不思議な数字7
「ラッキーセブン」とは幸運の七回目という野球用語のことですね。それが古今東西の「聖数7」の伝説とあいまって、さまざ
なものに幸運を呼ぶ数字「7」という意味にとって代わられて来ました。
まず、西洋の「7」の意味について。これは一週間を七日と定めたことからもいわれているように、旧約聖書から生まれた
幸運の定義。七日は神が天地を創した日数といわれ、七日目を安息日として神をたたえる日と定めたことからも、聖なる数
字として定着しました。
数学者ピタゴラスは、完全数3と世界数4を足した7の数字を宇宙の数字と定義付けました。ヒポクラテスは人間の成長
七歳を区切りにし、7歳までを幼児期、14歳までを児童期、21歳までを少年期、28歳までを青年期、49歳までを成人期、
56歳までを中老年期、63歳までを老年期としています。現代でも採用されている人生の区分ですね。
また、月の形は7日ごとにはっきりと形を変えます。新月から14日経つと満月になり、次の新月まで約28日。月日の単位と
もできたことから、7という数は、太陰暦を採用する民族では、ひとつの時間の基準でもありました。
東洋では、7といえば、北斗七星の信仰が第一に上げられるでしょう。不動の星「北極星」と「北斗七星」は、季節を知るた
めの観測にも重要な役割をもっており、大衆の中で、信仰の対象となりました。これは道教でのお話です。
仏教においても、お釈迦様は、生れ落ちてすぐに七歩歩いたといわれる伝説があり、ここでも7は特別な数字です。人は死
ぬと初七日を行ったり、49日の法要を行いますが、すべて7の倍数です。7が仏教における魂のレベルでもひとつの基準と
なっている証拠です。
また、「七曲り」はたくさんの曲がり角があること、「ななかまど」はたくさんかまどで焼いても燃えない固い木のこと、親の七
光りなど、7は「多数の」という意味で用いられることもあります。七福神、七草粥の風習など、私たちの身近なところでも7は
大活躍です。7転八起きなどもこれに含まれるのですかね。
七難八苦 (様々な苦労) というのもあります。七難とは、辞書によると 七種類の災難。特定の経典や仏・菩薩などによっ
て避けることができるとされる。諸説あるが、「仁王経」では日月失度難・星宿失度難・災火難・雨水難・悪風難・亢陽(こうよう)
難・悪賊難、「法華経」では火難・水難・羅刹(らせつ)難・刀杖難・鬼難・枷鎖(かさ)難・怨賊(おんぞく)難をいう。
この不思議な数字7。生活の中にに取り入れてみると、幸運をもたらせてくれることもありそうですね。
七不思議 なぜ、「七不思議」なのだろうか?
「六不思議」でも「八不思議」でも良さそうなのに。
@旧約聖書「創世記」第一章には、神が天と地と万象とを6日間で創造し、7日目に休んだ。神はその第7日を祝福したから
聖書では「7」という数字は「完全」を意味する。
Aギリシアの数学者ピタゴラスは、「7」という数字を「3」と「4」に分け、「3」を神を表わし、「4」は四方世界(東西南北)を表わ
すとした。「3」と「4」を合わせた「7」は、神と世界を同時に示すものであって、宇宙全体は「7」という数字の中に完全に収まっ
ている。
世界最古の七不思議
エジプトの大ピラミッド 世界最古の七不思議のうち、現在する唯一の建造物。紀元前2600頃、エジプトのピザに建てられたピラミッド(クフー王、カフラ王、メンカウラ王)。
バビロンの空中庭園 紀元前600年頃、古代メソポタミア地方、バビロニア帝国の首都バビロンに、ネブカドネザル2世が
王妃アミュティスのために(雨の降らないバビロンを王妃の生まれ故郷メディアより美しいものを造ろうと)建造した庭園。
エフェソスのアルミテス神殿 紀元前550年頃、古代イオニア(小アジア)の港湾都市エフェソスに建てられた巨大な神殿。
高さ20mの白大理石の円柱127本も使用され、完成までに120年要したといわれる。
オリンピアのゼウス像 紀元前500年頃、古代ギリシアの彫刻家・フェディアスが製作。高さ12mあり黄金のゼウス像は、
宝石や黒檀や象牙をはめ込んだ金製の王座に安置されていたという。
ハリカルナッソスのマウソレウム 紀元前353年、小アジアのカリア地方を治めていたマウソロス王の為に作成された大
理石の霊廟。霊廟はハリカルナッソスの市の中央部の大広場に作られた。四角な大理石の土台に置かれ、それぞれの四
隅にはギリシャ人とアマゾンの戦いを描いた彫刻帯が飾られていた。
ロドース島のヘリオスの巨像 紀元前280年頃、エーゲ海の南東部に浮かぶロードス島の港の守護神として制作された、
高さ約33m、胴回り18mの青銅製の太陽神ヘリオス像。ヘリオスの巨像は単に最大なものばかりではなく、人によって形づく
られた人間のうち、最も完全な形のものあったと言われている。
アレクサンドリアの大灯台 紀元前280年頃、ナイル河口の貿易都市アレクサンドリアの沖にあるファロス島に建てられ
た巨大な灯台。その高さは最低でも120m以上もあったとされ、灯台の光は50km以上の先からでも確認できたという。形状
は大部分は大理石で造られ、摩天楼のような格好で、頂部がだけが丸くなっていたという。