十勝沖地震

十勝沖地震とは

平成15年(2003年)9月26日午前4時50分、十勝沖(北緯42.0度、東経143.9度)の深さ25kmを震源とするマグニチュード8.0(気象庁)の

地震が発生した。震央は、襟裳岬の東約60kmの位置である。

防災科学技術研究所Hi-net(高感度地震観測網)による即時的震源決定結果によると、余震は十勝地方沖合いの約100km四方の範囲に

分布している。また、F-net(広帯域地震観測網)による本震の発震機構解解析結果によると、この地震のモーメント・マグニチュード(Mw)

7.9、深さは23kmと推定され、北北西(N21°W)に低角(15°)で傾き下がる断層面上で、陸側が跳ね上がった形(すべり角127°)の

逆断層タイプであった。すなわち、沈み込んだ太平洋プレートの上面で発生した、典型的なプレート境界型地震であると考えられる。

なお、今回の震源付近では昭和27年1952年3月4日にM8.2の十勝沖地震が発生しており、十勝地方の広い範囲で震度6が記録されたと

共に、厚岸町厚岸では高さ6.5mの津波が観測されている。

地震防災フロンティア研究センター  より抜粋

平成15年(2003年)9月26日 十勝沖地震の評価  リンク

下記記事 

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

十勝沖地震(とかちおきじしん)は北海道の十勝地方の沖合を震として起こる地震で、過去に数回観測されている。このため、

発生年を付して「----年十勝沖地震」と呼称することにより区別されている。

発生要因

北海道十勝沖からロシア連邦のカムチャツカ半島沖にかけて千島海溝が存在しているが、この海溝では太平洋プレートが

北アメリカプレートの下に年間数pの速度で沈み込んでいる。このため両プレートの境界で歪みが発生し、その歪みの開放により発生する

逆断層型地震である。想定マグネチュードはM8前後、発生間隔は約60~80年と言われている。

■油断できぬM8■

 今回の地震は、五二年の十勝沖地震と震源域が近く、地震の規模もほぼ同じだった。ただ、この十勝沖地震は最大六メートルの津波が襲い、

死者・行方不明者三十三人を出し、今回とは被害の程度に差が出ている。

 島村教授によると、理由の一つは震源域の位置にあった。今回は五二年より陸地寄りで、水深の浅い地点で起きた。

だから沖合の水深の深い地点で発生した場合よりも、津波が規模を増幅する距離が短いため、結果として波は大きくならない。

 震源域が少しでもずれていたら、違った結果もあり得た。島村教授は「M8クラスの地震がこんな程度と思ってもらったら困る。

途方もない被害を十分もたらすエネルギーだ」と警鐘を鳴らした。

 

1952 十勝地震

1952年(昭和27年)3月4日10時23分に発生。震源は北緯41度48分・東経144度08分の十勝沖で、地震の規模を示すマグネチュード(M)は

8.2。

北海道南部から東北北部で揺れや津波などの被害があり、28人が死亡、5人が行方不明、287人が重軽傷を負った。また、

住宅は全壊815棟、半壊1324棟、一部損壊6395棟、流失91、浸水328、全半焼20だった。このほか、非住家被害1621棟、船舶被害451だった。

津波は厚岸椀が最高で3~4m、青森県八戸市で2mなど。津波警報制度発足後、最初の大津波だった。ただ、前日が

丁度昭和三陸地震記念日で警報伝達訓練や避難訓練も多数行われ、防災に大変役立った。

1968 十勝沖地震

発生:1968年(昭和43年)5月16日午前9時48分(日本時間)

震源:三陸沖 北緯40度44分、東経143度35分、深さ不明

地震の規模:M7.9

最大震度:震度5

この地震の震源は、1994年に発生した三陸はるか沖地震の北東にあたり、本来であれば『三陸沖地震(または三陸はるか沖地震)』と

命名されるべきものだったが、津波警報の発令の際に震源を十勝沖として発表されたため、そのまま流用されて

『十勝沖地震』と命名されている。

最大余震

発生:1968年(昭和43年)5月216日午後7時39分(日本時間)

震源:青森県東方沖 北緯41度25分、東経142度51分、深さ40km

地震の規模:M7.5

最大震度:震度5

被害

北海道から東北北部で揺れや津波の被害があり、52人が死亡、330人が重軽傷を負った。また住宅被害は釧路市で被害が最も多く

全体では、全壊673、半壊3004、一部損壊15697、浸水529だった。このほか、非住家被害1781、船舶被害358などの被害もあった。

津波は干潮時に発生したため、被害はそれほど多くなかったが、特に青森県で揺れによる被害が目立ったほか、函館大学の校舎も

倒壊するなど、鉄筋コンクリート製の公共建築物の被害が目立ち、問題となった。この地震を受けて、防災対策を見直したところも多い。

激震で本州と北海道を結ぶ海底通信ケーブルが切断され通信が途絶、北海道は一時孤立状態になった。これを教訓に災害時応急復

旧用無線電話・孤立化防止用無線電話が開発配備されている。

下記は北海道新聞の記事より

紙一重 震源域深いと大惨事
(2003年9月27日掲載)

■奥尻思い出す…■

地震による津波で陸に打ち上げられた多数の漁船=26日午後3時41分、十勝管内豊頃町の大津漁港(中日新聞社ヘリから)
 突き上げるような衝撃で目が覚めた。二十六日午前四時五十分。釧路管内厚岸町床潭(とこたん)の

竹ケ原フミさん(77)は、揺れ始めた部屋の中で体を起こした。「これは逃げなきゃだめだ」。

五十一年前の地震による津波で、自宅を流された記憶が頭の中をよぎった。

 準備している手製の「避難袋」を押し入れから取り出す。でも、中には食べ物があまり入っていない。

仏壇のお供え物をつかんで袋に放り込み、家を飛び出した。

 根室市青少年センターに避難した相馬加智子さん(49)も「奥尻島の津波が頭に浮かび、恐ろしかった」と

振り返る。経営する飲食店は沿岸にある。店内ではウオツカの瓶数本が割れ、写真や人形が床に

散乱していた。

 住民を恐怖に陥れた地震は、時を経るにつれ、次第に被害の全容をあらわにし始めた。道内の太平洋岸一帯を襲った津波は、

日高管内浦河町で高さ一・三メートルを記録。JR北海道は線路や橋りょうなど、九十二カ所の被害を確認した。
 

「北海道東方沖地震などにも耐えられるように設計したはず。天井だけ落ちるとは想定していなかった」

 釧路空港旅客ターミナルでは関係者が、むき出しになった茶色い鉄骨をぼうぜんと見上げた。二階出発ロビーの天井の七割近くが崩落。

現場には細かい粉じんが舞う。

 同じように放心した様子で同日、出光興産北海道製油所の稲井清男タンク火災調査委員長が記者会見した。「この程度の地震で、

火災が発生したことを深くおわびします」

■「運が良かった」■

 道内で震度6以上の地震は一九九四年の北海道東方沖地震以来九年ぶりだった。

 最多の負傷者を出した釧路市では「十年前の釧路沖地震の教訓が生きた」との声が相次いだ。釧路沖地震は同市内だけで死者二人、

重軽傷者四百七十七人の被害を出したが、ほぼ同規模の今回のけが人は三分の一以下。被害を抑えた陰には、市民の自主的な防災意識の

高まりもあったという。

 釧路市の看護師西村由美さん(46)は「すぐに玄関の戸を開け、家族がいつでも飛び出せるようにしていた」。商品が飛び出さないよう冷蔵庫の

ドアを観音開きからスライド式に変えた酒店や、酒瓶の棚にテグスを張った居酒屋もあった。

 これに対し企業の危機意識に落とし穴はなかったか。同製油所は近隣の原油貯蔵タンクには被害がなかったことについて「何らかの差が

あったことは認めざるを得ない」と、対震技術面に不足があった可能性を認めた。

 北大大学院の島村英紀教授(地震学)は今回の地震を「非常に運が良かったと思う」と評した。

■油断できぬM8■

 今回の地震は、五二年の十勝沖地震と震源域が近く、地震の規模もほぼ同じだった。ただ、この十勝沖地震は最大六メートルの津波が襲い、

死者・行方不明者三十三人を出し、今回とは被害の程度に差が出ている。

 島村教授によると、理由の一つは震源域の位置にあった。今回は五二年より陸地寄りで、水深の浅い地点で起きた。だから沖合の

水深の深い地点で発生した場合よりも、津波が規模を増幅する距離が短いため、結果として波は大きくならない。

 震源域が少しでもずれていたら、違った結果もあり得た。島村教授は「M8クラスの地震がこんな程度と思ってもらったら困る。

途方もない被害を十分もたらすエネルギーだ」と警鐘を鳴らした。

下記の記事は weekly news より

防災連携
教訓生かし、協力態勢構築


 昨年9月18日、帯広開発建設部は、大規模地震を想定した訓練を実施した。どんな内容か職員に伝えない初の「ロールプレー」方式。

帯開建の米山一敏防災対策官は「(情報伝達の訓練と違い)何をどうやるか考え、状況に取り組むことが求められた」と語る。

職員はマニュアルを見返し訓練に備えていた。

 訓練実施直後に発生した十勝沖地震。米山対策官は「本当に役立った」と、全国研修会でも高評価を得た。十勝支庁が関係36機関と

発足した「十勝管内防災関係機関連絡会議」の会合でその成果が示され、手法が関係機関による訓練で取り入れられようとしている。

 同連絡会議は新年度以降も防災体制充実に向け検討を継続することを決めるなど、この半年で、関係機関の連携強化が続いている。

道東4支庁と陸自五師団による初の懇談会も2月に持たれた。支庁地域政策部の斎藤正紀部長は「少しずつ課題に対応しながら、

同じ目線で協議していきたい」と、地域防災強化を強調している。

復旧工事
184億円で本格着手へ


 地震で被害を受けた道路や河川、橋などでは、直後から行われた緊急復旧工事がすでに完了、被災地はほぼ現状に戻りつつある。

国の今年度補正予算決定を受け、道開発局が管内被災地の災害復旧費として計183億9000万円を計上しており、

新年度から各所で本格的な工事が始まる。

 橋の上部工がずれた国道336号の十勝河口橋では、いち早く1月に災害復旧工事に着手。3月15−20日には、上部工をジャッキで持ち上げ、

ずれを補正する本格的な工事も行われた。

 河川と港湾、農業用水路などの被災個所は、緊急復旧工事と災害復旧工事の発注を終えた。新年度早々にも、災害復旧工事に取りかかる

見通し。道道も、最後まで全面通行止めが残っていた大津長節線の規制を23日に解除。3区間で片側交互通行が残っているものの、

交通を確保した。
 

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