絶対音楽、古典派の系譜を踏む恩人のブラームスが死んでから、交響詩を量産するなんて、ドヴォルジャークも純朴そうな性格ぽいふうしてイヤラシいところがあるな……とずっと思っていたのですが、チェコの詩人のエルベンのバラードに素材を得た4つの曲が書かれたのは1896年、ブラームスの死の前の年なのですよね。私の考えすぎだったようです。さておき、晩年の円熟した作品であるにも拘わらず、同じ作曲者の交響曲ほどにこれらの交響詩の聴かれていないのは、残念です。
古典的な様式に則った交響曲の構成の均整美の親しみやすさに比べて、自由なスタイルを示す交響詩という形式が、少し聴いたところでは取りとめない印象を与えるのかもしれません。しかし、「新世界」交響曲まで聴いて「まあ、ドヴォルジャークのオーケストレイションというものは、大体わかったワ」などと思うのは早合点。ワグネリアンの資質を本来的に具えていたこの作曲家の、この細微に彩られた神秘的な音の綾を聴き得て、ようやく、その到達した美学を語られるべきでありましょう。
最近、ノイマン指揮、チェコ・フィルによる盤が、スメタナの交響詩集とのカプリングの2枚組で廉価にて発売になったので、大いにこれをおすすめしたいと思います。添付の藁科雅美さんによる、何小節からどうこういう場面でという標題音楽としての解説があって、これも重宝しますが、まずはそれは大まかに読んで、純然と音楽のみに遊ぶ聴きかたでもよいでしょう。渋いチェコ・フィルの響きを、理知的に、しかも気高く毅然とした民俗色をもってさばくノイマンの棒は潔いもの。1977年の録音。
2枚目に収められた、1974年録音のスメタナの作品も、聴きものです。連作交響詩「わが祖国」以外の、全3曲の交響詩に、シェイクスピア祭のための祝典行進曲。ドヴォルジャークの晩年のファンタスティックな交響詩群とはまったく対照的な、勇壮な作品ばかりで、用いられている主題がどれもカッコいいのです。「ヴァレンシュタインの陣営」なんて特に。大いに盛り上がりを聴かせる傑作揃いです。ドヴォルジャークともども、ここでもまたアナログ時代のノイマンの精力的な演奏を楽しめます。
●参考CD
○ドヴォルジャーク:交響詩「水の精」作品107、「真昼の魔女」作品108、「金の紡ぎ車」作品109、「野鳩」作品110、スメタナ:交響詩「リチャード3世」作品11、「ヴァレンシュタインの陣営」作品14、「ハーコン・ヤール」作品16、シェイクスピア祭のための祝典行進曲
・ノイマン指揮、チェコ・フィル(日コロムビア(SUPRAPHON) COCQ-84041-2 2枚組) →♪amazon.co.jp