先日、カール・リヒターの指揮したブルックナーの交響曲第4番の録音が発売になったという話を聞いて、そんなレパートリがこの指揮者にあったのかと驚きました。残念ながら、私はまだその盤を聴いておりません。興味の募るところです。リヒターは、J.S.バッハの権威として知られた名匠ですが、このブルックナーにまで時代を下りなくても、従来から録音のあることのわかっているハイドンやモーツァルトの幾つかのものについてさえ、正当に評価がなされていない憾みがあると、私は思います。
しばらく前に、そのなかのハイドンの交響曲が再発売されました。「驚愕」と「時計」です。1961年3月の録音。オーケストラが、なんと、ベルリン・フィルなのですよね。1961年と言えば、カラヤンが勢いを得て、このオーケストラをいよいよ自分の楽器に鍛え上げたころです。脂の乗り切ったクーベリックのシューマン、新進気鋭のマゼールのシューベルトの交響曲なども、同時期のベルリン・フィルの好演として思い出されますが、リヒターの芸風は、カラヤンからはいかにも遠い印象がありましょう。
この珍しい顔合わせのハイドン、オーケストラが鋭敏に指揮者の求めに反応し、大バッハでも聴かせるところであった、リヒターの気高く清潔な造形感覚に妙味を漂わせています。大人数の編成を用いることは、さすがにありませんが、そうした部分の差異ではなく、カラヤンとは対蹠的と言ってもいいリヒターの個性を、自然に計らいなく現している。揶揄を含めて、カラヤン治世下のベルリン・フィルを「機能美」と批評する向きもあるけれど、素直に指揮者の才能を映し出させる名器だと思います。
ビーチャム風のウィットを求めるかたには、リヒターの解釈を少々生真面目に思われるかもしれません。しかし、厳格荘重というのでもなく、鋭く斬れるなかにユーモアが閃光のように走る、味わい深い内容と思います。こういうハイドンを聴かせることのできた指揮者は、他にライナー、セルくらいしか、私には思い浮かびません。輪郭が精細に映えるのは、遊び心がその懐にゆとりを持って潜んでいるからこそなのでしょう。締め上げた巧妙さだけでは、こういう色気はハイドンから出てこないですね。
●参考CD
○ハイドン:交響曲第94番「驚愕」、101番「時計」
・リヒター指揮、ベルリン・フィル(日ユニバーサル UCCG-9440) →♪amazon.co.jp
○ハイドン:交響曲第88番「V字」、第95番、第101番「時計」
・ライナー指揮、シカゴ響(88番)、交響楽団(95&101番)(米BMG 09026-60729-2)
○ハイドン:交響曲第93〜98番
・セル指揮、クリーヴランド管(米SONY MB2K 45673 2枚組)