戦 後

 引 揚

   終戦を海外で迎えた日本人は、640万を数えた。

    軍人、一般邦人がほぼ同数で、その範囲はアジア全域に及んだ。

    この海外からの引揚は、終戦後から5年間に大部分を終えたが、途中一時の空白期

    をはさんで昭和34年ごろまでつづいた。

    各地とも軍人の復員は、比較的スムーズに行われたが、組織を持たない一般邦人に

    とって、引揚は長い苦難の道程だった。

    そのほとんどが、着の身着のまま祖国にたどりつかねばならなかった。

    なかでも、ソ連軍管理下の満州、北鮮などの同胞は悲惨を極めた。

    略奪、暴行、射殺 さらに 38度線の脱出、また酷寒下の異国の丘での抑留生活-------

    いずれにしても、引揚は、戦争のもたらした、もう一つの悲劇だった。 

  続いて 復員・引揚列車・外地からの引揚