年末、「第9」の季節、前回の「ゆらこめ」で、たまたまドヴォルジャークの「第9」を取り上げたのを機に、シリーズということでつづけてみます。今回は、ショスタコーヴィチの「第9」を。初演当時は物議を醸したようです。「我がソ連最大の作曲家、ショスタコーヴィチがいよいよ『第9』や!」「ベートーヴェンもシューベルトもブルックナーもマーラーもドヴォルジャークも、皆、壮大な『第9』を書いて死んだ」シューベルトとドヴォルジャークは、考証するに当時は7番、5番と呼ばれていたと思いますけれど。
スターリンを初め、ソ連の要人たちは、きっとそんなふうに考えをめぐらせ、大作を期待したろうと思います。ショスタコーヴィチも、そんな気配は感じていたでしょう。ところが、出来上がった「第9」交響曲は、30分にも満たないコミカルな調子の作品。当局は怒りました。私の手元にあるノイマン盤の柴田龍一さんの解説を読むと、「形式主義的、西ヨーロッパ追従的」と批判されたらしい。ショスタコーヴィチも、以前にこの手の批判で吊るされた経験がありながら、なぜ、この「第9」だったのでしょう。
ここは、節を曲げても、第7交響曲「レニングラード」みたいな派手な大曲を書いておけば、「チチンプイプイ」と、当局のご機嫌を損ねずに済んだろうに。そう私が言えば、作曲者はこう言うかもしれません。「だいたい『第9』にゲンを担ぐことが、社会主義レアリズムに背いとるでしょう。唯物論の総本山が、たかだか交響曲の番号に因縁つけるなちゅうねん!」しかし、実のところ案外、ショスタコーヴィチ自身が、「ワシはこだわっていない」とこだわって、この番号を軽くいなしたのかもしれませんね。
ヨタ話はさておき、しかし、ショスタコーヴィチの第9交響曲は、古典的な引き締まった形式のなかに、軽妙洒脱な楽想の楽しく踊る、愉快な音楽です。7番からこの9番までの交響曲群は、第2次世界大戦中に書かれたことから「戦争3部作」とも呼ばれますが、この9番には戦争の陰惨さを感じさせません。うがった見方をすれば、諧謔的に時勢を捉えたものなのかもしれませんけれども。ハイドンや、また、ベートーヴェンでいえば8番の交響曲のユーモアに通じるものを感じさせるものでもあります。
CDでは、バルシャイがWDR響(ケルン放送響のことのようです)を指揮した、近年、話題になった全集を取りましょう。これは、ショスタコーヴィチの交響曲を、ともかくも全集で揃えておきたいというかたにも、強くお薦めできるものです。録音もよし、価格も恐ろしく安い。バルシャイの解釈は、ソ連・ロシア系の指揮者のショスタコーヴィチの演奏にありがちな血なまぐささがなく、すっきりとした印象を与える内容で、飽きさせません。9番でも、小気味よく明快な解釈で、愉悦溢れる演奏を聴かせます。
●参考CD
○ショスタコーヴィチ:交響曲全集
・バルシャイ指揮、WDR響(BRILLIANT CLASSICS 6324 11枚組)