2000年4月19日(水)

陳さんと会ったこと

4月13日の夜、ついに僕の長年の夢がひとつかないました。
皆さんはコメディアン「内藤陳」を御存知でしょうか。
トリオ・ザ・パンチのメンバーとして活躍し、コルトガヴァメントを片手に
「ハードボイルドだど!」というギャグで一世を風靡したひとです。
その内藤陳さんと、ついに酒を酌み交わしてきたのです。

思い起こせば15年前、当時読書少年だった僕は長崎県立長崎北陽台高校の図書室で
1冊の本に出会いました。
陳さんが雑誌に連載していたエッセイや書評をまとめた文庫本「読まずに死ねるか!」。
冒険小説を中心とする、数々の面白本が紹介されていたこの本との出会いは、
僕のその後の読書人生に大きな影響を与えました。
この本の中に陳さんが新宿のゴールデン街で経営する「深夜プラス1」という酒場の事が書いてあり、
以来僕のあこがれの場所となっていました。

その「深夜プラス1」に、ついに行ってきました。
というのは厳密には間違いで、実は去年の12月にも1度店の前までは行ったのです。
しかし日曜日だったため店は休業で、明かりのついていない看板だけ見て帰ってきたのです。
13日は、ついていました。明かり
感激です。思わず看板の前で写真を撮ってしまいました。
目の前には小さな木製のドア。
15年間様々に思いを巡らせた「深夜プラス1」が今、僕の目の前に。
どんな店なんだろう。
期待に胸をときめかせながら、きしむドアを開けました。

中には店番の若い男性と中年の男性客がひとり。
思っていたよりもずっと雑然として、なおかつ聞きしに勝る狭さ。
しかしなんとも言えない落ち着きというか、懐かしいような雰囲気が満ちていました。
店そのものが僕を歓待してくれているようでした。
しかし、陳さんの姿は無く、がっかり。

とりあえずビーフィータージンのロックを注文し、店番の彼に長崎から来たんですよと話をすると
なんと「会長(陳さん)は9時半ごろ来ますよ」と言うではないですか。
ちなみに何故陳さんが会長と呼ばれているかというと、陳さんは日本冒険小説協会という、
面白本をこよなく愛する人たちの集まりを主宰し、会長をなさっているからです。
さて僕が店に入ったのは8時を少しまわったころ。
来るとわかったからには会わなきゃ帰れないでしょう、と待つこと約1時間。
建て付けの悪いドアをギギ〜っと開けて入ってきたのは紛れもなき内藤陳その人でした。
感激感激。自分でも顔がにやついているのがわかります。
さて、なんと言って切り出そうか、と迷っていたら店番の彼が
「こちらのお客さん、長崎から来たそうですよ」と。
そしたら陳さん、すごく親しみを込めた表情で、「よく来たね」と。
それから僕は、高校の時に陳さんの本に出会ったこと、ずっと来たかったこと、
会えて感激していることなどを話し、
陳さんは駆け出しの頃長崎のキャバレーに出ていたことや
ちょうど15年前に知人の結婚式で長崎に来ていたことなどを話して、
すっかり意気投合。
サインが欲しかったのに本屋が閉まってて陳さんの本を買ってこれなかったというと
店の中にずっと置いてあったとおぼしき(店の匂いが染みついていました)
自著「読まずに死ねるか!3」の初版本をやおら手に取り、タイトルページに自分の似顔絵と
「我が友、木村 史君に」と書いて僕にくれたのです。
大感激。
一緒に写真も撮ってしまいました。

本当に素晴らしい一夜でした。
陳さんと、深夜プラス1に、乾杯。