V  売り声のかずかずその一

鋳掛屋  「えー、鋳掛けぃっ。えー、鋳掛けぃっ。えーい鋳掛けーぃ」

   この商売は、穴のあいたなべなどを器用に銅などの板でつぎはぎ

 直してしまう。観ていると、手早く色々な道具でたたいたり、削ったり

 しな がら鉛のようなものをバーナーで溶かし銅の板をあてがい修理する。

 人によっては金物専門の人と木桶や風呂桶(昔は木の桶)なども一緒に

 修理する両方の 職人さんがいた。又、サービ スで包丁なども研いでくれる

 こともあり便利な存在でもあった。

 この職業も、 遠い昔に無くなってしまった職人の技術でもあります。 

こうもり傘の張替え

 「こうもりがさの張り替えぃ、こうもりがさの張替えぃ」

 これは、傘の骨の折れたのを修理で、けっこう需要があったものです。

 因みに、こうもりがさというのは、文字通り傘をひろげた姿が蝙蝠に

 似ているところから名づけられたもので、洋傘が日本に普及したのは、

 咸臨丸の勝海舟のアメリカ土産が最初だといわれている。

研ぎ屋  「ハサミほうちょーう かみそりっ、

                ハサミほうちょーう かみそりっ」

 と歩く研ぎやさんは、なんでも研いでくれました。

雪駄直し 「えーぃえーぃえーぃ、ぞうりせったのなおしっ。

                えーぃえーぃぞうりせったのなおし」

 これは、草履の鼻緒を入れ替えたり、雪駄のスリへつた歯を入れ替える

 仕事で、雨の日に履く雪駄のスリへつた歯は、歩行に危険なので商売は

 なかなか繁盛していたようです。

張り板屋  「はりいたやー、はりいたやー、はりいた」とやって来ま

 した。昔は着物をほどいて洗濯し、板に張って乾かし、こうすればしわに

 ならず。今のアイロン掛けと同じように仕上がったものです。

 これは、洗い張りといっていました。

毒消し屋  「毒消しはいらんかね。越後の薄荷はどうだね。

                    薄荷に毒消しはいらんかね」

 これは越後からの行商で、よくみかけたものです。

富山の薬売り  この薬売りは、年に二、三回定期的に各家庭を回って、

 日常使う薬を置いてゆき、次にきた時に無くなったものを補充し、其の時に

 補充した薬の代金を支払うというシステムだった。おまけに子供が

  喜ぶ紙風船(四角の風船)を支払額に応じてくれたもので、子供に

  とってはとても楽しみなものだった。

  昭和初期の薬売りの服装

 

 

千金丹 「本家はさぬき高松(で)岡内家伝の千金丹 そのまた薬の効能

 は第一胃を整い熱さまし タンセキ、リウイン、むね痛み しぼり腹には

 下りばら頭痛めまいにたちくらみ せんき、せんじゃくむねいたみ 

 子供方には御カンキョウ舟車の酔にふつか酔い さぬきの東は琴平より 

 八里東の高松市岡内家伝の千金丹 売子の真黒クロスケーエ・・・・・エ・・・・・」

 無医村の多かった当時は、 ずいぶんいかがわしい売薬でもよく売れました。

 いわんや霊夢によって創製したと称する家伝薬などは、意外に根強い

 顧客層を持っていました。だが、讃州高松の千金丹うりほど一般に親しまれ

 たものはまれでしょう。彼等は「讃州高松岡内家伝千金丹」と書いた白地の

 洋傘をさし、手かばんをさげて「本家は讃州高松市、岡内家伝の千金丹、

 疝気、疝癪、腹くだり、頭痛と目まいに立ちく らみ、子ども方には小癇

 おじけ虫腹痛み・・・・・・」とうたい、

 小さいビラをまきながら農村漁村のすみずみまで小売りに来ました。 

 日露戦争後わずかの間肋骨つきの軍服に勲章などぶら下げた男と、

 丸まげ姿の女とが手風琴に合わせて節面白くうたいな がら薬を売り歩き

 ました。

 唄の終わりに必ず「おいち二おいち二」といったので一般に「おいちニの

 薬売り」と愛称しました。

 

 http://www.netwave.or.jp/~okauchi/kanban.htm より取材

 オイッチニの薬屋

 「日本一よぉかの製剤は、親切実意を旨となし、はい、オイッチニィ、

  オイッチニィ オイッチニィ。病の根わ堀り、葉をたずね、その効験をたし

  かめて、はい、オイッチニィ、オイッチニィ。春夏秋冬へだてなく 

  貧夫の人にも施薬せん、オイッチニィの薬を買いなされ、オイッチニィの

  薬は良薬ぞ、はい、オイッチニィ、オイッチニィ」

万金丹 四国の千金丹に対抗して、富山の万金丹というのもあった。

  「太鼓が鳴ったらにぎやかで、ほんとうにそうならすまないね。

   へらけーの万金丹、てけてっつのぱ」と、売り歩いたらしい。

定斎屋じょうざいや   定斎屋この名前からは何の商売かは連想できない名称、

  薬屋、それも夏場だけ の薬売りです。昭和30年初頭には消えてしまった

  懐かしの職人(薬屋)音で何屋が来たかわかる時代、

   独特の音がありました。                              

  いでたちは、半纏と黒のパッチ(肌にぴたっと合った股引

   のようなもの)

 を身 に付け、地下足袋で天秤棒の両端に小ぶりの箪笥(タンス)のような

 引き出しが沢山付いたものを取り付け、肩で担いでリズムを取りながら歩い

 てきました。

 このときに、引出しの取っ手(鐶カン)のところが揺れて鈍い

「ダン・ダン」 と歩いてくるリズムに合わせて音が出ていますのですぐにそれ

 と判るわけです。

 薬屋と言っても、漢方薬のようなものでした。


  
売り声のかずかずその二