インド国旗

インド共和国

歴 史 基本情報 (時差・通貨・交通・ビザなど)
宿泊・食事・ショッピングなど


アジャンタ洞窟寺院 エローラ洞窟寺院 デリー
アグラ ジャイプール YUKIKOのインドパニック!




【デリー】

〜〜〜タージマハルの基礎にもなりました〜〜〜

■フマユーン廟 Humayun's Tomb


ここは、1556年に階段から転落死したムガール帝国第2代皇帝フマユーン帝のために、第一皇妃ベガ・ベガムが建設を命じ、10年がかりで建てられた墓廟です。

※ 写真をクリックすると拡大画像と詳細がご覧いただけます。


ペルシャ人ミラク・ミルザーギヤースによる設計ですが、ペルシャタイルの替わりに白大理石を使用するなど、新機軸を打ち出し、後のタージ・マハルを代表する ムガール建築に大きな影響を与えました。


〜〜〜インドで一番高い建造物〜〜〜

■クトゥブ・ミナール Qutb Minar


デリーの中心街が南へ16km下った郊外に位置。 インドで最も高い石造建築物です。

クトゥブ・ミナールは、クトゥブッディーン・アイバクが、1193年、ヒンズー教領主プリトゥヴィ・ラージ・チャウハーンを破って デリーに王朝を開いたのを祝う、勝利記念塔です。

Qutb1 Qutb3 Qutb2 Qutb壁 Qutb内部

ミナール(ミナレット)はイスラム教モスク(礼拝堂)にある、祈りの時を知らせるための尖塔です。
塔の高さは72m、5層に分かれていますが、アイバクの時代に作られたのは第3層まで。
唐草模様などイスラム特有の装飾が施されています。

敷地内には鋼鉄の柱が立っています。 柱に刻まれているサンスクリット語によると、 チャンドラ王(グプタ朝)を記念し、ヴィシュヌ寺院のために4世紀頃作られたことが分かり、 この鉄柱が別の場所にあったものを運んで来たと考えられています。 1600年以上を経た今でも柱は倒れず、錆ず、世界の7不思議に数えられているそうです。


〜〜〜オールド・デリーの城塞〜〜〜

■ラール・キラーLal Qila(レッド・フォートRed Fort)


1648年、ムガル第5皇帝シャー・ジャハーンはアグラからデリー北部に遷都しますが、 その遷都に先立ち、1639年に、まずこの城塞を建設しました。 ジャムナー川を背後に、城壁の内側には多くの宮殿が造られています。

Red Fort

ラールキラーの前(チャンドニー・チョウクの南側)にはデリー最大のモスク「ジャマー・マスジット」があります。


〜〜〜永遠の火が灯る慰霊碑〜〜〜

■インド門 India Gate


大統領官邸や政庁のあるヴィジャイ・チョウクから東西にのびるラージ・パット通りのはずれにあります。
Gate1 Gate2

これは、第一次世界大戦で、英国のために戦って死んだ兵士に捧げられた慰霊碑です。 高さ42mのアーチには、1万人以上の兵士の名前が刻まれています。 1931年に完成し、1972年のインド独立25周年に、無名戦士のために永遠の火が灯されました。



【アグラ】


〜〜〜あまりにも有名な総大理石の霊廟〜〜〜

■タージ・マハル


ムガール第5代皇帝シャー・ジャハーンが、妻のムムターズのために建てた霊廟です。
左右対称、総大理石造りのこの建物は、その美しさゆえ、あまりにも有名です。
高さ5.5m、縦横94mの基壇の上に、高さ58mの霊廟と、四隅に高さ42mのミナールが建っています。
正面 斜め 全景 内部



〜〜〜シャー・ジャハーンの悲話が残る〜〜〜

■アグラ城


アグラ城は、1565年、ムガール朝第3代アクバル大帝によって築かれ、その後ジャハーンギール、シャー・ジャハーンによって補強、増築されました。

外観 夕景 内部 内部

妻のためにタージ・マハールを建てたシャー・ジャハーンは晩年、息子のアウラングゼーブにこのアグラ城に幽閉されました。
毎日、妻の眠るタージ・マハールを眺めて暮らしたといわれます。


〜〜〜廃都となった勝利の町〜〜〜

■ファテープル・スィクリー Fatehpur Sikri


アグラ市の南西20kmに位置するムガル時代の王都の跡です。 16世紀、この辺りにスィクリーという村があり、シュイク・サリーム・チシュティというムスリムの聖人が住んでいました。 跡取りのいないアクバル大帝は、その名声を聞き、彼のもとへ子宝祈願に行きました。 そして、自分の子供が生まれると、サリームと名づけ、さらに聖人の住居の側に王都を建設しました。
後に、この町はグジャラート軍に対する戦勝を記念して、ファテープル(勝利の町)と呼ばれました。

ディワーニ ファーテプル 柱 video許可証

城内には、皇帝謁見の間「ディワニー・アム」や、五層の宮殿「パーンチ・マハル」、 マリアム・ウズ・ザーマンの宮殿、シャイク・サリーム・チシュティの霊廟、 ジャマー・マスジット(金曜日のモスク)など見どころがいっぱいです。



【ジャイプール】


〜〜〜風の音が聞こえますか?〜〜〜

■ハワー・マハル Hawa Mahal (風の宮殿)


1799年、マハーラージャ・サワイ・プラテープ・スィングによって建設されたユニークな宮殿です。
丸い庇と格子のついた左右対称な出窓が並ぶ、5階建て。
王妃や後宮たち女性が、顔を見られずに町の様子が見物できるようにと工夫されています。
そのため、映画のセットでもあるかのように、横幅に対してほとんど奥行きのない壁のような建物になっています。

風の宮殿全景 風の宮殿裏側 らくだ

夏になると、入り組んだ格子の間を風が吹き抜ける音がするので、この名前がつけられたといいます。

〜〜〜占星術を取り入れた天文台〜〜〜

■ジャンタル・マンタルJantal Mantal(天文台)


ジャイプールの創設者、マハーラージャ・サワイ・ジャイ・スィングによって建設された天文台です。 彼は、サンスクリット語、ペルシャ語が堪能で、数学、天文学の研究者でもありました。 日時計や星座儀、子午線儀、天球経緯儀など、巨大な建造物が整然と並んでいます。 天文学と占星術と深く結びついていて、観測機器もペルシャの占星術やヒンズー密教の影響が感じられます。 ジャイ・スィングはムガル皇帝に天文学の才能を買われ、この後デリーやベナレスなど各地に観測所を建設しましたが、 ジャイプールのものが最大です。


天文台 風の宮殿裏側
天文台の高い建造物に登ると……「あっ、風の宮殿の裏側発見!」

〜〜〜質実剛健・堅牢な城〜〜〜

■アンベール城 Amber Palace


ジャイプールの北東約11kmの山上に、城塞と宮殿跡があります。 山の麓から象に乗り、約150mの坂を登ると城門に到着します。


[象は4人まで乗れます。片道20Rsでした。]

城内には、「公衆謁見の間」や「ヒンズー寺院」、豪華な私邸などがあります。 けれども、ジャイプールのシティパレスに比べると、質実剛健な造りで、戦闘機能としての雰囲気が漂っています。



アジャンタ洞窟寺院 エローラ洞窟寺院 デリー
アグラ ジャイプール YUKIKOのインドパニック!



【国別編】へ
 戻る
【遺跡編】へ
 戻る
【民族編】へ
 戻る
topへ戻る 【旅の情報】
 へ
【おもしろ
 リンク】へ





Mail: ykyk@mb.infoweb.ne.jp


Copyright (c) 1998. All rights reserved by yukiko k