庵野監督見直し 2
Yamanakaさんが庵野監督の出生時間のレクティファイをされ、その出生時間のチャートを拝見させていただきました。 ずいぶん派手な座相と、偶然にもMCとリリスが合になることに驚いたのですが、それ以上に牡羊座の月がノーアスペクトとなることにも驚かされました。この仮出生時ですと、ASCは天秤座でMCは蟹座となります。どちらも自分のチャートと5度ずれているだけなので、いつも見慣れた12宮の配置です。

庵野監督の60年での出生図の予習で、「月とドラゴンヘッドとリリスとキローン」について書き込みをしながら、なんだか自分のチャートでの「ヴァーテックス/リリス/ドラゴンテイル」の3つの合に、庵野監督の金星の位置が近いなぁ〜などと考えていたのですが、この仮出生時間では庵野監督のノーアスペクトの月がピッタリ合になってしまいました。 人のチャートを見ているハズが、なんだかそれが鏡のように自分のチャートの解読にはねかえってくるようで....ホントに良い勉強になりますぅ。(^_^;)ウウ
●ASC、MC、太陽について
で、この仮出生時間でのASCとMCでは、12室と12宮との割り当てが通常の牡羊座から魚座までとは転倒した配置となります。 初期設定としての個の出発点が、天秤座から始まっていますので、他人から見た庵野監督の印象としては、あたりの柔らかい社交的な人付き合いの良い交渉力のある人物となるのでしょうか。 目指すMCは蟹座。さまざまな経験を通して、獲得してくことが身近な他人である家族的な集団の間での「情感の再生」とするとこれはエヴァのテーマとも符号が合いますね。
太陽のある9室双子座はどうでしょうか。双子座のテーマは「私は選ぶ−多くの知識を吸収し、行動を選択しようという意識」だそうです。行動の選択の手段として、9室的な深遠で抽象的な哲学、宗教、神秘思想等の知識の吸収が行なわれていたのでしょうか。双子座ですから、それらはあくまで個人的な動機からその探求がなされている訳で、その動機となっているのが冥王星とキローンとのTスクエアの痛みからであることは想像ができます。
何事も主観的に論理化してしまい、「感情」でさえ考えに考え抜いて論理化してしまいたいという双子座の欲求が冥王星で折られた後に、やっと蟹座MCによる「情感」の再生となる、のでしょうか。ここはなんだかTV版最終話で、主人公のシンジがえんえんと行なう「自問自答」のシーンを思い起こしてしまします。
この太陽は双子座水星のゆるい合とともにTスクエアの座相を作り、あとはASCとの120度、山羊座始めの木星との150度だけ。木星はICと合ですから、この双子太陽との150度が、家庭的な事柄、親密な関係の小集団との調和、その調整を課題としている、と見ることが出来るかもしれません。
●月について
月の状態はどうでしょうか。牡羊座のキーワードは「私は存在する−自分の存在を主張したいという意識」。これって、エヴァ最終話のシンジの「僕はここにいてもいいんだ」というその消極的な結論と、語調が正反対ですね。(^_^;)言ってることは同じなんだけどな〜。
ここは7室ですから、他者との関係において発せられている言葉になるのですが、シンジのTV版での気弱さ加減から察するに、「僕はここに存在していてもいいのだろうか?僕はその価値がある人間なのだろうか?」というのが、彼の自問自答のテーマであり最大の悩みであった訳で、ちょっと考えてしまいます。
こじつけて考えれば、牡羊座はヴァーテックスの側のある位置。この彼の問いかけの結論が「そうなってしまう結果」として機能した、となるのでしょうか。またサビアンではこの月の位置はすご〜く活力たっぷりで、生命力の強い場所です。
火星も同座していますので、天秤座ASCのあたりの柔らかさとは対照的に、親密な他者との協同関係においては、子供っぽいぐらいのワガママな部分をガンガン押しだしてしまい、このトラブルメーカー的火星はMCとは90度ですからこれは社会生活上では不利に働いているかもしれません。でこの月の位置は、宮崎監督のリリスと合となります。また庵野監督の火星の位置は宮崎監督の月の位置と合。
宮崎監督のリリスを、その公明正大なまっとうな作風の「自我の影」になった部分としてみて、そこに月のある庵野監督がそれを「外界の印象として吸収」して反射してしまった...とみるのも面白いかもしれません。 というのも「エヴァンゲリオン」で庵野監督はかなりの注目を浴びたのですが、SG学習会でもKENNYさんが話題にされたように、それを受け取った対象というのはごく限られた年代の層である訳で、宮崎監督の「もののけ姫」の配給収入やその観客動員数の大きさから考えると、エヴァンゲリオンのヒットもそれには遠く及ばず、栗丸にはむしろ時代のアダ花的な要素の方が強く感じられてしまいます。
庵野監督の「エヴァンゲリオン」という作品からにじむ特異なムードは、「月とリリス」の対比からも理解できるような気がします。表裏で一対を成す「月とリリス」の「公認/非公認」の関係性にも似て、宮崎監督の「もののけ姫」が公認され得る、一般的な感覚を持った作品だとすると、そこからは取りこぼされてしまうだろう、それとはまったく異なる感性を持った層が、エヴァののもたらしたその「福音」を受け取る側にまわったのかもしれません。(栗丸の場合は、どちらの作品にも深く感動してしまったのですけれども)
宮崎監督のリリスと合になる庵野監督のこの月自体は.....ノーアスペクトです。座相としては感受点である12室のドラゴンヘッドと150度をとるのみ、あとはノーアスペクトです。アスペクトを行動としてみると、ここも「自閉」しているということになるのかしら。ノーアスペクト月が庵野監督にとってどういう意味を持って機能しているのかは、もうちょっとよく考えてみたいところです。
余談ですが、ノーアスペクトの星は「暴走」する、という側面がありますけど、最高潮の生命力と活力を持つ位置のこの月が「暴走」するというのは、「月=母」だけに、ついついエヴァの初号機だけが3度も突如「暴走」してしまうシーンとイメージがダブってしまいます。やはりシンジの母ユイのしわざか....(((^_^;)
●ASCの天秤座ルーラー金星
ASCのルーラーの金星はどこにいるでしょうか。8室での牡牛座22度は、持って生まれた芸術的センス、またその資質や能力を通じての社会参加で「達人」となる、サビアン5度域の中でもひときわきらびやかなシンボルを持つ位置ですね。
これを8室という、人と人を結びつける深く強烈な感情とその力関係の中に持ち込み思う存分発揮することによって、庵野監督のASCは活気づくのでしょうか。牡牛座金星8室には、どうも18禁な官能的なイメージも漂います。(^_^;) 双子座水星とASC120度でみるに、この官能的な感覚が、水星の持つストーリテリングにはかかせない要素/味つけとなったのでしょうか。
面白いなあと思ったのは、この金星が4室土星と12室ゴラゴンヘッドと土のグランドトラインを形成すること。またこのGTは、チャート上の他の天体とはこの金星が11室天王星と90度の座相がを持つ意外は、あとはほとんどメジャーなアスペクトをもちません。11室という未来イメージの中で、天王星的な「ハイテク/独自な発想/奇抜さ/シンクロ/孤立」等のキーワードを持ちながら、この8室牡牛座の感覚とは90度の座相となるのですね。
ここの部分と、金星自体の芸術センスが、山羊座土星との120度を持つあたりが、エヴァのアニメの中で語られる近未来の設定が、新旧の風俗のごった煮の様相だったことを思い起こさせます。伝統的な古き良き時代の日本の風情や小道具が、それなりにハイテクな未来都市の意匠と一緒くたに共存していたことが、すごく妙で面白く感じたのです。
電源コード付きで戦うエヴァなども、説得力が妙にあって、おかしいぐらいの土っぽい実際性がありましたもの〜(^_^;) 獅子座天王星と牡牛座金星90度の座相があることによって、一見アンバランスにも思えるこれらの設定が、また独特の雰囲気を作品にかもしだしていたのでしょうね。
金星の持つ土のGTの持つ働きを、まず山羊座4室土星で自己の足場「家庭」を安定化させ、牡牛座8室で官能的なおはなしの中で酔わせつつ、乙女座12室のドラゴンヘッドは個としての自覚と実際性を保ったまま独りで魂の調整作業に突入することによってアストラル的活力を補給させる、と読むのはどうでしょうか。 この土のGTはチャートの他の天体から「浮いている」印象がどうもあるのですが、8室金星がASCのルーラーであることと、4室の土星が例の93年の天王星/海王星合の位置にあることで、チャート上重要性を持っていることは推測できるのです。
ドラゴンヘッド/テイルの位置はどちらもかなり強烈な印象のあるサビアン。テイルの側が「降霊会の霊媒」な訳ですから、超越体験だの悟りだのというオカルトチックな位置に立っていては「活力はもれて低下」していってしまう訳で、ここで向かうべきヘッドの側が、「実務的能力の発達と達成」を示していることはとっても大事なことのように思えるのです。ここのオカルトチックな庵野監督の魚座テイルに、トランジットの土星は1995年の5月下旬にピッタリ合をした後、それから逆行したりしながら、1996年の2月にもう一度合となり、4月には牡羊座へと抜けていきます。 (エヴァ放映時のチャート参照)
これもまた栗丸は、どうしても地下鉄サリン以降のオウム事件と、エヴァのTV放映時期とはなにかシンクロとしていたと考えずにいられないのです。 トランジット土星が、庵野監督の魚座テイルにかかる霧のようなもやのようなオカルト愛好意識をバッサリ切って「安定化」させた時期が、この同時代の世相とも何らかの反映をしあっていったのではないのか?と思えてしまうのでした。
●MCとリリス合について
この仮出生時間ですと、蟹座4度MCは蟹座5度リリスとピッタリ合。なんかできすぎだぞという感じはしますが、これで読み進めてみます。
MCのルーラーの月は7室牡羊座でノーアスペクトでした。7室という協同者、パートナーのお部屋にいる月は、庵野監督の場合、仕事の協同関係のガイナックスの中で発揮されているのだとみると良いかもしれませんね。 7室には今T土星がきていますので、なにかと気分は鬱屈としている時期かも。
この同じ牡羊座火星に、T土星が合の時である97年3月に劇場版エヴァが公開されていたのですね。今年の4月にN月合T土星となる時にはリバイバル上映が予定されているというのも面白いです。ノーアスペクトである月を大衆の気分の反映とすると、この再上映の頃にやっとエヴァ・フィーバーも安定、鎮静化するのかも。
さてこのMCのルーラー月がノーアスペクトであるのに対して、本来は「影」であるリリスの方はとても派手なアスペクトを以下のように形成しています。
蟹座リリスMC合
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宮崎駿監督のチャート
乙女座冥王星★----/--:--\----☆ ←牡牛座木星土星合
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/\ : /\
蠍座海王星★----\--:--/----★魚座キローン
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山羊座IC木星

このリリスの座相は、あとは7室火星とASCと90度をとるだけ。パーソナルな天体&感受点とはそれしか座相をとらないのです。なので、この派手な座相も個人よりも世代的な座相に属するのでしょうか。おまけにつけた宮崎監督の出生図での木星土星合と重なると、きれいなグランドセクスタイルになります。
世代的な座相とはいいながらも、その中でも動きの早いリリスがMC合と木星がIC合となるところは魅力。集合的な「非個人性」の軸にくるこの2つの天体の意味を考えるとワクワクします。MCの「その人の社会における自己実現のイメージ」が、まったくその意味とは正反対ともとれる「成長を拒否している部分、自我の影」を表わすリリスに合です。これに対して正反対に位置するIC木星をどう解釈することができるでしょうか。
180度は「自覚を促す」座相です。この4室山羊座木星を、現在の社会構造(山羊座)を安定化させている公認された規範(木星)、集合的な足場(4室)と見ますと、エヴァの作品を成り立たせていた足場、裏側の支配権力構造(委員会、ゼーレ)は、キリスト教(木星)的な世界観を色濃く持っていたことを思いださせます。
エヴァの作品が意外にもキリスト教的な世界観・宗教観に覆われそれを下地にしていたことは、ビデオを見て栗丸が一番ショックなことだったのですが、この庵野監督のチャート上でも山羊座木星は冥王星とも120度ですし、盤石の安定した権力基盤としてICにどん、といすわっています。
その社会構造や世界観に対しての「成長の拒否」とこのリリスを読めばよいのでしょうか。そして「情感の再生」をMCで果した後に、サビアンでの「新しい生命形態」の提示となるのでしょうか。以降の11室獅子座天王星で「自我の欲求の表われとしての変革、革命、刷新」を未来イメージとして持っていますが、でもその後にくるのは乙女座冥王星。もう一度ここで全てを「破壊」しつくしての個の再生が、11室から12室にかけてのテーマとなるのであれば、やはりこの蟹座リリスはかなり危ない兆しを見せているように思えます。
しかし冥王星と木星はどちらもこの水のGTのカイト根っこ部分にあたりますので、木星の安定も冥王星の破壊も、座相の中ではすでに予定調和として用意されたものとなるのでしょうか。
時期表を作っていて発見したのですが、TV版エヴァの放映開始時の1995年10月に、ちょうど庵野監督のNリリスにTリリスが合しています。リリス回帰(?)の時期にこのGT「海王星/神秘的なファンタジーによる、リリス/成長を拒否した魂の影の部分の、キローン/傷とその癒し」が発動したのかなと思うと、これもなんだか面白いですね。

●海王星のYOD
このリリスを含んだ水のGTの中で、一番遅い天体の海王星は、7室火星と9室水星との間でYODを形成しています。火星、水星というパーソナルで早い天体と作る座相なので、ここも要チェックですね。 この火星と水星の60度の間に、月、金星、太陽という個人的な天体がスッポリはさまれているのも面白いです。
このYODの読みはどうなるでしょうか。エヴァ風に言うと、火星/戦い、バトルが、水星/14才までの少年少女によって行なわれ、その調整、作戦は、海王星/神秘的な手段によって行なわれる、とも読めるかな。 海王星には「芸術、ファンタジー、理想」という象意もありますが、ここが蠍座なだけに、物語の上で得体の知れない影響力を持つ秘密主義者の碇ゲンドウ司令とこの位置とが、だぶって見えてきてしまいます。
そういえば使徒迎撃の向う側にある人類補完計画という「理想」も、作品中では委員会から碇司令への個人的なものにとだんだん移しかえられていきました。主人公のシンジ達が闘う相手の使徒達の得体の知れなさ加減も相当なもので、漠として曖昧な秘密の敵であることもこの海王星チックなイメージです。
海王星を現実逃避と読むと、シンジがその逃避からひっぺがされる手段が「エヴァに乗る事/闘い」であったこともこのYODをほうふつとさせます。 この位置の海王星は2室でMCとも120度。これは6室のルーラーでもあります。庵野監督の資質、芸術的天分も表わし、アニメという作品手段によって収入を生み出しているのも象意通りということですね。
このYODの根っこの海王星に天体がトランジットで合をした時期をあげてみますと、中学3年から高校1年(T天王星による変化、改革)にかけて、大学2、3年(T木星による発展)、「王立宇宙軍」の製作時期(T冥王星による徹底的な変革)、エヴァTV製作時期(Tドラゴンヘッドによる前進、進化、大衆の支持?)、ラブ&ポップ公開前(Tキローンによる癒し?)。上記のトランジットの海王星との合によって、創作的意欲が刺激され、その都度新境地を築くことになったのでしょうか。
通常はYODの根っこの方が、60度のアスペクトを持つ2つの天体に「使われる」のだそうですが、庵野監督の場合は外惑星の方が監督の個人的な資質と熱意を「使う」側にまわっていたのでは?という印象を持ちました。