「わが恋の終わらざるが如く、この曲もまた終わざるべし」と、第3楽章のスケルツォの譜を破く。むかしの映画、『未完成交響楽』で有名な場面です。シューベルトを題材にとった、フィクションの恋愛映画でした。私もこどものころ、NHKで観たことがあります。今日、シューベルトのこの曲の有名であることは、この映画によるところも大きいのでしょう。周知のとおりこの「未完成」交響曲は、第2楽章のアンダンテまで書かれ、つづくスケルツォはスケッチを少し残したところで、筆が折られています。
これを補筆して、普通の4楽章編成の形にまで「完成」してしまおうという試みはむかしからあり、ブライアン・ニューボールドという音楽学者のなしたものが知られています。録音も複数あるようですね。マッケラスの指揮する、エイジ・オブ・インライトゥンメント管のものを、いま、私は聴いておりました。ピリオド系スタイルの英国の楽団のようです。第3楽章はスケッチを素材としてニューボールドが組み立て、何も残っていない終楽章にはバレエ音楽「ロザムンデ」間奏曲第1番を転用しています。
この終楽章は単に「ロ短調」という調性で座らせているだけで、他の楽章との有機的な連関はまったくありません。さて、4つの楽章を通して聴いてみると、違和感は否めないけれど、なかなかおもしろい趣向です。第3楽章も、とてもよく出来た仕事ですよ。また、史料的価値云々を抜きにして、鋭利で軽快なマッケラスの指揮も、冴えています。哀愁にもたれかからない、ドライな解釈だと思います。ただ、やはりこの交響曲は、第2楽章のアンダンテで終わって、余韻を残すのがいいですよね。
実際、この交響曲が「未完成」に終わったのは、梅毒に侵されていた作曲者が、草稿を机の引き出しに入れたまま忘れたのだという説もありますが、もし「わが恋の終わらざるが如く」といった話が仮にでもあったとすれば、「恋」の完成というのはどの時点を指すのかという疑問もわきます。「結婚」のことではないらしいということは−と、私がそう書くと、ヤッカミぽい話かな。このまま歩いているのが(アンダンテ)、私は気が楽だけれど。でも、シューベルトは次に「ザ・グレイト」を書いていますね。
●参考CD
○シューベルト:交響曲第8(7)番「未完成」、5、9(8)番「ザ・グレイト」
・マッケラス指揮、エイジ・オブ・インライトゥンメント管(英Vergin 7243 5 61806 2 8) →♪amazon.co.jp