●No.583 ドヴォルジャーク:交響曲全集(ノイマン/CPO)。(2004/12/01)

 影響云々といった話を、前回、シューマンとグリークの協奏曲を取り上げて、書いてみました。影響を受けて自己の個性の殺がれることを躊躇するあまりに見聞を閉ざすのも、影響が昂じて個人崇拝のようになってしまうのも、いずれの態度も自身の成長を妨げるものでしょう。が、なかなかその釣り合いを健全に保ちながら、これを昇華していくというのは、凡人にはむつかしいものだとも思います。案外、純朴で邪気のない人柄であるほど、それを器用にこなしていくのではないかと私は感じもしますね。

 ドヴォルジャークには、そういう、素直に影響されつづけてきた成長の過程が聴かれると思います。9つの交響曲群を順に辿っていくと、おもしろくあります。1、2番は、シューベルトなどからの保守的な系譜をさらっていく具合で、これが3番で幻想的なワーグナー色を極端に強めたと思うと、4番でそれを引き継ぎながらもブラームスふうな堅牢な形式感を得て、ついに5番ではドヴォルジャークらしい牧歌的な音楽に到達します。ここで、第1次のジンテーゼに至る。そうしてますます、民俗色を深めます。

 6番がそれで、しかし同時にこのころになるとブラームスの影響が濃く現われてきます。終楽章の冒頭など、ブラームスの2番の同楽章に、よく似ています。プラハを出てウィーンに来ることをブラームスに誘われ、苦悶のうちに書かれた7番はますますその影響を強めながらも、それを超克しようとする葛藤が聴かれ、次の8番ではこれが見事に昇華される。第2次のジンテーゼでしょう。4、7番という2つのニ短調の交響曲が、つまり、止揚の位置付けにあたる。その過程に健やかな印象を私は受けます。

 そういう衒いや気取りのない、変に斜に構えない、自然な影響のされかた。自分への取り込みかたに、この作曲家の敬虔な性格が感じられますね。やはり、素直な人柄がいちばんなのでしょうな。ノイマン/チェコ・フィルのアナログ時代(1968〜73年)の全集が、恐ろしく安い価格で国内盤で出ています。これは、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管時代からのこの指揮者の気骨と、硬派で精緻なアンサンブルを誇っていたチェコ・フィルの至芸を愉しむこともできる記録でもあり、お薦めしたいものです。

 ※追記(2005/03/01):2度めの全集になるデジタル録音のもの(1981〜87年)も、廉価で国内盤で再発売になり、聴きなおしてみました。音質は、やはりこちらが澄んでいます。しかし、最初の全集に聴く覇気と鋭くエッジの切れた、硬質ながらも質朴な響きは求められず、齢を重ねたこの指揮者の几帳面な棒裁きに、実直にオーケストラの織られる生真面目な印象を感じます。よく言えば、辛さの利いた落ち着いた解釈と思いますが、いずれを採るかとなれば、私はまず、最初のものを選びます。

●参考CD

○ドヴォルジャーク:交響曲全集、交響的変奏曲、スケルツォ・カプリチオーソ、ノットゥルノ
・ノイマン指揮、チェコ・フィル(日コロムビア(原盤Supraphon) COCQ-83697〜703 7枚組) →♪amazon.co.jp
○ドヴォルジャーク:交響曲全集
・ノイマン指揮、チェコ・フィル(日コロムビア(原盤Supraphon) COCQ-83919〜24 6枚組) →♪amazon.co.jp

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