大正時代あの頃この年
 
                      大正5年1916
   主な出来事
 

 

「雄飛号」東京〜大阪を飛行                                                   陸軍が完成させた国産飛行船 「雄飛号」 が、1月21日午後1時30分

所沢飛行場を離陸、途中豊橋で燃料補給したあと、22日午前5時10分

大阪に着陸した。搭乗したのは益田少佐ら3人。

空をゆっくり飛ぶ飛行船に人々は驚いた。

 

大正デモクラシーの旗手 東京帝大教授で政治学者の吉野作造が 「中央公論」 1月号

 に100ページもの論文を発表した。「憲政の本義を説いて其の有終の美を済すの途を論ず」

 でデモクラシーの訳語として 「民本主義」 という言葉をあて、これが実現しなければならない

 憲政の精神的な基盤だと説いた。この論文が護憲運動を中心とした大正デモクラシーな

 理論的な支柱となった。

 

寺内内閣(10月9日〜1918年9月29日)

相も変わらぬ藩閥政治の延長に、非立憲(=ビリケン)内閣と呼ばれた。[総理]寺内正毅
12月9日:【夏目漱石死去】 夏目漱石、胃潰瘍により死去。

電車
♪ チンチン 電車が動き出す ゴウゴウ 町の真中を

【開催地】ベルリン(ドイツ)

  第1次世界大戦のため中止。第六回オリンピック

 

独]アインシュタイン、一般相対性理論を完成。

1月25日:鈴ケ森おはる殺し事件(1915年)で真犯人と名乗り出た石井藤吉を起訴。小守惣助の公判は中止に。

一つの事件で2人別々に起訴されるという前代未聞のケースになった。

12月4日:東京地裁、石井藤吉に無罪判決。被告が立腹し控訴、自分が犯人だと積極的に立証しようとした。 

参考 過去の冤罪事件

冤罪が認められた事件

死刑からの生還

一番恐ろしいのは、無実のまま死刑を執行されたしまったケースもないとは言い切れないということであり、死刑廃止論の理由の一つになっている。

有罪から無罪へ

有罪判決のあとの控訴審で無罪となった事件は多い。無罪までの時間は取り戻せない。

                                                                                                                                                                                                                                       

  その他

1.21  陸軍の飛行船 「雄飛号」 東京-大阪間飛行に成功。

2.2 大阪商船大仁丸、英船と衝突沈没。死者137人。

3月  浅草帝国館で初めて映画プログラムを発売。

4.1   エープリル・フール 日本でもはやりはじめる。

7.26 東京の闘犬流行取締り。

8.2  函館で大火、1800戸焼失。

9月  大日本婦人会が発足。

11.3  裕仁親王の立太子礼る

11.9  社会主義者 大杉栄 神近市子に刺される。

    

真白き富士の嶺  ♪  真白き富士の嶺  緑の江ノ島 

                  仰ぎ見るも  今は涙

  時のことば

タンク 第一次世界大戦で戦車が登場。イギリス軍がドイツ軍の前線突破をねらって

  北フランスの戦線で使用した。兵器であるのに 「給水車」 と称して使ったのが

  名称のいわれ。