晩年はフクロウのようなムサ苦しい風貌をしていたブラームスですが、若いころの肖像画を見ると、いまでいう「イケメン」であったようですね。20代半ばのころ、ある公爵家で、貴婦人の集う合唱団を指導していたと、伝記に書いてありました。何もなかったのでしょうか。庭先でのデートの最中に、屋内から流れてくる料理の匂いに「ちょっと失礼」と席を立ったきり戻ってこなかったり、女性のほうからほのめかされながら「結婚で束縛されたくない」と言ったり、野暮な逸話の残るひとではあったけど。
ブラームスは、無伴奏あるいはピアノを伴う世俗的な、また宗教的な合唱曲を、その生涯の広い時期に渡って多く書いています。メンデルスゾーンのそれと並んで、独墺ロマン派のこの分野での重要な作品群なのですが、今日の好楽家にはあまり聴かれてはいないようですね。特に無伴奏のものに、愛らしく親しみやすい傑作があふれていると思います。モーツァルトの宗教曲集でも好演を聴かせた、ニコル・マット指揮するヨーロッパ室内合唱団の新譜は、いい意味で中庸さを保つ歌唱でした。
メロディを書く才には、あまりこの作曲家は長けていなかったという論調を読むことがありますが、たとえば作品62の第1曲の「ロスマリン」を聴いてみましょう。少々、俗なほどに思われる可憐で甘い音楽ですよ。こんな歌を指揮者自らが自分たちのために書いてくれたら……若い女性の団員たちは指を組んで、胸に押し当て、その「イケメン」も手伝って、瞳を潤ませてブラームスを崇めたことでしょう。私にその楽才があればそれを濫用したことと思いますが、天は公正に才能を配分していますな。
ああ、いまのは誤解を招きかねない表現でした。何か私が、作曲はできないかわりに、別な方面にはマメなように読めてしまいますが、そんなはずはありません。強がりを言えば、広く音楽を楽しむことのできる心を与えられてあることに感謝すべきだと、恰好をつけたい。それがために、こうしてCDを買いすぎてしまうことを「結婚で束縛されたくない」と考えるのは、ブラームスの心情に通じもしましょう。駄弁はさておき、「静かな夜」(ドイツ民謡集)に優しく口説かれてみるのもわるくないものです。
●参考CD
○ブラームス:合唱曲集
・マット指揮、ヨーロッパ室内合唱団(Brilliant Classics 92179 8枚組) →♪amazon.co.jp、→♪@tower.jp