大きなモミの木の下で                    (タオ)

都内某所のデパートでは年末が近づくと毎年どこから持ってくるのか大きなモ
ミの木をクリスマスツリーとして広場に飾り立てる。これはそんな大きなモミ
の木に集まった3つの小さな物語。

(第3話)
[SNOW]
 雪雄はランドセルを置くとテーブルにおばさん宛ての書き置きを残し家を出
た。雪雄は心の中でつぶやいた。何がわるいわけじゃない。おばさんはぼくに
良くしてくれる。ぼくがわるいだけ。ぼくの中で景色がどこかズレて感じられ
る。ここはぼくの場所じゃない。もうここには帰らない…。

 今日はクリスマス。みんなはやばやと家路につこうとしている。雪雄はパン
パンに詰めたリュックをしょって、流れに逆らい歩いた。学校の校舎を見上げ、
もうここに来ることもないと思う。1年間かよった学校だけど友達という友達
もいなかった。ぼくはみんながうらやましかった。無邪気に笑う、明るく話す、
どれもぼくには苦手なことだった。どうしてそんなことができるんだろう?み
んなこわくないのかな?ぼくは臆病者だ。

 ちっちゃい夕陽がビルの向こうに落ちてゆく。北海道とは夕陽の大きさがぜ
んぜん違う。ぼくとかあさんはずっと二人で北海道で暮らしていた。でもかあ
さんは去年の冬に突然いなくなってしまった。誰もぼくにホントの理由を教え
てくれない。でもぼくはおばさんが誰かに話したのを聞いて知っている。かあ
さんはほかのオトコと逃げたんだ。どこにいるのかは分からない。

 山手線は大好きだ。いつまで乗っても誰にも怒られない。ぼくはつぎつぎに
移り変わる街並みを眺めていた。みんなご飯のしたくをしてる頃だ。おばさん
もかな?おばさんはぼくを引きとってくれた。ホントの親だと思ってちょうだ
いという。そんなの無理だ。そんなことできるはずない。だってかあさんはか
あさんだ。ほかの人じゃだめなんだ。かあさんがほかのオトコと一緒だってか
まわない。ぼくはかあさんを探すつもりだ。でもどうやって?

 雪雄は電車を降りると東京タワーを間近に見上げた。冬の東京タワーは暖か
なオレンジ色のライトを夜空に灯している。雪雄はいつもその姿を見るとなん
だか泣きたい気持ちにかられた。それは雪雄を東京にいるという現実にいやお
うなく引き戻す。ぼくはひとりぼっちだ。でも今夜はいつもとちょっと違って
いた。東京タワーはまっ暗で、先端だけがちょうどキャンドルのように灯がと
もされている。雪雄は母親がまだいた頃のことを思い出していた。

 かあさんとぼくは毎年クリスマスに庭の大きなモミの木に飾りつけしてお祝
いをした。暖かくした部屋でロウソクに火をつけて二人してケーキも食べた。
クリスマスには決まって雪が降っていた。

 ぼくはスノードームを取り出し眺めた。ぼくのお気に入りだ。かあさんから
もらったたったひとつのおもちゃだ。半円球の透明なスノードームの中にはあ
の日と同じような風景があった。煙突屋根の家、庭の大きなモミの木、それを
見上げる母子、スノードームを振ると半円球の世界で雪が舞った…。ぼくはス
ノードームをポケットにねじ込んだ。

 暗い街並みの奥のほうまで今夜は蛍のようにイルミネーションが続いている。
その中を雪雄は誘われるように歩いていった。夜空は晴れわたり、今夜は雪は
降りそうにない。ぼくが北海道にいた頃、クリスマスに雪が降らなかったこと
が一度だけある。その時ぼくはあの力を使ってしまった。ぼくには雪を降らせ
る不思議な力があった。クリスマスの日、庭に雪を降らせたぼくをかあさんは
叱った。かあさんはぼくに二度と人前で力を使わないことを約束させた。この
力は人が本当に困ってるときしか使っちゃいけない、大切な時しか使っちゃい
けないと何度もぼくにそう言いきかせた。それ以来ぼくは力を使わなくなった。
今ではもう使えない…。

 雪雄は広い通りに出た。にぎやかな通りで大人たちが楽しそうに肩を組んで
歩いている。ぼくには行き場がなかった。どこへ行けばいいのか、どこへ行く
べきなのか誰も教えてはくれない。

 デパートの大時計の針が9時を指した。時刻を知らせる楽しげな音楽が聞こ
えてくる。やがて行くあてもなく歩くぼくの目の前に大きなモミの木が現われ
た。デパートの広場に飾り付けられた大きなモミの木。そうだ!このモミの木
に雪を降らせばきっとかあさんなら気づいてくれる。かあさんがここにいるな
ら、ぼくが雪を降らせてるってこの人込みの中でもきっと気づいてくれる!

 雪雄は昔の感覚を必死で思いだそうとした。母親との楽しかった想い出が何
度も何度も脳裏をよぎる。でも一度封じ込めた力はどうしても戻ってこない。
雪雄はバカなことを考えたと思った。クリスマスだからって奇跡が起きるはず
はない。たとえ雪が降っても母親がここにいるわけなんかない。雪雄はあきら
め、広場を立ち去ろうとした。その時雪雄に酔っぱらいが思い切りぶつかって
きた。ポケットにねじ込んでたはずのスノードームが滑り落ちる。スノードー
ムのガラスが地面で砕け散った。中からドロリとした液体が流れ出す。
そのとき、雪雄の、感情が、割れた!

 雪雄の心が真っ白になる。何も見えなくなった。ぼくはどこにいるのか、な
にをしてるのかそれすら分からなくなった。ただ悲しかった。たったひとつの、
かあさんのスノードームを壊され、ただ悲しかった。ぼくにはもう何も残って
いない!・・・・

 ぼくは気を失ってたらしい。周りのざわめく声に気づいて目を覚ました。座
り込んでいたぼくが顔を上げると、モミの木には雪が降っていた。モミの木の
周りだけに雪が降っている。ぼくは体のすみずみに昔の感覚が甦ってくるのを
感じた。ぼくは手のひらを差し出し、降る雪を見上げた。みんながモミの木に
集まってくる。雪はモミの木のてっぺんを頂点にして開いた傘のように降って
いた。まるであのスノードームのように…。ぼくはゆっくり辺りを見回した。
誰かがぼくをじっと見ていた。
「かあさん!」ぼくは叫んでいた。

 かあさんは生まれたての赤ん坊を抱いていた。ぼくを見つめたままいつまで
もそこに立ちすくんでいた。ぼくはかあさんの元に走った。
「雪雄…」
「かあさん!ぼくあの力使ったよ。ぼくが雪を降らせたんだ。だってかあさん
 言ったじゃないか!ホントに困ってるときだけ、大切なときだけなら使って
 いいって言ったじゃないか!かあさん…、ぼく…、かあさんに会いたかった
 んだ、だから、だから……」雪雄はしゃくり上げていた。
「雪雄…、かあさんね…」
「言わないで!お願いだから、何も言わなくていいから。かあさんが誰といた
 っていいんだ!どんなだっていいんだ…。ぼくいい子にしてたよ。おばさん
 とも仲良くしてるよ。友達ともいっぱい遊んでるよ。だからかあさんが迎え
 に来てくれるのずっと、ずっと待ってたんだ!」
 雪雄は母親の腕にきつくしがみついていた。小さな背中がふるえていた。
 母親はしばらく黙って目を閉じた。閉じた瞳から知らず涙がこぼれた。
「雪雄…、一緒に帰りましょう。私の…、いや雪雄と私の新しい家族を紹介す
 るわ」かあさんの手がぼくの頭をやさしく撫でている…。



 ぼくはかあさんが抱いている赤ん坊に気がついた。
「かあさん、この子…!?」赤ん坊はすやすや眠っていた。
「そうよ。雪雄の新しい弟よ」母親はしゃがんで赤ん坊を雪雄によく見せた。

 静かに雪は降り積もり、モミの木が綿帽子をかぶり始める。遠くのどこかで
クラクションの音がかすかに聞こえた。それまでぐっすり眠っていた赤ん坊が
その音のせいなのか目を覚ました。
「名前は?」
「三太っていうの」三太が眠たげな目をパチパチさせた。
「おはよう、三太」雪雄が三太に微笑みかける。
 三太が軽くあくびした。

[END]


第1話: ANGEL 第2話: SANTA 第3話: SNOW

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