お散歩日記
タオの日記

ジョン太の夫が書く日記。
夫婦で一緒に居ても、思うことはそれぞれ。
同じこと考えてたり、なかったり、そんな普通な毎日です。

出産当日のこと
 Date: 2001年02月28日 (水)

2月28日(水)小雨、午後3時7分、体重2918g、身長46cm、男児誕生。
母子健康。万歳!

曇り空の朝、私たち夫婦は病院に向かった。

前日、病院には事前に連絡しておいた。予定日を1週間近く過ぎたが、
赤ちゃんに会う日がとうとう来たのだ。入院するために用意したバッグを抱え、
マンションのドアを締めた。「なんだか旅行するみたいだね」なんて
2人で笑いながら、部屋を出た。

9時に病院に着き、さっそく入院準備を済ませた。
部屋から外を眺めると小雨がパラツキ始めている。
どうかこの雨のように、心穏やかな日になりますように。

ナースステーション横にある陣痛室で、点滴を受けながら彼女は午前中を
過ごした。私はベッド横のソファでずっと付き添っていた。陣痛はなかなか
始まらず、出産までにはかなり長い時間が掛かりそうに思われた。

陣痛が始まったのは、12時になり、ご飯を食べている時だった。
突然痛みが訪れ、その間隔はいきなり短かった。10分間隔どころか、
3分間隔ぐらいからそれは始まった。ただ、陣痛の波がおさまれば、
ケロリとした顔になるので、私もその時は安心していた。でも、しばらくすると
陣痛は1分間隔ぐらいになり、かなり痛そうになってきた。私はベッドの横に
座り、彼女の腰をさすり続けた。私にできるのはそれぐらいなのが情けない。

とぎれとぎれの声で「痛くない」と彼女が言うので、意味が分からず私が聞き返すと
「ずっとさすってて痛くない?」と彼女がもう一度言った。陣痛の最中に、
私のことを気にするなんて!私が彼女のことを気にしなければいけないのに。
なんだか涙が出そうになってきた。

そのまま陣痛の間隔がほとんど無くなり、分娩室に移されることになった。
かなり苦しそうで、自分で歩くことが出来なかったため、私と看護婦さんで
分娩室に彼女を運んだ。このとき午後1時45分。看護婦さんにどれぐらい
掛かりますかと聞いたら、もうすぐですよとの返事だった。時間を聞くと、
30分ぐらいとのこと。なんだか今にも産まれそうな雰囲気だった。

私は出産に立ち会わない予定だったので、彼女が分娩室に入ってからは、
扉の外の廊下で待つことになった。しかし、ここからがとても長く感じられた。

30分を過ぎてもまだ産まれない。1時間が過ぎた時はさすがに心配になった。
中で一体何が起きているのだろうか?分娩室に出入りする看護婦さんに聞いても
もうすぐですよとしか答えてくれない。もしかしたら帝王切開になったのでは
ないかと考えたりもした。彼女の体が心配だ。でも、ここは信じて待つしかない。

椅子に座れば良いのだが、何だか落ち着かない。廊下をうろうろしながら、
扉の外側で、誕生の瞬間を待った。人から見られたら、かなり恥ずかしい状況だ。
そうやって待っていると、やはりいろんな人が廊下を通りすぎる。そのたびに、
壁に背をもたれて、なんでもないふりをする。でも、目は扉に釘付けだったりする。

産声を聞きたかった。子供が産まれる第一声を、この耳でちゃんと聞きたかった。
会社に定期連絡しなければいけないのに、携帯で喋ってる間に産まれたらと思うと、
電話できなかったり、親子連れが新生児室を見に来てて、子供がはしゃいでると、
そんな大きな声出したら聞こえないよお、なんて思ったりして、待ってるあいだ、
ずっとやきもきしていた。

そのとき、ふと自分の親のことが頭に浮かんだ。
私の親も、私が生まれる時はこんな感じでいたのだろうか?
この廊下が、その瞬間の過去に繋がっているような不思議な感覚を覚えた。
タイムスリップして、自分が生まれるのを、親の目を通して見ている、そんな感覚だ。

時折、彼女の苦しそうな声が扉の中から漏れてくる。
声の調子が変わり、助産婦さんの励ます調子も変わってきた。
助産婦さんの掛け声に合わせ、彼女のいきむ声がようやく聞こえてきた。

午後3時7分、男の子誕生。元気な産声もちゃんと聞こえた。
何だか嬉しくなって、誰彼問わず「産まれたよ」と話しかけたい気持ちで
いっぱいになった。さっきまで、あれだけ人が通るのを嫌がっていたのに、
この心境の変化はどうしたことか?我ながら苦笑してしまった。

新生児室に運ばれた赤ちゃんは、まだ目も開けてなかった。
誰もがすることだとは思うが、私もやはり無意識に、赤ちゃんの手足の指を
数えたりして思わず確認してしまった。とりあえず無事であることにほっと一安心。
ただ頭がちょっと細長いのは笑ってしまった。産まれたばかりはこんな形で、
いずれ元に戻るものだとは知っていたけど、いざ実際に見るとやっぱり笑える。

眠っている赤ちゃんはとてもおとなしい。時々くちびるの端をちょっと持ち上げ、
何だか微笑んでいるようにも見える。どんな夢を見ているのか、とてもご機嫌そうだ。

しばらくして、分娩台にいる彼女に会わせてもらえた。私が彼女の横に来ると、
彼女は少し泣いていた。タオルで涙を拭いてあげた。後で彼女に聞いたのだが、
ほっとしたら涙が自然に出てきたそうだ。

車椅子に乗せられ、部屋に戻る前、新生児室にいる赤ちゃんを2人で一緒に見た。
赤ちゃんはちょっと目を開けていた。やっぱり笑っているように見える。
自分たちの子供をこうして2人で見ている。そのことがとてもとても不思議に思えた。



指輪の秘密
 Date: 2001年02月27日 (火)

1年前の今日、私たちは結婚式を挙げた。

せっかくの結婚記念日なので、何か書きたいのだが、
今夜は2人の時間を大切にしたい。

日記は別の機会にして、今日は以前友だちに
送ったメールを掲載させてもらいます。

結婚が決まった友達に送ったメール。
件名は「指輪の秘密」。

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指輪の話を書きます。

もしひとつだけ「言葉」を持ち歩けるとしたらどんな言葉を選びますか?
私はそんな基準で指輪に彫る文字を決めました。

私が選んだのは「おおむね良好」という意味の"mostly good"という言葉です。
別にお気に入りの言葉でもないし、座右の銘でもありません。
何を彫ろうか考えたときに心に浮かんだ言葉が「おおむね良好」だったのです。
自分が信じているものであり、今ではお守りのような言葉です。

なぜ「おおむね良好」という言葉なのかといえば、いくつか理由があります。

まずは、結婚を決めてから、短い期間で結婚式の準備をしたときの実感が
「おおむね良好」でした。いろいろ決めなければいけない問題も多く、
結婚式の直前ではほんとうに間に合うのかと思ったほどでした。
それでもなんとかなるものです。結婚準備期間は山あり谷ありの連続でしたが、
結果は「おおむね良好」でした。

そして私たち夫婦はこれからも「おおむね良好」であると信じています。
決して楽しいことばかりではないはずです。つらいことや悲しいことも
これからたくさんあると思います。でも自分の今までの過去を振り返り、
また、彼女と付き合い始めて結婚するまでのことを考えたとき、
結果的には「おおむね良好」でした。そしてそれはこれからも続くと信じています。

人生というのは考え方次第でどのようにも変わるのだと思います。
仮に全く同じ人生を歩んでいる人たちがいたとして、同じ人生なのに、
ある人は幸せだと感じ、ある人は不幸せだと感じるかもしれません。
幸福は絶対的なものではなく、相対的なものです。
幸せだと感じる人が幸せなのだと思います。

だから私たち夫婦は「おおむね良好」です。でも、もしそう思えないような
状況がおとずれたときは、そう思えるように現実のほうを変えていく行動力も
必要だと考えます。二人で力を合わせて「おおむね良好」と思えるように
努力していきたい、そんな願いもこの言葉に込めています。

"very good"を望むのではなく"mostly good"でありたい、
そう思えるような柔軟な心とそれを実現する行動力を持っていたいと願います。

実際、指輪に彫られている文字は、私が"2000.2.27MG-mostly"で、
彼女が"2000.2.27MG-good"です。"2000.2.27"は結婚記念日です。
"mostly good"をお互いの指輪に彫りたかったのですが、
注文したお店から18文字以内と言われ、"2000.2.27mostly good"だと
20文字になるため、"mostly good"を二人で分けて"MG-mostly"と"MG-good"に
彫ることに決めました。二人の指輪を合わせて一つの意味になるので、
結果としてはこのほうが良かったのだと思います。

これもまた「おおむね良好」です。
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こんな口癖
 Date: 2001年02月23日 (金)

出産予定日が過ぎた。

遅れるのはある程度予想されたことだが、ジョン太はがっかりしている。
予定日を目標に今まで頑張ってきたのだから、ジョン太の気持ちも
分からないでもない。だけどお腹を見下ろしながら、
「遅れるなら連絡ほしいのよね」と話しかけるのは、いかがなものか?

さて、ジョン太は実家には帰らず、こちらで出産することになっている。
私たちは2人暮らしなので、いざ出産という時は、私がジョン太を病院に連れて
行かなくてはいけない。平日の日中は、私は仕事、ジョン太は家事をして、
それぞれ過ごしている。もし、ジョン太が一人でいる時に陣痛が始まったらと
思うと気が気ではない。いつも連絡取れるようにしてるが、仕事をしながらも
そわそわしている毎日だ。

そんなわけで、仕事中にジョン太から連絡が来たら、すぐ駆けつけて、
病院に連れて行かなくてはいけない。そうなれば仕事もそのあいだは
ストップしてしまう。何を置いても駆けつけるつもりだが、
いつそのタイミングが来るのか、やはり気にはなる。

最近の私の口癖は「そんなことやってたら、子供が産まれちゃうよ」である。

得意先から無理難題の面倒なことを頼まれたら、
「え〜、そんなことやってたら、産まれてしまいますよ」

発注先から仕事が遅れそうだと言われたら、
「そんなんじゃ、その間に産まれちゃうよ」

上司から急な書類の提出を命じられたら、
「産まれちまうぜ(と心の中でつぶやく)」

と、こんな具合である。

できるだけ迷惑は掛けたくないので、そう思ってしまうのであるが、
実際その時が来たら、仕事どころではないような気もする。
まあ、そんなに何度もあることではないので、
多少のことは目をつぶっていただきたい。

ちなみに、ジョン太の口癖。
帰りが遅くなるのを私が告げると、
「産まれちゃう、産まれちゃう」

夫婦、どっちもどっちである。



君の名前をプレゼンテーション
 Date: 2001年02月21日 (水)

 床にずらりと並べた紙がある。
 名前を大きくそれぞれ書いてある。
 さあ、生まれてくる子供の名前を考えよう!

なかなか壮観な眺めである。
子供の名前を考えるに当たって、苗字とのバランスも考慮に入れる必要がある。
私はパソコンを使って、A4の紙に縦書きの楷書体で、候補の名前を次々に出力した。
それを見ていると、ああ本当に生まれるんだなあと、なんだか思えてくる。
今日は、お互いに考えた名前を並べて、候補を絞り込んでみることにした。

しかし、そのことについて書く前に、
おととい起こった事件について書かねばなるまい。

私は、この日のために準備していたメモを探していた。
名前の本などを見ながら、気になる名前を、そのメモに書き付けていたのである。
そのメモがない!!どこにしまったのか、部屋の中をいろいろ探すが見つからない。
ジョン太は、私のそんな姿を見て、「何してるの?」と聞いてきた。
私は「名前書いたメモ探してるんだけど知らない?」と言うと、
「・・捨てたかもしんない」と、一言。
すっ、捨てるなあー!!

とんでもないやつだ。しかも確信犯の匂いがする。
私が考えた名前を披露すると、ことごとく却下していたので、
わざとメモを捨てたのではないかと思われる。真相は藪の中。
※「私はなんでも捨てる性格なので、わざとではない」と後に、ジョン太は語った。

え〜、さて、そんなこんながあって、なんとか思い出しながら、名前を打ち出した。
私は男の子の名前、ジョン太は女の子の名前を考えた。
どちらが生まれても良いように、との配慮である。

読み方が同じ漢字のバリエーションや、止め字が同じグループなどに分けて、
並べてみた。お互い、あ〜だ、こ〜だ言いながら、絞り込んでいく。
整然と並べられた名前たち。候補から外れた名前は、そこからどんどん取られていく。
まるでカルタ取りのようだ。

そうやって、かなり絞り込めたのだが、近頃ずっと名前を考えていて、
不思議に思うことがある。それは、最初の頃いいなと思ってた名前が
それほどでもなくなったり、突然思いついた名前がけっこう気に入ったりと、
日々感じ方が違うことである。ま、人はそれを優柔不断と呼ぶのだが・・。

名前が打ち出された紙を、時間をかけて見ることで、
お互いに気に入るような名前が残れば良いなと思う。
悩ましい日々はもう少し続きそうである。



『ガープの世界』のように
 Date: 2001年02月18日 (日)

先日『ガープの世界』という映画を久しぶりに見た。もう何回見たことだろう。
何度見ても飽きることがない、私にとっては特別な映画だ。

原作はジョン・アービング。残念ながら原作は読んでいない。
監督はジョージ・ロイ・ヒル。『明日に向かって撃て!』をつくった名匠。
そして主人公のガープを演じるのは、まだメジャーになる前のロビン・ウィリアムス。
名作と呼ばれているが、そんな予備知識がなくても、とても面白い映画だ。

ストーリーは、単純に言ってしまえばガープの一生ということになるだろう。
しかしこの映画の良さを説明するのはとても難しい。
なぜなら、あらすじを聞いて受ける印象と、実際に映画を見て感じる印象と
では、まるで違うはずだからである。だからここでは詳しい内容は書かない。

短いエピソードを積み重ね、ガープが赤ちゃんの時から、少年から青年へ、
そして結婚をして、家族をつくり、そして終えていくまでが、鮮やかに
描かれている。そのエピソードのひとつひとつが私には心地良く胸に届く。
とても個性的な人に囲まれて、とても変わった人生を送るガープ。
しかしそれがふつうのように思えてくる。

人生は喜劇であり、悲劇でもある。
この映画の中で、ガープの人生は思いがけないことばかり起こる。
ふつうなら悲惨な話になりそうなところを、あくまでも淡々と物語は進み、
その語り口調は爽やかですらある。それはガープを始めとする人々が、
気負わず、ごく自然に前向きな考え方をするためではないかと思う。

人生は思い通りにいかないことがいつも多くある。
そんな時どうすれば良いか、この映画はその心構えや対処の仕方を教えてくれる。

私は常々思うことがある。人生は『ガープの世界』のようであると。
これから自分の人生がどうなるかは分からない。
もうすぐ子供が生まれて、これからは自分たちで家族を築いていくことになる。
いっぱい良いことも悪いこともあるだろう。
そんなとき『ガープの世界』が伝えてくれるメッセージをいつも思い出したい。

人生は可笑しくて、悲しくて、そして、愛すべきものであるということを。



稼ぎを待つ者
 Date: 2001年02月14日 (水)

今日、世間ではバレンタインである。
仕事をしている私としては「義理チョコ」は多少なりとも縁のあるもの。
会社の女の子などからもらうのだが、嬉しい反面、申し訳なく思う気持ちもある。
無理して用意してくれなくても良いのだが、そう思うのは私も年を取った証拠だろうか?
しかしここに私がもらう「義理チョコ」を心待ちにしている者がいる。
ジョン太である。

仕事が終わり、家に帰ると「チョコもらった?」と聞いてくる。
私がもらったチョコを見せると、「開けていい?」と言い、勝手に開け始めた。
「これ知らないなぁ。(裏のラベルを見る)あ、モロゾフだ。こんな名前(ブランド)でも出してるのね」
「あ、メッセージが付いてるよ。『奥様と仲良く食べてください』だって!」
「これはアーモンドにチョコをまぶしたもの。美味しいんだよ」
一人でぶつぶつ言いながら、包装を解いている。それを横で見ている私。

ひと通り見終わると、おもむろに仕舞い始めて一言。
「じゃ、これは産まれてからね」 お〜い!

ジョン太は、私が「義理チョコ」をもらって帰るのを心待ちにしている。
こんなに楽しみにしている人も珍しいと思う。
どこの家庭でもこんな感じなのだろうか?
もらった「義理チョコ」は、ありがたく2人で一緒に食べさせていただきます。

そしてジョン太からもらった手作りのチョコレートケーキ。
甘すぎず、しっとり柔らかでとても美味しかった。
やっぱりこれが一番だな(というか、まだ比べようがないのだが)。



肉体労働の日
 Date: 2001年02月12日 (月)

営業所をリニューアルするからと、3連休のうち2日間出勤を命じられた。
今日はその2日目。前回搬出した荷物を運び入れるのが、今日の仕事だ。

朝9時からスタートのはずが、8時40分ごろ携帯に会社から連絡があった。
「奥さんは大丈夫か?」唐突な挨拶である。
「もう入院したか?産まれたか?」一応気を使ってくれてるようだ。
「いえ、まだです」「そうか、もうそろそろ始めるぞ。何時ごろ来れる?」
「もうすぐです・・」用件は、"呼び出し"であった。
時間に遅れてる訳でもないのに何で?なんだかいやな予感がした。

会社に着いてみると、予感は的中した。人手を欲していたのである。
今日は、土曜日に搬出した机やロッカーに加えて、金曜日までに運び入れた
個人の荷物が入ったダンボール箱の山も運び込まなければいけないらしい。
かなりの重労働になりそうだ。

リニューアルしたフロアは、まだ工事の途中だったため、空きスペースに
ダンボール箱を運び込む作業から始めた。次々に積み上げられるダンボール。
もう足の踏み場もないほどだ。荷物は、階下の空きフロアに置いてあるものを
運ぶだけで、そんなに距離はないが、何度も往復していると、さすがに疲れて
くる。運び込むだけ運ぶと、しばらくは工事が進むまで待たなければいけない。
そして次は机とロッカーの搬入。業者の人と一緒に運ぶ。今度はネットワークの
工事とやらで、また待ち時間となった。ようやく工事が完了すると、我々の出番だ。
個人の荷物が入ったダンボール箱を、それぞれの机の横に置く作業に掛かった。
流れ作業でどんどんみんなの机の横に、ダンボール箱が積み上げられる。
ちょっと壮観な眺めだった。

私はけっこう荷物が多いほうだと思っていたのだが、実はそうでもないようだ。
積み上げられたダンボールを見ると、誰の荷物が多いかは、こんな時に分かる。
意外な人が、実はすごかったりする。一体どこにそんな荷物を隠してたんだと
疑いたくもなる。今回のリニューアルの前に、みんなかなり荷物を捨てたはず
なのだが・・。どうしたものやら。

机の横に積み上げられたダンボール箱の荷物は、明日各自が整理することになる。
そんなわけで営業所のリニューアルは予定通り完了した。
みなさん、お疲れ様でした。

さて、ジョン太は臨月に入り、お腹もかなり大きくなり、最近疲れやすいと言う。
お腹が重いらしいのだ。私は今日、肉体労働に励んでいる時に、
ふとある言葉を思い出した。
昔、人から教えてもらった、ちょっとしたコツだ。
その言葉とは、

”(腕で荷物を持とうとするな)重たいものはヘソで持て”

どっこいしょっと。


一緒に暮らそう
 Date: 2001年02月11日 (日)

去年の今日、私たちは引越しをした。
正確にはその前日に彼女が引越しをして、私が1日遅れの今日、荷物を運び込んだ。
あれからもう1年になる。

思えば当時は忙しい毎日だった。結婚式を間近に控え、披露宴の打ち合わせ、
新婚旅行の準備に加えて、引越しの準備も同時にしなければならなかった。
平日は仕事に追われ、週末は結婚の準備に追われ、どこにも休む暇が無く、
本当に結婚式までに全てのことを間に合わせることができるのかと、
それだけが気掛かりだった。そんなだから、引越しをして、これから2人で
一緒に住むことになる意味など深く考えたこともなかった。

私たちは1年前の1月から部屋を探し始めた。親切な不動産屋さんの案内で、
いろいろ教えてもらいながら、部屋を紹介してもらった。私たちはそれまで
お互いに一人暮しをしてたので、部屋を探すのは初めてではなかったけれど、
2人で住むとなるとどんな部屋が良いのか、実はよく分かっていなかった。

「新婚さんはやっぱりコーポがいいですよ」という不動産屋さんの意見で、
まずコーポを見ることにした。確かにコーポは広くて、ファミリー層に人気があり、
駐車場付きの物件も多い。しかし遠い・・。会社から遠いのは通勤手段に困る。
仕事で遅くなることが多いので、バスや電車の最終が出た後でも帰られるように
したい。かといってマイカー通勤は無理だし・・。郊外のコーポは広くて安かった
のだが、結局諦めることにした。

街に近くなると、コーポは物件がぐっと少なくなるので、今度はマンション探しに
方針を変更した。エリアをいくつか変えて物件を紹介してもらい、部屋の感想を
好き勝手言いながら、希望条件を絞り込んでいった。実際に、いろんな部屋を
見てみると、気に入ったところとそうでないところが分かり、自分たちの好みが
はっきりしてくる。そうやって私たちはやっと気に入った部屋を見つけた。
ほとんど1日掛かりのことだった。見た部屋の総数、なんと約20部屋!
前に見た間取りのことを言われても、もう頭の中はゴチャゴチャで、片っ端から
忘れていたような気がする。でも不動産屋さんは文句も言わずにいっぱい
紹介してくれた。不動産屋さん、あの時は本当にありがとうございました。

私たちが選んだ部屋は、ちょっと狭いけれど、日当たりがとても良く眺めも良い。
街に近く、会社まで自転車で約10分の近さで、生活も便利だ。すぐ近くに山も
あり、自然にも恵まれている。食事をするお店もたくさんある。
本当に良いところに引越したと思う。

そして、引越し当日のこと。前日彼女の荷物は運び込まれていた。最小限に抑えた
彼女の荷物はコンパクトだった。その荷物を見ていると改めて感慨にふけってしまった。
今まで住んでいた彼女の部屋はすでに引き払われている。もうここ以外に彼女の帰る
ところはないのだ。私は初めて責任というものを感じた。

引越し業者により、私の荷物も次々に運び込まれていった。なんだか手持ち無沙汰
なまま、時間が過ぎ、引越しは終わった。私たちの新しい部屋。2人の荷物がある。
それぞれの掃除機、それぞれの傘立て。お互いの荷物が混じり合っている。
私の荷物と彼女の荷物、いずれもよく見知っている荷物が、ひとつの部屋に置かれている。
奇妙な感じだが、なんだか安心する。結婚とは、お互いの個性がこんなふうに混じり合うこと
なのだと実感したのを、今でも覚えている。

もうすぐ子供も生まれる。いずれまた新しい部屋を探す必要が出てくるだろう。
だけど私たちは一緒に暮らし始めた日のことを、きっと忘れることはない。


手持ち無沙汰の日
 Date: 2001年02月10日 (土)

営業所をリニューアルするからと、3連休のうち2日間出勤を命じられた。
第1日目。朝9時、予定通り出勤するとすでにスゴイことになっていた。
人がワサワサいたのである。

ある程度予測されたことだが、それにしてもあのスペースに、あの人数は多すぎる。
リニューアル担当の某オフィスメーカーの人たちを始め、NTTや、会社の
ネットワーク担当者、ビルの管理会社の人たちなどが一つのフロアにひしめき合っていた。
そこに私たちが、手伝おうというのだから、もう完全に定員オーバーである。

いったいこのフロアに何人いるのだろうかと、何度か数えてみようとしたが、
忙しく人が出入りするので、とうとう人数を把握することはできなかった。
日本野鳥の会に、正確なカウントをお願いしたいような状況だ。

今回のリニューアルに際しては、前日までに一時保管場所となる階下の空きフロアに、
自分達の荷物をみんなで運び入れていた。そして机やロッカーなど大型の荷物は
リニューアル初日に業者の人達によって運び出されるという手順である。
私達はそれに立会い、指示し、手伝うという役割になる。営業所の男性陣のほとんどが
今日出勤していたが、正直いなくても、物事はつつがなく進行しそうな気もした。

とりあえず運べるものは運んでしまおうと、私達はみんなで右往左往していた。
観葉植物やホワイトボードなど、思いつくひと通りの物を運んでしまうと、
することがなくなり、みんな手持ち無沙汰になった。自然とタムロする格好になる。
その間も、業者の人たちは一生懸命自分たちの仕事に励んでいる。
「なんだか、ジャマしてるみたいだな」と誰かがボソッとつぶやいた。
「・・・・・」
「ん!会議室のイスがあるぞ。あれを持ってかなきゃ」
「そうだ。会議室のイスだ。あれを持っていこう」
「イスだ。イスだ」わぁーー。
誰かがやることを見つけると、みんなで我先にと群がる。
なんだかおもちゃを見つけた子供のようだ。とほほ。

そんなドタバタを繰り返した甲斐もあり、予定より早く荷物の搬出は完了した。
明日は業者の人だけが出て、リニューアル工事。
そしてあさってはまた私たちも出勤。今度は搬入だ!
場当たり的に搬出した今日の荷物を、今度は運び入れなければいけない。
行きはよいよい、帰りはこわい。今から先行き不安である。
どうなることやら。



謎のTORI塚さん
 Date: 2001年02月07日 (水)

絶対笑うから聞いてみてと、ジョン太から渡されたカセットテープは、
予想以上に面白いものだった。ラマーズ法のレッスン(音楽付)である。

レッスンテープを聞いてみた。まずラマーズ法についての説明があり、
その後いよいよレッスン開始である。一通り説明が終わると、テープの声は、
「それでは音楽に合わせた呼吸の指導を、この音楽を作曲されたTORI塚さんに
お願いします」と言った。ん?誰だよTORI塚さんて?私はこの唐突に現れた
TORI塚さんの存在が気になって仕方なかった。
しかしTORI塚さん(男性)の「はい。さっそく始めましょう」の一言でレッスンは
開始されてしまった。

「音楽に合わせて、わたくしが『吸って、吐いて』の掛け声をかけますから、
 それに会わせて呼吸をしてください」
「それでは深呼吸からです」
唐突に音楽(ラジオ体操風)が流れ始める。
「吸うぅってえぇ〜ん。吐いてえぇ〜ん」甘くささやくような声だ。
しかも音程は合ってない。

しばらく繰り返して、音楽とTORI塚さんの掛け声が停まった。
私の頭の中はTORI塚さんで、すでにいっぱいである。
この後、TORI塚さんは「鼻歌で歌えるぐらいになるまで練習しましょう」と
おっしゃった。

ジョン太は「ね、笑えるでしょ?みんな真剣に聞いてるから、笑っちゃいけないと
思って、大変だったのよ」と言った。
私は、陣痛で苦しむ人を笑わせてリラックスさせる作戦なのではないかと思う。

そして変速呼吸の指導があり、それが終わると極期呼吸の練習が始まった。
極期呼吸とは、初めと終わりはゆっくり深く呼吸し、途中は浅く軽い呼吸を何度か
繰り返す方法だ。
「(ゆっくりした音楽でスタート)吸うぅってえぇ〜ん。吐いてえぇ〜ん。
 (ここで軽快な音楽に転調)すう、っ吐いて!すう、っ吐いて!すう、っ吐いて!
 (繰り返した後)すうっ・・吐いてぇぇん。〜この軽快なリズム何回か繰り返す〜
 (最後またゆっくり)吸うってえぇ〜ん。吐いてえぇ〜ん」
ここでテープは終わっていた。お疲れ様です。

しかし私には疑問が残る。なぜTORI塚さんは、みずから掛け声をかけてまで
指導しなければならなかったのだろうか?作曲だけではどうしていけなかったのか?
ラマーズ法(音楽付)の真髄は本人しか伝えられなかったのだろうか?男なのに?
謎は深まるばかりである。



風邪禁止令
 Date: 2001年02月06日 (火)

我が家は今、風邪禁止令が施行されている。
風邪を引かないように注意するのではなく、風邪を引いたらいけません、
という意味である。

1年前の冬と、この冬を比べて生活習慣が変わったことがある。
外出先から戻ったら、手洗いとうがいを必ずするようになったのである。
帰宅した時はもちろん、日中は得意先から会社に戻ったときも、そのたびに
手洗いとうがいをしている。

ジョン太は妊娠中なので、体調には十分過ぎるほど気をつけてもらわなければ
ならない。そこで私が風邪を引いてはなんにもならない。ジョン太に風邪を
移してしまうのは避けたい。だから今はなんとしても風邪は引けないのだ。

おかげでこの冬は風邪知らずの毎日を送っている。おまけに、一昨年前から
始まったアレルギー性鼻炎も、この冬はナリをひそめている。私の場合、
花粉症ではなく、寒い日などによく起こる症状だった。くしゃみ、鼻水、
目のかゆみとあれだけ苦しんでたのに、それが嘘のように快適な毎日。

しかし、ひとつ疑問が・・。手を洗うのは清潔にするということで、
大切なのは分かるが、うがいというのは、一体どんな仕組みなのだろうか?
30過ぎたいい大人だが、今ひとつ理解できていない。なぜ風邪の予防に
なるのだろうか?誰か教えて欲しい。

ジョン太が妊娠中のため始めた習慣だが、子供が生まれるので、まだまだ
風邪禁止令は続きそうである。いつも手を洗っていると、なんだかアライグマに
なったような気分だよ。



名前を考える
 Date: 2001年02月03日 (土)

ここ1ヶ月ほど頭を悩ませている問題がある。
子供の名前をどうするかということである。

なかなか名前が決まらない。すでに臨月に入ったため、少々あせり気味である。
名前の本など2冊も買い込んだのだが、あまりの名前の多さに戸惑っている。
とりあえず候補をお互いに出すのだが、2人とも気に入った名前というのは、
案外少なく、未だに決めかねている。しかし、こればかりは一生のことなので、
お互いに愛着の持てる名前にしたいと思う。

ところで、本屋で名前の本を探したのだが、これがけっこういろんな種類がある。
最近流行りの名前を集めたもの、イメージや呼び名から命名するもの、
字画で姓名判断するもの等々。ただ、ずらりと並んだ本を見て気づいたのは
命名研究家という人たちは、変わった名前が多いということである。
こんな人たちが書いた本を参考にして良いのだろうかと疑問が残る。
なるべく普通っぽい名前の著者を選んだのは私ぐらいなものか?

名前の本を読んでいると、最近流行りの傾向が分かるが、
昔に比べるとずいぶんバラエティに富んできたように思う。
それだけ名前の付け方も自由になったということだろう。
なんとも悩ましい問題だ。

どんな名前でもそんなに変わらないだろうと思っていたが、やはり子供は名前に
合った成長をしていくものなのかもしれない。名前の本を読んでいると、避けたい
漢字というのが載っていた。そんな文字を見ると、確かに漢字にもイメージは
あることが分かる。その漢字の羅列はいわゆるマイナスのイメージで占められていた。
見るだけで気が滅入ってしまう。もしこんな字を名前に使われたら、
子供がかわいそうだとやはり思う。ひと頃話題になった「悪魔ちゃん問題」などが
分かりやすい例だろう。

これからの人生をずっと共にするものだから、
すこしでも良い名前を付けてあげたいと思う。

(おまけ)
最近はインターネットで姓名判断もできるようだ。便利な世の中になったものである。
子供の名前を試す前に、自分の名前を占ってみた。
最悪だった・・。
30年以上生きてきて、初めて分かる事実。当てにならんな、姓名判断も。
とりあえず健康だし、不幸だとも思ってないし、名前を付けてくれた親にも感謝している。
名付けで悩んでいたが、ちょっとだけ気が楽になった。
人生どうにかなるもんである。



2月は特別の月
 Date: 2001年02月01日 (木)

臨月である。

ジョン太の出産予定日もそろそろカウントダウンに入った。
2月22日が予定日なのだが、早い人は2月に入ったらもう産まれても
別におかしくないと、前回の検診時に病院のほうから説明があった。
内心ドキドキものである。心の準備をそろそろしておかなければ。

ジョン太のお腹もずいぶん大きくなった。どこからどう見ても妊婦である。
どこも太ってないのに、お腹だけがポコンと飛び出している。
バレーボール、いやバスケットボールがお腹の上に乗っかってるようである。
ときどき私が、ジョン太のお腹をポンポン軽く叩いて遊ぶので、
それからすればちょっと小さなスイカといったところか?
「もうギュウギュウだよ」とジョン太はお腹をさすりながら言う。
このお腹の中に小さな子がいるのだと思うと、本当に不思議でしょうがない。

胎動もはっきり感じられる。「今、動いてるよ」とジョン太が教えてくれるので、
手をお腹の上に置くと、「ポン」と蹴るような感じや「うにゅー」と動いてるのが
よく分かる。子供は元気なようだ。

さて、2月27日には私たちも結婚して1年が経つことになる。
本当に月日が経つのは早い。まだ半年ぐらいしか経ってないような気がする。
2月は結婚記念日があり、子供の誕生日も予定されている。
私たちには忘れられない月になりそうだ。


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