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アケメネス朝ペルシャ帝国の首都

(BC550頃〜BC330頃)

ジャムシード王の玉座とも呼ばれる「ペルセポリス」は
歴史と美術に興味ある方なら、きつとイラン観光の最大のハイライトでしょう。
そして要塞「アルゲ・バム」、ゾロアスター教で有名な「ヤズド」の“沈黙の塔”
シラーズ、イスファハンと興味は尽きません。
女性にはちょっと煩わしいと思われるチャドルですが、これも旅の良い思い出になります。

ペルセポリスとその周辺 アルゲ・バム ヤズド シラーズ
イスファハン テヘラン YUKIKOイランパニック!




豪華な宮殿群古代ペルシャの英雄ジャムシドの都市

【ペルセポリス】(アケメネス朝 紀元前5世紀)

シラーズの北60kmにあるペルセポリスは、クー イェラッマット(慈悲の山)の山腹に386×473mの大テラスを作り、城壁を設けて建築されています。

この都市は古代ペルシャの元旦の大祭用、もしくは秋の収穫祭のための首都です。大祭には、アケメネス帝国の20数ヶ所から朝貢者が集まり、各属州の特産物を帝王に献上する儀式が行われました。

後にここは炎上し、廃虚となりましたが、今世紀に入り修復・公開されています。1979年にユネスコより世界遺産の指定を受けており、イラン観光のハイライトともいえる遺跡です。

     
ペルセポリス遠景
「ダリウス一世宮殿・タチャラ」
ペルセ門 peruse1
「万国の門の人面有翼獣身像」
馬 レリーフ
「百柱の間」牡牛彫刻と
「アパダナ東階段レリーフ」
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「中央宮殿への階段」
アパダナ階段 双頭鷲
「アパダナ東側階段」と
「双頭鷲グリフォン像」

創建者:ダリウス大王

[万国の門](クセルクセスの玄関)
切石積みで出来ていましたが、現在は前後の出入口、屋根を支える4本の石柱が残るのみ。 一対の牡牛像と人面有翼獣身像があります。壁の上部にはクセルクセス一世の創建銘が、古代ペルシャ語、エラム語、 新バビロニア語の楔形文字で刻まれています。

[百柱の間](70×70m)
クセルクセス一世が創建し、アルタクセルクセス一世が完成。属州の朝貢品を帝王が受け取る場所で、 正面に8柱2列、計16本の柱廊があります。 奥の広間は計100本の石柱がありました。出入口は4階に各2ヶ所ずつ設けられ、 王座かつぎ、謁見図、帝王と怪獣/動物闘争図の浮き彫り彫刻があります。

[アパダナ](謁見の間110×90m)
ダリウス一世が創建し、クセルクセス一世が完成。ペルセポリス最大の宮殿です。 高さ2.6mの基壇の上に作られています。当時、宮殿内の壁は獅子や牡牛をデザインした 彩色タイルで飾られていました。 北と東に大階段があり、特に東側階段の左右の壁面にある属州の朝貢者達の姿を描いたレリーフは必見です。

[中央宮殿](会議の間15.5×15.5m)
北と東に階段があり、獅子と牡牛の闘争文、会議のために宮殿入りするペルシャ・メディアの 高官たちのレリーフがあります。

[磨崖王墓]
東側の山腹にアルタクセルクセス二世、三世、ダリウス三世の墓とされる 磨崖墳墓が見えます。上段には、王とゾロアスター教の神アフラマズダ、 聖火檀のレリーフがあります。




【周辺の遺跡】

■ナグシェ・ロスタム
壁画
(アケメネス朝) ペルセポリスから北東に約6kmの場所にある磨崖王墓 。 高さ150mの断崖に4つの王墓が並んでいます。 右からクセルクセス一世、ダリウス一世、アルタクセルクセス一世、ダリウス二世のものとされていますが、確認されているのはダリウス一世のもののみ。 いちばん右のクセルクセス一世の墓が最も保存状態がよく、美しいレリーフが見られます。 墓はギリシャ十字形で、「王座かつぎ」の玉座の上での王の礼拝の姿がくっきり残っています。

(ササーン朝)
アルダシール一世騎馬叙任式図4.2×6.7m   騎馬のアルダシール一世(左)が城壁冠をかぶり、左手にゾロアスター教の聖枝バルサムを持つアフラマズダ神(右)から王冠を受け取る場面。ギリシャ語とパーラビ語で銘が刻まれています。
「これはアフラマズダを崇拝する、神に等しいイランの諸王の王、神の子孫、神に等しいパーパクの子、アルダシールの像」(左)
シャープール一世騎馬戦勝図7×15m   3人のローマ皇帝と戦って勝利を納めた功績をたくさん彫らせたシャープール一世の勝戦図のひとつです。ササーン朝磨石レリーフの代表作。中央にシャープール一世。左前方に2人のローマ皇帝(エデッサの戦いで捕虜となったヴァレリヌス一世とフィリップ一世・アラブ帝)。王の背後には、ゾロアスター教の最高指導者カルデールが描かれています。

■パサルガダエ

アケメネス朝ペルシャのいわば故郷といわれている場所です。 この地方の部族国家の王にすぎなかったキュロス2世ですが、やがてオリエントを支配する大王になります。 死後、故郷の宮殿そばに葬られています。 そのキュロス大王の墓を始め、大石檀、宮殿跡、庭園跡、拝火檀跡が約2kmの範囲に点在しています。


墓
キュロス大王墓

簡素な石積みなのに威厳があります。(左写真)

ソロモンの牢獄

切石積みの建築物の残骸です。拝火神殿跡との説もあります。

宮殿と庭園

300×250mの庭園を囲んで、玄関、謁見の宮殿、住まいの宮殿、2つの亭があります。 入口の壁には、「有翼人物像」のレリーフが残っています。


■カリムハーンの要塞 ザンド朝時代、王宮の一部でした。1749年に建てられ、要塞のイメージを持つ建物です。 現在は警察本部になっていて、内部の見学はできません。

■ナグシェ・ラジャブ ペルセポリスの東北3kmに位置。従者と馬上のシャプールの授与式が描かれたレリーフが残っています。

■ビシャプール カゼルーンの西10kmに位置。ビシャプールの谷にあるササーン朝時代の街の跡です。

■フィールーズ・アバード シラーズの南東110kmに位置。旧名はグール。ここには貴重な浮き彫りや、アケメネス宮殿の遺跡、ササーン朝の拝火教寺院があります。




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