ふとがみ氏&ずんの現代誤訳ごっこ
ごくごく普通に歌を詠み、解釈をして、返歌をつけていったはずなのに、この二人にかかるとどーしてだかギャグになってしまう(笑) まさに、現代誤訳(笑)

この現代誤訳シリーズは、北海道でふとがみ氏のラジオ番組で紹介されました。ふとがみ氏について知りたい方は、こちらへ→footgumy'Homepage
 注:ずん作  ふとがみ氏作
<ずん詠める>
離れても 変わることなき 恋なれど
憂える想いは おぼろの月夜


<ふとがみ氏訳>
離れても変らない恋のはずなのに、どうしてか憂いてしまうこの想いは、 あのおぽろな月と同じです。
<ふとがみ氏返歌>
おほろなる つきあらはこそ いつくにか
おなしうみやる きみおもはるる


<ふとがみ氏訳>
おぼろにかすんだ月だってさ、あそこにあるからこそ、どこだかわからんけど 同じように見てる君のことが思えるんだよー。
まあ、ここまでは普通の相聞歌です。次からは詠んだ相手が誤訳をして、さらに誤解したものへ返歌をしていきます。
左が短歌と本人の訳で、右が相手は誤解してしまう現代誤訳です。  注:ずん作  ふとがみ氏作
<ずん詠める>
逢えぬ日を 余人と過ごす 皐月空
 晴れ渡る空 心うらはら

注:余人(よじん=他の人) 

<ずん訳)>
あーたとはなかなか逢えないんで、しょーがないから、 別の人たちと遊びに行ったさ、それは五月の晴れた日のことだったさ。 でもねぇ、あんまりにもきれいに青く晴れ上がった空がさ、 曇ってるあたしの心とうらはらでさぁ、却って寂しくなっちまったとさ。      
<ふとがみ氏における現代誤訳(笑)> 

俺に逢えないからってもう、よびととかいう野郎とうまくやってやがんのか。ふん、気分は皐月晴れかよ、はいはい、けっこうなことで。しかし誰だ、そりゃ、よびとってのは。知らんぞ。おまえ、何か変なことやってんじゃないだろうな。 空は晴れ渡ってるのに、心がうらはら・・・って、 おい。やばいことやって、ふん、ま、いっか、どーせ、おーい。もしかして、ウリやってるってことかあ。それまで俺のせいだって、わざわざこんなの送ってきたのかよお。そんなんしらん。
<ふとがみ氏返歌>
われならぬ ひとのこころは はかれねど
はかなきものと おもはゆるらむ

<ずん訳>
あんたは俺か? そーじゃねーだろ?  だったらさぁ、あんたが何考えてるのかどうかなんて何で俺に分かる?  でもさぁ、きっと人の心なんてすぐに壊れっちまうもん?  それだけは俺にも分かるさぁ、そう思わないかい?
<ずん返歌>
君ならず 誰のものでなし わがこころ
はかなく消えし さだめの浮き草


<ふとがみ氏訳>( )内は返す行為が意味するところ
あんただけじゃなくて だーれのものでもないんだ あたいのこころは。どーせね、そのへんのうきぐさのように、 はかなくきえるのが さだめだったのさ (もうあんたのことなんかわすれることにしたよ)
<ふとがみ氏誤訳(笑)>( )は返された男の受け止め方           
ならずもののあなた。そんなあなたといい仲になることができなかった。 でも今もわたしの心は他の誰のものでもないのよ。 このままでは、いつかは浮き草のように 命を絶ってしまうことでしょう。お墓もないのに。  (おーい。まいったぜ「死んでやるっ!」てか?ちょっと言いすぎたかなあ) 
※ここで「言いすぎたかなあ」と思うのは前歌をこの男はこんなん感じで 送ったからでした。確かこいつ、「よびと」に嫉妬してたんす。
<ふとがみ氏返歌>
われとても はかなきいのち たずさえて
されどかへるは さだめのなつくさ

<ずん訳>
ちょ、ちょっと待てよ。おれだってさぁ、お前やほかの人たちと同じように、 いつ死ぬか分からない、そんなはかない命でもって一生懸命生きてるんだぜ。 でもな、お前のところにきっと帰るから。そういう運命なんだよ、おれたち。 (だから、忘れるなんて言わないでくれよなぁぁぁ)
<ずん誤訳>
割れてしまった墓石なんかはどうでもいいさ。 いつまでもそんなことばかり気にするなよ。 でも、がんばって働いて、お前と俺のために、新しい墓石をきっと買えるさ。 そう、ローンが終わった夏ぐらいまでにはね。
<ずんあきれて最後の返歌>

まちわびて かがみにうつる うれいがほ
きみはかへらず なみだもはてつ


<ずん訳>
もうあなたからの便りを待ちわびて、鏡には憂い顔しか写ってないわよ。あーあ、あなたはもう帰って来ないし、私は涙もかれはてちゃったわ。もう別の男でもさ〜がそっと。じゃーね、バイバイ。