宮崎監督と庵野監督 3
ちょっと閑話休題です。(^_^;)あせってチャートを追っかけていて、大事なことを書き忘れていました。栗丸が今回、両監督にとってのキー天体だっっと決め込んでマークしている4つの天体&感受点なのですが、なんでそう思ったのか?ということを見事抜かしていて書いていませんでした。
自分もあいまいにしかわかってない部分が多々ありますので、まずシンボルの意味・解釈などを、手元の占星術テキスト(主に松村潔さんの本)から抜き書きをしながらいったん整理して、それからまたチャートの追っかけに戻りたいと思います。
<月>
月は....今更って感じもしますね。基本的なシンボル解釈は飛ばして、この両監督のチャート読みに関わりがありそうな深読み系のものを混ぜつつ、象徴をまず列挙してみます。どうも、月が蟹座にある栗丸は、蟹座の象意とついついごっちゃになるのですが星座の解釈とは違って、月の場合は天体としての「主体」があって「欲求」を持つ部分で良いのですよね? (^_^;)大丈夫かな〜
で、おおざっぱに以下の3分野に分類してみました。
1.母性、女性原理 ..庇護/保護欲求/囲い込み/親密さ/馴染みやすさ/受動性
感情、気分の変化や波/きまぐれ/不安定/ガンコ/感受性
影響力の強さ/敏感さ/共感能力/同情心/身内感覚
2.パーソナルな部分..個人的な気分/私生活/無意識/好き好き/その時々の興味
趣味/好み/幼児期から習慣づけられた感情・気質/周囲の
環境・雰囲気・状況への無自覚な反応パターン/反射の仕方
3.一般大衆..........同質性/同化/人気/流行/名声/気分/動向/反映/モラル
共有イメージ
1の月の原理のグレートマザーとしての部分は、「もののけ姫」の中でも、モロやエボシ御前が(彼女はやっぱしタタラ場のみんなのお母さん役ですよね)演じきっていました。今までは母親不在〜の設定が多い宮崎監督の作品の中で、この部分にも「もののけ姫」は特異な印象を受けたのでした。
そういえば、ナウシカのマンガでは、ナウシカ自身が巨神兵の母親になってしまっていましたが....なんとも痛々しい印象の方が強かったです。また、その29日半でどんどこ変化していくその姿からは、安定化や固定化、規律や規則化の土星とは対象的に、「休みない変化、定期的に繰り返される変動」も表わします。
でも変化しているのはあくまで地球に向けている面で反射している「太陽の光」の姿の部分だけ。月はあくまで本当は何にも変らずに、そこに月としてガンコに存在している訳ですけれど.....いばっている旦那さんに表向きは「ハイハイ」と仕えているようでいて、しっかりと家庭のウラを仕切っているという、やり手なお母さんのイメージです。(^_^;)
大昔でいうとお侍さんがいばっていても、「へいへい」と頭だけ下げて一見服従している風だけども、しっかり自分の生活を守ってエンジョイしているしたたかな町人たちというイメージかしら。これは「もののけ姫」でいうと、タタラ場の人たちってとこですね。甲六やおトキさんだわぁぁ。言ってしまうと、名もないその他大勢の群衆の本音や顔の部分ってとこでしょうか。
月は自分では発光せず、太陽からの光を受けてその月光を地球に映します。そこから月は太陽の意図をイメージとして反射して、地球に落として定着させる役目を持つといわれています。この際の月の反射とは、鏡のようなパシッとした反射ではなく、半分自分も吸収しつつ反射もするというような、半透明に近いイメージだとか。(なんか、フィルムやセルみたいですね)
そこから「外界の印象を吸収し、放出する」という性質を持つといわれていますが、今回のチャート読みには、この辺りがとっても関係していそうな気がしたのです。太陽を公式的なイメージで捉らえた時に、対象的に月の方は、一般大衆のうつろいやすい気分を表わすことになります。で、流行や人気を作りだすのは、この大衆のその時々の「気分・雰囲気」を敏感にサーチすることに成功した仕掛け人たちで、彼等が「富と名声」を得る、という構図でしょうか。
そこで今回の宮崎監督や庵野監督も、何か今という時代の一般大衆「気分・雰囲気」に同化をし、すくいとったものを作品に活かしていることになるのではないか?と思ったのです。その辺りを月を通しても読みとれたらばと願っています。ちょっと付け足しで、以前仕入れた面白い定義を参考までに2つほど。
A
太陽 太陽の意志、創造力を B
ドラゴンヘッド..アストラルエネルギー
↓ ↓
月 月がイメージ化して 月..........エーテル的な活力
↓ ↓
地球 地球に定着させる
POF.........社会生活上での
エネルギーポイント
Aの場合、この太陽を「太陽系での太陽の意志」と読むか、それとも太陽を地球の投影と考え、地球の意志の代弁者として見るかで、また読みが変ってきます。 Bの方は、今回両監督が出生時不明ということなので、POFは計算できないのです。もしわかれば知りたいところでしたね。(^_^;)残念〜
では次に、栗丸も理解が曖昧で怪しかったりする、リリスについて整理してみます。
※以下主に「占星術のシクミがわかる本」松村潔:著と「運命を把握するパソコン占星学入門」小曽根秋男:著、自分の覚え書き、その他書籍からの抜粋です。
<リリス>
リリスは仮想の感受点で、月の軌道の遠地点のこと。黄道をおよそ9年で一周する。公転サイクルとしては、小惑星帯の約5年より長く、木星の約12年より短い。
象意には大まかに2つの面があるようです。
1.自我と影......人間の潜在意識にある種の刺激を与える部分
2.性的な魅力のポイント....背徳的な欲望、快楽/夢魔/性感帯
地球から一番離れる地点ということから、月と地球の結びつきが一番希薄になる部分と言われ、1.に関連しては以下のような解釈もされています。月の支配するムードの中にとどまり地球化せずに姿形を表わすことの出来ない衝動物質化できずに中絶された欲望/大人になるのを拒否している場所/永遠に子供のままでいたいという欲求/成長を拒絶している部分/かつては存在していたかもしれないが現在はこの世に生まれていないもののイメージ/塵になった世界の後に訪れるイメージ/裏に隠れたもの/ウィークポイント
うう、なんか不気味なコワイ文章だな〜(^_^;) これをつきつめると胎内回帰願望となるのでしょうか。それどころか、体は生み落とされて地球に育っているというのに、まだへその緒がくっついたまんまで母親の産道からでるまいとして閉じこもっているような心の状態なのでしょうか。
リリスは、ダークムーンとも呼ばれるのだそうですが、それって月の暗〜い光のあたらないウラ側の部分のことを指してそう呼ぶのでしょうか?確か、ダークサイドオブムーンには「狂気」の意味もあったように思います。(ピンクフロイド〜?) 実現できない、物質化不可能な衝動や欲求であり、またそれが自覚しづらいものであるために、人によっては時にへんてこりんな思いがけない出方をしてしまうのだそうです。月が趣味、嗜好を表わすとすると、リリスは偏った性癖とか書かれてしまいそうな、ある種の傾向や感覚に近いのでしょうね。
月の無意識的な反応パターンとか反射性とは明らかに違うなあと思うのは、月の場合、太陽という光源を得て光り、夜の間だけは姿を見せますが、リリスは外にはその姿を見せることなく闇に潜んでいて、たま〜に顔をチラリと覗かせてしまうような危うい感じがします。
また仮想天体のため、実際性や現実性の希薄さ、またその衝動が形として物質化できないということがその大きな特徴のようです。アングルにきた時には、その象意が非常に強まるのだとか。たとえば、
ASC.....その人のこだわりとかイメージづけが現実との兼ね合いを一切無視
して、あるイメージに支配される。自己愛的傾向が強くなる
MC/IC...職業や家系が、世の中のルールや社会性からの逸脱する傾向。
DSC.....結婚相手やつきあう相手にアストラル的な投影をする。
通常はリリスだけをチャート上で読みとろうとしても、実感は湧きにくいものなのかもしれません。他の天体と進行や経過などでタイトな合とか強めのアスペクトをとる時などが、その輪郭をおぼろげにでも知る機会になるかも知れないですね。
2.の場合のように、性的なシンボルとしても使われます。
赤ちゃんを出産した後の子育て業務に突入する母性のシンボルが月として、リリスはその前段階の人様には隠された作業分野のシンボルを担当しているということになるのでしょうか。でも、火星や金星や冥王星とはまたひと味違う、ハードでダークな、背徳的印象の強い使われ方ですよね。
月が日常性の象徴だとすると、リリスは「非日常性」の象徴ですね。月が正妻とか主婦なら、リリスは愛人、2号さん、不倫相手。月が子供なら、リリスは認知されていない隠し子。あと、日本的に言うと、鬼子母神のシンボルだとか。 太陽が象徴する公的・男性原理から月の象徴である女性原理が裏側にまわされ、家庭の中に隠されて閉じ込められていると仮定した際に、さらにその女性原理の裏側にまわされ否定されるのがリリスの立場だとすると、これは2重の否定になるのでしょうか。
でも、この場合に太陽の公的な男性原理からは逆に肯定される事になり....世に不倫の種はつきまじと....(^_^;)なるのでしょうか。なんだかだんだんと、リリスのまとっている感覚が、わかってまいりました。 いわゆる社会的なモラルや正義(土星、木星)からは認知されがたい感覚で、そのために後ろめたさやスリルを伴う性質のもので、形に今だしがたい衝動や欲求を担当する心の裏側の部分とも言えるのでしょう。で、それが社会人としての大人(MC)の分別を身につけられない、ではなく、そうなりたくないと断固拒否し続ける部分。
でもこれは確かに「光あれば影あり」の理屈からいうと、見過ごすことはできないポイントですね。また、社会的なモラルや正義といっても国によって時代によって変るものですし、永遠不変のものにはなりえない訳ですから、公的な有り様からはこぼれ落ち抑圧されている、アンモラルな欲求や衝動の中に、何か時代を読む反面教師っぽいエネルギーポイントがリリスには潜んでいそうです。
このリリスは誰のチャートにもあるポイントな訳なので、誰しも持っている、でも自覚しづらい「心の針穴」の部分なのでしょう。月の反応がオートマチックで無自覚であるなら、リリスの反応というのはさらに制御不能な印象なのですが、どうでしょうか。(しばし自分のリリスポイントを見つめて冷や汗....) 月が大衆の気分や流行を表わすなら、リリスは時代の流れに逆行した個人的な美意識やこだわり、固執もあらわすのだそうです。月が「世間の認知可能な共有イメージ」とすると、リリスは「認知しがたい非共有のイメージ」なのでしょう。
ここにはシーガルさんの文章にもあった「できるなら目を背けたい」部分や、モラル側からみた「タブー」意識にも関連をしてくるのかもしれません。恐いもの見たさの「見せ物小屋」、江戸川乱歩の猟奇小説などを思い起こしてしまいます。 月とリリスは、公認と非公認というように対比させることで、ともに合わせ鏡のようにしながら読むことも可能なのではないか?とも思いました。そこに地球公認または地球非公認という単語も加えることで、イメージの広がりが出てくるかもしれません。
で、この月とリリスが、同じ星座内で同座しているという点が、両監督のチャートの特殊性のひとつなのではないか?と思うのです。 で、お二人の合成図ではこの月リリスが合になり、金星と海王星とグランドトラインとなっていますし、同じく合成図での魚座太陽&木星&土星合と双子座月&リリス合とのスクエアなどにしてもたっぷり意味深で、じっくり考えてみたくなっちゃいます。
庵野監督の場合は、さらに火星天王星も同座しているのですから、とても興味深い。また水瓶座木星とゆるめですがオポジションの位置ですので、読みの上でのヒントになりますね。個人のチャートではなく、時代を読むチャートの場合では、一体どんな働きを表わしいるのかなと考えても興味は尽きないです。
月からみ3連発シリーズのラストはドラゴン。最近やけに気になるドラゴンなので、この良い機会にバッチリ頭にたたき込むつもりで整理してみます。(^_^)
※以下主に「占星術のシクミがわかる本」松村潔:著と「運命を把握するパソコン占星学入門」小曽根秋男:著、自分の覚え書き、その他書籍からの抜粋です。
<ドラゴンヘッド&テイル>
月の昇交点(ヘッド)と降交点(テイル)は、180度同士で位置している。月の軌道である白道と太陽の通り道である黄道との交点のこと。新月や満月が近くで生じる時に日食や月食となる。公転サイクルは約18年。常にチャート上を逆行。天体ではなく位置座標なので主体的な働きはしない。
人間の魂が地球に生まれる時の通り道/心理的なへその緒/無意識の源流との結びつき/自我の床下にある無意識領域との活発な扉/アストラルエネルギーの通路/人間関係の結合やつながり/社会との交流点/無意識のところでの親密な結びつき/ふと生じる他人との縁/集合魂
個の意識が曖昧なところで人と人が互いに無意識に反応してしまう部分/時代の流行や多くの人を巻き込むような事件に関する/ドラゴンが関わる天体は、その天体の意味が曖昧にされてしまう/自我の確立が曖昧になる場所、個や自我の独立からみると嫌な感受点/意識的なコントロールがきかない/知らず知らずに影響を浮けてしまう/漠然とした夢の中で触れているような働き
<ヘッド>
木星や金星に似た影響/未来の可能性を曖昧ながらも開く部分/努力の方向何を開発し努力しなければならないか/積極性/そこにいると元気の出る場所/活力を補給できる部分
積極的に行動しているときには、ヘッドのある星座やアスペクトに向かっていて、エネルギーを獲得している状態となるそうです。このエネルギーってのが、「アストラル・エネルギー」なのでしょうか。
<テイル>
土星や火星に似た影響/過去の業績/すでに獲得された能力/個人の性格の傾向/体験済みの事柄/そこそここなせる部分/消極性/自信がなくなると安易に戻りたがる部分/それに依存しすぎると新鮮な活力と勇気を与える未来は生み出せない/それ以上は落ちない最後の砦/自信を失ったり弱気になる時に逃げ込む場所、最低限の防波堤
だらだらしているたり、気弱になってくるとテイルの方向に引き戻され、エネルギーを散財していき、活力は枯渇してしまうのだとか。海辺の浅瀬に立って、寄せては返す波を見ていると、波が引く時に足元の砂がどんどこさらわれていくあの情けな〜い感じが、栗丸のテイル感覚です。(^_^;)
あと、川上がテイルで、川下がヘッド。水の流れがエネルギーだとして、川下に向かって立って足元の川の水の流れを見ているとすると、どんどこエネルギーが流れ去っていってしまう感じがしますが、逆に川上に向かって立って流れを見ると、どんどんエネルギーが自分に向かって流れてくる感じがします。この川の流れがドラゴンヘッドとテイルのイメージです。
で、ヘッドからテイルに向かって一方向にエネルギーの流れがただあるだけ、というのがこのドラゴンヘッド&テイルの大きな特徴なんだそうです。が、たかがエネルギーの流れということなかれ。これが馬鹿にならないのです。ドラゴンヘッド&テイルが、月の白道と太陽の黄道の交点で、地球外から地球に向けて流れてくるエネルギーの通り道&その扉なのだとすると、その影響はかなり重要かもしれません。もちろん天体としては存在していませんので、実体はないために曖昧模糊とした手ざわりとなるようですが、集合魂に触れるとかいう意味もあるそうですから、自分という個の枠を超えたところでのエネルギー補給のチャンス!となります。
月が実体を持ち、地球に関与しながら私たちになにがしかの影響を与えてくれているとすると、ドラゴンヘッドの位置に立つということは、パワーがアップするんだわ〜という意味だけではなく、もっとダイナミックな「時代の流れ」にも足をつっこみ参加してしまうぐらいの勢いがあるのでは?と思うのです。(集合魂だし)
ちょっと感受点別状況イメージを例にしてみますと、
リリス的なイメージって、深夜自宅でひっそりと、自分が発掘したマイナーアーチストのお気に入りCDを、ヘッドホンで膝を抱えながら聞きながら「ふふ..最高〜」とか独り言でつぶやきながら、ひとりひそかに鳥肌たてて聞き入っている姿....と、ようするに人様にはあんましお見せはできない自己陶酔系かな〜。(^_^;)
これが月の場合だと、超人気アーチストのコンサート会場で、観客の「共有イメージ」のシンボルになりきった主役の「スター」が、集った超満員の観客の熱狂的なエモーションを月の磁力で引きつけて、エーテル鏡でオーラとして反射しながら増幅させて会場全体でその熱いムードに同化している感じ。
あくまで例えなんですけど、歌手が「失恋」関係のメドレーを歌いだし、集った観客が別れた彼氏との楽しかった日々や過去の悲しくつら〜い失恋体験などを思い出して胸につまり、ハンカチにぎりしめつつだんだんと「思い出し泣きモード」に入っちゃって、会場中でうるうる鼻水ずるずる状態というのが....栗丸イメージのテイル側だとすると、コンサートがクライマックスさしかかってしまいに総立ち状態で、会場内エネルギー流れる流れる、うねるうねるの充満状態〜って時は、その会場中もうドラゴンラインの扉は開きまくり状態で、もうみんないっしょくたになって群衆で踊りまくっちゃって、隣りあった席の子たちとも盛り上がっちゃったから帰りは朝まで一緒に飲んじゃったよぉぉ〜と、それがドラゴンヘッドイメージです。(^_^;)活力補給だ〜い。
ドラゴンはヘッドにしろテイルにしろ、アスペクトする天体や星座にもよるとは思うのですが、なんか「他人」がらみで共に経験する、またはするはめになってしてしまう種類のものという気がします。個の境界は溶けて、集合して一緒にハマル感じ。で、栗丸のヘッドイメージの最たるものは「お祭り」「盆踊り」「御神輿わっしょい」なんですけどネ、変でしょうか? だって、町内会のおじさんおばさんもみんな集って張切って元気はつらつなエネルギー感たっぷりとしていますし。
つまり、こういったドラゴンヘッド&テイルの「他者を巻き込み、巻き込まれながら」のエネルギーの流れ、と仮定して、もう一度両監督のチャートをみ直してみると、興味深いと思いませんか? 両監督ともドラゴンヘッド&テイルのラインは重要ですし、合成図では月とリリスが合になりながら、ヘッド&テイルとTスクエアなのですから。