大正時代あの頃この年
 
                      大正4年1915
   主な出来事
 

    

                                                                                                             カフェの流行 パリ帰りの松山省三が銀座に 「カフェプランタン」 を

開いたのが明治44年3月。コーヒー、ウィスキーをはじめ珍しい洋酒を

提供して親しまれ、黒田清隆、森鴎外、永井荷風ら多数の文化人が

常連だった。カフェは大正初期から昭和にかけて全国の大都市に

広がり、ハイカラ紳士に親しまれた。

 

「命短し恋せよ乙女」 芸術座が4月26日、帝劇でツルゲーネフ 「その前夜」を初演。松井須磨子が歌った

劇中歌「ゴンドラの唄」(吉井勇作詞 中山晋平作曲)が人気を呼び、

6月にはレコードになってこのメロディーが人々に親しまれた。

とくに黒澤明監督の「生きる」で志村喬がブランコに乗ってこの歌を

歌う場面は圧巻であった。

 

♪ いのち短かし 恋せよ乙女     紅き唇 あせぬ間に

     熱き血潮の  冷えぬ間に   明日の月日は  ないものを

♪  いのち短かし  恋せよ乙女    いざ手をとりて  かの舟に

      いざ燃ゆる頬を 君が頬に   ここには誰も  来ぬものを  

日本、中国に21か条の要求

1月18日、註華公使は外交慣例を無視して、袁世凱大統領に直接「21か条の要求」を手渡した。
 
その内容はいずれの条項も、中国の主権を侵害するものだった。中国はこれに反発、一方、交渉の難航に
 
業をにやした日本は、5月7日に最後通牒を発した。9日、列強の援助も期待できないとみた袁は、
 
日本の圧力に屈した。25日に条約調印。

11月10日:大正天皇の即位の大礼

  その他

1.25  米大陸横断電話が開通。

3.25  猪苗代湖に水力発電所。

5.1   新10円紙幣発行。

5.31  三浦環、ロンドンで 「蝶蝶夫人」 の初舞台。

7.26  チェーホフの 「桜の園」 帝劇で初演。

7.27  日米間で無線通信開始。

9.25  東大の2教授、皮膚ガン人工発生に成功。

11.2  東京駅に初の駅上ホテル。

11.10  大正天皇の即位礼。   

 1月13日:[伊]大地震で死者2万9000人余。

亀の子たわし

<「食器洗浄用・炊事器洗浄用・室内用具洗浄用・浴室洗面所備へ付・泥物其他不潔物用」の宣伝文句で普及>

「今日は帝劇、明日は三越」
 
百貨店三越が宣伝用語としてポスターに刷り込んだことから、有閑富裕階級に対して使われるようになった。
 
「割烹着」
「婦人之友」が家庭用仕事着として考案、動きやすさから家庭に広まった。
   

    ♪ いのち短し 恋せよ乙女 紅き唇 あせぬまに

  時のことば

 銀ブラ  銀座4丁目を中心に新橋と京橋間の散歩。流行の最先端を飾る商店街の

       ウィンドーショッピングとコーヒー一杯。モダーンを気取り雰囲気を楽しんだもの。