慰安婦その一

はじめに

平和な今考えれば、戦争そのものは全く馬鹿げたものであり、二度と繰り返しては

いけないことである。然し、かつて日本が侵した戦争を振返り、その根源は、戦争

そのもはどんなものかを探求し今後の指針となすことも重要な課題であるが、同時に

その蔭にあるものも忘却してはならないものである。

ひたすらお国の為に戦った戦士、不幸にも散華した勇士の崇高な精心は、いささかも

消え失せるものでなく、彼等の滅私奉公の行動あってこそ、今日の平和が存在すると

いっても過言ではない。ここに慰安婦の問題を取り上げるが、日本の戦争を語るとき

慰安婦のことは避けて通れぬ重要な問題であるので、その概要を綴ることにする。

慰安婦とは

「慰安婦」とは端的に言えば、日本軍隊に所属していた売春婦(娼婦)のことだが、

普通考えられる一般の娼婦とはちょっと、ニュアンスが違い、尤もこれは日本軍隊

が勝手に、そんな風に仕立てたといった方が適切かもしれない。

お国の為に生死をかけて戦っている兵隊を慰安する--------言い換えれば、お前たちも

この聖戦に参加しているのだという、軍部の独特な解釈があったようである。

「日本軍隊と慰安婦」この関係は世界中どこにも見られない特異な存在で、世界の

いずれの戦争や軍隊にも知ることの出来ない日本だけのものである。

戦争中に駆り出されたこれ等の女性の数は、二十万とも三十万とも言われ、戦後

この人たちがどのような経路を辿ったのかその実態は掴むべくもない。

使うだけ使って反古同然に棄てられたといっていいだろう。

広島、長崎の原爆の恐ろしさは、今度の戦争の最大の悲劇であることは聊かの

異論も無い。しかしこの同情に値する慰安婦も又二度とこのような事があっては

ならない事の一つであり、当然これに加えられるべきものである。

これらの女性の大部分が無知蒙昧であり、発表の術すら知りえなかったのか、

それともこれを恥として世に訴えることを憚ったのか分からないが、それらの

報道や記事を見かけることは殆どない。

闇から闇へ葬りさられたと言っていいだろう。

               

                            輸送船で戦地に向う兵隊と慰安婦            中国の日本慰安所前(アイコク食堂の名前)

            

              慰安所前                         天津の慰安婦(将校用か?)

                               

                  慰安所風景、両側に個室が並ぶ。慰安婦150名。

                      写真は 金一勉著 「軍隊慰安婦」 現代史出版会発行より

つづく