戦 後

  闇 市

   青空市場

    敗戦後、焼け跡の街頭に生まれた闇市は、金さ

     えあれば、何でもあり、並べる傍から飛ぶように売

      れた。

      敗戦の痛手で民衆の食糧難はすさまじく、闇市では

      とくに食べ物の売り場が活気を呈した。こめは      軍靴、軍服、軍隊毛布などが放出された

      戦争中から、政府の管理下にあり、自由販売はできなかったが、農村からかつぎ屋が

      取り締まりの網をくぐって運んできた。

      ふかし芋から、カストリ焼酎、衣料、軍需物資などなど、どこから流れてくるのだろう。

      闇屋の多くは復員兵だった。                                                                                                            

      最盛期の 「青空市場」 は全国で 17,000を数えたという。

      10月警視庁は闇値を発表。米1升標準価格53銭のものが70円に、砂糖1貫匁標準価格

      3円75銭が1000円もした。

      東京では新橋、上野、新宿など鉄道の

      ターミナル駅の周辺に大きな闇市がで

      き、そこを舞台に新しいヤクザ組織が生

      まれた。

      1950(昭和25)ごろから、闇市は次第に

      バラック建ての商店にかわり、戦後の盛り場

      のもとになつた。                        芋の売出しに行列の人

                                              

    この項おわり

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