これぞ純文学の作家達
「おカルトお毒味定食」 松浦 理英子・笙野 頼子
河出文庫
私が持っている「おカルトお毒味定食」についての情報
出版社
河出書房新社
出版形態
文庫本
価格
550円
初版出版日
1997年4月4日
当時の版・刷
初版
当時の出版日
初版出版日に同じ
装丁
ミルキィ・イソベ
初刊出版日
1994年8月
*この頃似非純文学が多いような気がする。小説のみならず、作家も
加えての話だ。とにかく純文学というのはシリアスでなければならず、
自分の経験を生かした、難しい単語をやたらと使いたがる、気取った小
説。書く側の作家も肩に必要以上の力を入れて自分一人で純文学という
ジャンルを、日本語のすべてを背負っているような顔をしている。
そんなに肩に力を入れて気張っていなければ書けないなんて、本当は
無理して書いているんじゃないのか、とつい外野側としては言いたくな
ってしまう。
人生での経験が将棋に生かされるとは思わない、と羽生五冠王は言っ
たが、小説だって経験がなければなんにも書けないことはないだろう。
何も経験がなくても書ける、とは思わないがどんな形でも一度きちんと
した恋愛をすれば、不倫でも腐れ縁の関係でも書くことは可能になると
思う。
それに純文学だから面白いと思ってはいけない風潮は何とかならない
ものだろうか。
松浦理英子の作品は決して実体験ばかりが元だ、とは言いにくい作品
ばかりである。一方、笙野頼子は難解な文体といわれながらもつい「面
白い」と呟きたくなるような部分が存在する。だからといって自分に無
理して書いている印象を二人は与えることはない。
この二人の対談をまとめたこの本は、二人が生まれながらの純文学作
家であることを明らかにしている。骨の随まで、生活の細部に至るまで。
やはり、こういう人たちが書いてこその純文学じゃあないだろうか。
こんな二人を女性だからといって「女流作家」でくくってしまうなんて、
自ら首を絞めるような行為に感じる。
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