モガ、モボモダンガール、モダンボーイ
昭和になると、明治、大正とはその風俗がまるっきり一変する。この変化の過渡期は昭和の初頭である。
この変化の尖端に立つものが、モガ、モボである。モガのシンボルは、断髪であった。この時代これが
いかに世の中を驚倒させるほど、珍しい髪型であった。
日本ではみどりの長い髪が女性美の象徴とされていた時代である。
そして次はモガの服装である。和服から洋装への転身であった。スカートは長短様々であったが、短くても
膝ぐらいで、引き眉毛、濃いルージュの化粧が、モガの特徴だった。
昭和5年頃には、マニキュアが流行し始める。アイシャドー、つけ睫毛はまだ見られなかった。
彼女たちの溜まり場は、東京では銀座、大阪では心斎橋であった。
映画は「活動写真」、喫茶店も数少ない時代、彼女達の言う、「シネマみましょうか」 「お茶でもいかが」などの
言葉自体、もうモダンだったのである。
これに対するモボである。この服装は、当時の喜劇俳優 榎本健一のヒットソング「洒落男」に、
♪ 俺は村中で一番 モボだといわれた男-------。
そもそもそのときのスタイル 青シャツに真っ赤なネクタイ
ダブダブなセーラーズボン-------。
こういったいでたちであった。ロイド眼鏡に細身のステッキ、ダブダブの太いラッパズボンに白と黒または茶色の
コンビの靴スタイルであった。
モガたちの洋装が、おいおい家庭にこもる中年婦人にも及んでいった。その第一歩がアッパッパであった。
裾がひろがるその格好から、この奇妙な名称が生まれた。
エプロンアプロンなる言葉から生まれたと言われている。

闊歩するモガ、断髪、釣鐘型の帽子 モンペ姿の女性
アッパッパの流行は、着物にくらべて安く、不況、不景気向きだったことも流行の原因であった。これ以来洋装は
抵抗なく婦人の間に伸張、昭和5年頃には上流夫人の間には狐の襟巻き、6年にはパーマネントが流行する。