野恵津子訳(工作舎/1981)を読む。YoさんのところのBBSで教えてもらった本だ。
巻末に挙げられている六百の参考文献を眺めながら、世の中にはすごい人間がいるもんだなぁといまさらながら感嘆。この人の最近の仕事を知ろうとウェブの検索をすると当然ながらオフィシャル・サイトが真っ先に上がってくる。ところが、そこの記述を読んでびっくり。仕事はすべて紙と黒インクの万年筆、コンピュータの類は持ってないし、じつは使い方も知らないんだよ、このサイトは友達の手助けで立ち上げたんだけどね・・・ほんまかいな。(笑)
11月29日(木)
『旧聞日本橋』長谷川時雨(岩波文庫)を読む。これは、渋茶庵さんの書評日記で教えてもらった。面白い。とくに著者の身内の話がどれも妙に明るくておかしい。ただし、これは当方の読解力の問題だが、二度三度と同じ文章を読みなおしてやっと呑込める話や、残念ながらどういう意味なのかはっきりわからない話もあったりする。決して分りにくい文章ではないのだが、おそらく同時代の人には当然過ぎて言う必要のないことが、もうぼくらにはわからなくなっているのだと思う。たとえば、次のような文章。
「だが、そんな小さな改良のかげにも、あらそわれない物の推移があった。父は家業がら、近所の商家からの依頼を受けるので、店の推移について心を動かされもしたのであろう、よくこんなことを言った。/『黒い、大きな判こが、朱肉になってくると、商業(あきない)の具合がちがってくるな。』/紫色のスタンプなぞは、まだ見られないのだった。問屋筋のかたぎのうちでは、大きな、極印のような判をベタベタ押した。実印も黒だった。それが朱肉の、綺麗な印判になると、自然古い商業の、法則と反したものが流れてきて、古い取引が倒れたり、新しいやりかたが破産したりしたものと見える。/あたしの家の近所で、一番早くなくなったのが、両替屋と、煙管のらお問屋だ。」
ところで最後の両替屋が真っ先になくなったというところは面白い。金融資本が転換期にさっさと業態を代えて不良債権を他人に押付けて生き延びる例がすでにここにもあるからだ。面白いというのはもちろん不愉快という意味なのなり。