地震災害時の心得
地震発生時の一般的な心得
1. まず火の始末。
2. ドア明けよ。だが、あわてて外に飛び出さない。特にビル街では建物から落下するガラスに注意。
その為帽子の用意。
3. 非常の持ち出し 食べ物、水、塩、貴重品、薬とラジオ。
4. 逃げ場所きめて、予め指定された避難所の確認。車はやめる。
5. 安全は、トイレと風呂場、ベットや机の下にもぐれ。一階より二階が安全。
地震・災害時避難の携行必需品
現金(千円札・小銭)・水・乾パン・懐中電灯・ラジオ・笛・手ぬぐい・ちり紙・貴重品。
雨具(カッパなどは防寒用にもなる)・運動靴・筆記具・携帯電話。
高齢者は眼鏡、入れ歯、杖など普段使っているものを身近において必ず持ち出すよう。
三河地震の教訓
当時は、戦時下で救援物資はなく、水は井戸水、電気の代わりにろうそくを使い、食べるものや生活用具は近所で持ち寄りました。
家屋を補強するための筋交いは今も残っています。(当時小学3年生Aさん)
気づいた時にはタンスの下敷きになり、外に逃げる時は裸足でガラスが一杯刺さりました。廃材を集めた小屋で家族7人で
2ヶ月余り不自由な生活を余儀なくされました。(当時西尾中学4年生Bさん)
大震災を生き抜くには、防災グッズ(日用生活用品や非常用食糧)の準備や、住宅及び家具の倒壊を防ぐ対策が如何に重要かが、
以上のことからも垣間見えます。
注)体験談は2005年に(社)西尾幡豆青年会議所で作成したJCニュースより抜粋
南海地震の教訓
次の南海地震は昭和の南海地震より規模が大きく、県内での震度は6強〜5強で、より高い津波が来襲すると予想されています。
津波の到来が予想される地域では、大きな揺れの後に高台などの避難場所へ避難すれば津波で命を落とす事はありませんが、
最初の地震で家具の下敷きになる等で逃げる事ができなければどうすることもできません。また、津波の心配のない山間部におい
は、山や崖が崩れて家屋などを襲う恐れがあります。
防災の基本は、「自分の身は自分で守る」ことです。平常時、非常用品・持ち出し袋を準備したり、避難場所・経路・被災時の
連絡方法を家族で確認しておくほか、「最初の揺れから身を守るにはどうすべきか」ということを、自分の家の中で大地震が起こる
様子を想像して、家具の配置や転倒防止、家屋の補強などについて考えてみて下さい。
大きな揺れが収まった後、まず落ち着いて火の始末をする。
屋外で大きな揺れを感じたら、看板の落下、ビルからのガラスの落下、ブロック塀や自動販売機などの倒壊に注意する。 切り立った崖のそばや地盤の弱い傾斜地などで大きな揺れを感じたら、がけ崩れなどのおそれがある。
海岸近くなど津波の危険がある場所では、大きな揺れを感じたり、弱くても長い時間ゆっくりとした揺れを感じたら、津波の恐れがあるので直ちに高台の安全な場所に避難する。
避難する際には、車を使わず、徒歩で行い、持ち物は最小限とする。車での避難は、道路を混雑させ、防災活動や他の避難を妨げることになり、自分の避難をも困難とする。 余震がしばらく続くので、地盤の弱くなった傾斜地のがけ崩れ、壊れかかった建物に注意する。
港内の船舶に乗っている場合、エンジンがかっていて船をすぐ動かせるときには、すばやく港外に避難し、エンジンが停止していたり、係留しているときには、船から下りてすばやく高台に避難する。
地震を感じなくても、津波警報・注意報が発表されたときには、上記と同じ要領で避難する。津波は繰り返し襲ってくるので、警報や注意報が解除されるまで気を緩めない。
大地震の後などにおいては、未確認の情報がデマとなって流れる場合がある。正しい情報をラジオ、テレビ、広報車、無線などによって入手し、冷静に行動する。
阪神・淡路大震災の教訓
神戸、芦屋、西宮、宝塚各市の一部で震度7を記録、死者6400人弱の大惨事となった。死因は家屋倒壊などによる圧死が9割。
約24万棟の家屋が倒壊、多数の鉄筋コンクリートのビルも被害をうけた。
倒壊した家屋からでた火災は、神戸市の消火能力をはるかにこえるものだった。高速道路の崩壊は7カ所。阪神高速道路の3号神戸線では
橋脚の崩壊がおこり、600m以上倒壊した。鉄道被害も大きかった。新幹線は8カ所の高架部分が落下した。京都・姫路間が開通するまで
3カ月近くかかった。
兵庫県南部地震は、日本では現代大都市をおそった地震のはじめての例で、都市防災について多くの教訓をのこした。
| 1、大災害時は住民全員が避難する場所はない 阪神大震災、阪神淡路大震災、阪神・神大震災の教訓、 |
| どこの市町村にも、一時避難場所、広域避難場所、、避難所が定められています。一時避難場所は一時的に様子を見たり集合する場所、広域避難場所は付近の被災者や住民の避難場所。避難所は、家を失ったり、二次災害の恐れのある人々が避難する宿泊施設のある場所です。しかし、殿避難場所もそこの住民全員が避難できる避難場所はありません。 阪神大震災でも、応急の避難所となった学校などに収容できたのは、被災者の12%でしかありません。残りの88%の人たちは、電気・水道・ガス・電話が途絶えた自分の家で暮らさなければなりませんでした。マイカーや公園、グラウンドで不安な夜を過ごした人もいます。 どこの市町村でも収容能力はせいぜい10〜15%でしかありません。従って、自分の家をシェルターにしなければ路頭に迷うことになるのです。そして、備蓄しておいた水、食糧で生きのびる事を考えなければなりません。他力本願でなく事前に準備をして災害を迎え撃つ姿勢が大切です。 阪神大震災、阪神淡路大震災、神・淡路大震災に学ぶ、過去の震災の教訓、阪神大震災の教訓、 |
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| 避難所を利用せざるを得ない人 1. 火災・津波・崖崩れなどの恐れがあり、危険な住民 2. 避難命令、避難勧告が出された地区の住民 3. 家が壊れたり燃えたりして住むことができなかったり、余震で壊れる恐れのある家の住民 4. 通過中・訪問中で居住する所がなく、一時避難する人 |
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| 2、取りあえず安全地域へ 阪神大震災、阪神淡路大震災、阪神・淡路大震災に学ぶ、過去の震災の教訓、阪神大震災の教訓、 |
| とりあえず安全地域にいる親戚へ行きましょう。そこには水も電気も普通の暮らしもあります。余震におびえることもありません。病院もあります。 役所と自治会長へは、2、3日の内に電話かハガキで、被災者の登録をし、どこに居住しているかを知らせておきましょう。 家へ荷物をとりに行ったり片付けたい時は、1人だけあるいは2人だけ避難所暮らしをするのもやむをえません。 |
| 備蓄の三要素 |
| ライフラインが止まって困ったのは、水・食料・トイレでした。特にトイレは忘れがちですが、どこもトイレで困りました。家庭、地域でトイレをきちんと用意しておく必要を感じました。 |
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