大きなモミの木の下で (タオ) 都内某所のデパートでは年末が近づくと毎年どこから持ってくるのか大きなモ ミの木をクリスマスツリーとして広場に飾り立てる。これはそんな大きなモミ の木に集まった3つの小さな物語。 (第2話) [SANTA] ―AM9:00― 三太は昨夜のクラブ「イヴ」での見回りの勤めを終えぐっすり眠っていた。 台所では妹の柊(ひいらぎ)が食事の支度をしている。味噌汁の匂いが狭いア パートの中でほのかに三太の鼻をくすぐる。 「あれ、お兄ちゃんもう起きたの?昨日遅かったんでしょ」 「ああ、おれたちは夜の仕事がメインだからな。遅いのは仕方ないさ」 三太は布団から勢いよく起きあがり朝のトレーニングを始めた。引き締まっ た体からかすかに白い湯気が立ちのぼる。 「もうちょっと寝てれば?」 「そうもいかないよ。年末だからな。上得意には挨拶しとかなくちゃいけねエ んだ」 「お兄ちゃんの挨拶っていうのはショバ代がどうのって話じゃないの?」 キッと柊がにらむフリをする。三太はあわてて洗面所に逃げ込んだ。 「お兄ちゃん、今日は何の日か知ってる?」 柊がドアの向うからひょいと顔をのぞかせる。 「……?」 「今日はクリスマスじゃない!お兄ちゃんの誕生日よ」 「そうか…。じゃ、今日の夜は毎年恒例の食事に出かけるとするか」 「やったー!そうこなくっちゃ」柊がぴょんぴょん飛び跳ねる。 「おい!足にヒビくぞ」 「平気よ」「バカ、無理するな」 三太は、足を引きずりながらご飯を運ぶ柊からお盆を引ったくり卓袱台の上 に置いた。 「いただきます」 二人は向かい合って食べ始めた。 「雪が降るといいな…」三太がつぶやく。 「ホワイトクリスマス?お兄ちゃんはそんなガラじゃないよ」柊が笑う。 「何でもない。早く食えよ」 それまで笑っていた柊がふと真顔に戻る。 「お兄ちゃん?」 「…ん?」 「約束よ。忘れないでね。9時に去年と同じあの大きなモミの木で待ってるか ら、早く来てね」 ―AM10:30― 事務所に入ると幹部の星野とその子分の鈴本が三太を待っていた。 「おせえじゃねエか、みんなとっくに行っちまったぜ」星野はがっしりした体 をソファに押しつけ、芋虫のような指で器用に葉巻をくゆらせながら言った。 「すいません」 「鹿爪さんから伝言だ」鈴本は三太に兄貴分の鹿爪からのメモを投げ渡した。 「そこに行けってよ、今日のおまえの仕事はそれらしいぜ。お似合いだよ、お まえには」鈴本は三白眼で三太を見下ろし言った。 三太はじっと伝言を見つめる。 星野は葉巻を押し潰し、体を左右に揺らしながら事務所の奥に入っていった。 「トロいんだよ、おまえは。それにしてもおまえと鹿爪さんいいコンビだよ。 鹿爪さん、取引失敗したんだってな。だいぶ借金抱えたそうじゃないか」 鈴本はからかうように言い、星野の後に続いて奥に消えていった。 「……」三太は鹿爪からのメモを思い切り握り潰した。 ―AM11:30― 高架下に沿って細長く続く商店街の中、サンタクロースの格好をしてポケッ トティッシュを配る三太がいる。 街はクリスマスソングが流れ楽しげな雰囲気に満ちている。所狭しと店がひ しめく通りを人はみな縫うようにして歩き、三太はそのまっただ中でテレクラ のティッシュを配っていた。 三太は一箱配り終えると次のダンボールを開けた。また配り始めた三太に向 こうからモヒカン頭の男がぶつかってきた。モヒカンはヨロヨロとよろけ、開 けたばかりのダンボールを蹴飛ばし中身を全部ぶちまけてしまった。 「気をつけろっ、サンタよう!」モヒカンが悪態をつき立ち去ろうとする。 「何すんだ、てめエ」三太はモヒカンの襟首をつかんだ。 「サ…サ、サンタがそんなことしていいのかよ!?」モヒカンは声を裏返して叫 んだ。 「サンタがいい奴ばかりと思ったら大間違いだ!」 すかさず蹴りを入れる。だがサンタの格好では思うように力が入らない。三 太はモヒカンの固くとがった髪を鷲づかみにしてグイと力まかせに引っ張った。 モヒカンも手にしていたギターケースを振り回して応戦する。 「おい、そこの二人!何してんだ!」どこからか走ってきた男が二人の間に割 って入った。 「おまえら何やってんだ?この年末のクソ忙しいときに。あんまり世話焼かせ んなよ。ほら、身分証明書出してみろ」男は刑事だった。 モヒカンが渋々運転免許証を見せる。刑事は手帳に名前と住所を控えた。 「おまえは?」 「そんなもん…、もってねエんだよ」三太は決まり悪そうに言った。 「うん…、おまえ三太か?なんだな、ヤクザがサンタクロースの格好するよう じゃおしまいだな」刑事が笑った。 「何しようが勝手だろ」 「いいところで会った。三太、おまえには話があるんだ。ちょっとつき合え」 ―PM1:00― 喫茶店で刑事とサンタクロース姿の三太が向き合って座っている。ビルの2 階にある窓際の二人の席には明るい日の光が射し込んでいた。下を見下ろすと 先程と変わらない人込みが見える。 「おれはカツ丼にするけど、三太、お前はどうする?」 「……」三太はそっぽを向いている。 刑事がウェイトレスにカツ丼を2つ注文した。 「おれはな、三太。おまえは悪い奴じゃないと思ってるんだ」 「……」 「おまえの妹の何ていったっけ?柊ちゃん!あの子感心だな。足が悪いのにお 総菜屋で働いてるんだろ。一日中立ちっぱなしでよくやってるよ」 「……」 刑事がじっと三太を見つめる。 「なあ、おまえ高校の頃陸上やってたんだってな?妹さんから聞いたよ。ヤク ザなんかやめてもう一度走ってみないか?インターハイにもよく出たそうじ ゃないか。あの子は気にしてたよ。おまえが高校の体育祭であの子の足にケ ガさせて…、それからだってな、おまえが走らなくなったのは。それで中退、 後はお決まりのパターンってやつか」 「刑事さん、もうそれ以上はよしとくれよ」 三太は話を遮るように立ち上がった。 「三太、おれはおまえみたいな奴がダメになるのを見ていられないんだ。もう 一度考え直せよ」三太は喫茶店のドアを乱暴に開け出ていった。 ―PM2:00― 三太がティッシュ配りに戻ると兄貴分の鹿爪が待ちかまえていた。 「三太、どこ行ってたんだ?サボるんじゃねエよ」 「……」 「まあ、おれもすまないと思ってるんだ。知り合いのオーナーに頼まれたんだ。 断われなくてな」鹿爪が弁解した。 「なんでおれですか。鈴本でもいいじゃないですか?」 「鈴本は星野さんの弟分だからな。いくらおれより下でも皆から一目置かれて るんだ。まあ、そうトンがるなよ。ここはもういいから。ちょっと頼まれて くれないか?親分からこいつを銀行に預けるように言われたんだ。お前を信 用して任せるから行ってきてくれ」鹿爪は封筒に入った札束を取り出し、三 太に見せた。 「待ってくれよ兄貴。この格好で?」 「ああ、そうだ。もう時間もあまりないしそれで行ってくれ」 「勘弁して下さいよ」 「バカ、おれはマジだぜ。その格好のほうが都合がいいんだ」鹿爪がニヤリと 笑った。 「おれはこれからでかいヤマがあるんだ。おまえにも頑張ってもらわないとな」 三太は首をひねりながらも現金の入った封筒を受け取った。 ―PM2:30― 銀行は年末でいつにもまして賑わっている。三太は呼び出し番号のカードを 持ちソファに座り順番を待った。隣の親子が三太の格好を物珍しげに眺めてい た。そのうち子どもは我慢できずに三太に這いより帽子のふわふわした白い玉 をいじり始めた。三太は白いツケ髭を取り子どもにおどけた表情を見せた。子 どもがはしゃぐ。母親もそれを見て笑った。 「何、見てんだよ」三太が凄んでみせると母親は子どもをあわてて抱きかかえ そそくさと席を移った。 その時突然入り口の自動ドアが開き覆面男が入ってきた。男はボストンバッ グから拳銃を取り出しながら受付カウンターまで走ると叫んだ。 「金を出せ!」受付の女性の額に拳銃をすばやく突きつける。 「こいつは本物だ。おとなしくしろ!」男は一発壁に向けて撃った。壁に銃弾 がめり込む。その場にいた全員が床に伏せた。 「そうだ、それでいい。早く金を出せ。おい、そこのサンタ!おまえこっち来 い」三太は床に伏せていた頭を上げた。男と目があった。覆面をしていたが 三太にははっきりと分かった。男は兄貴分の鹿爪だった。驚く三太。三太は鹿 爪のもとに青ざめた顔で歩いていった。 「おれに合わせろ。金は山分けだ」鹿爪が三太に耳打ちする。 「兄貴…だましたな」三太が小さく呻いた。 「よし、こいつが持ってる袋に金を入れろ。いいか、変なこと考えやがったら こいつの命はないと思え」鹿爪が照準を受付の女から三太に変えた。 「心配するな、おまえを撃つ気はない」鹿爪がまた耳打ちした。 三太はサンタクロースの大きな袋を女に渡した。女は恐怖の余り動けないで いる。鹿爪はまた一発天井に向けて撃った。女はゼンマイ仕掛けの人形のよう にせっせと金を袋に詰め込み始めた。 三太は札束のぎっしり詰まったサンタ袋を鹿爪に渡した。鹿爪は三太の首を 羽交い締めにし、こめかみに拳銃を押しあてた。 「いいか、おまえらそのまま動くなよ。こいつがどうなってもいいのか?」硝 煙の匂いのする銃口が遠慮なく三太のこめかみを強く押した。 鹿爪は三太を羽交い締めにしたまま引きずるようにして後ずさった。警報機 の音が銀行内に鳴り響いた。鹿爪があたりかまわず引き金を引いた。警備員の 頭蓋を一発弾が貫通した。悲鳴があちこちから上がる。 「三太、走るぞ」鹿爪が脱兎の如く駆け出した。 銀行員が真っ赤な蛍光インクの入った犯人識別用カラーボールを投げつけた。 カラーボールは鹿爪の背中で割れ、中から蛍光インクが派手に飛び散った。ひ るむ鹿爪。その隙をつき警備員たちがすばやく飛び掛かる。取り抑えられる鹿 爪。呆然とする三太。その足元に鹿爪が持っていた札束入りのサンタ袋があっ た。取り抑えている警備員の腕の隙間から鹿爪が三太を見ている。自分でも理 解できないまま三太はとっさに袋をつかみ駆け出した。 「待てー!」警備員が三太につかみかかる。三太はよけるようにしてフロアを 走った。 「おれが悪いんじゃねエ!」三太は銀行の入り口を飛び出した。 ―PM3:00― けたたましい警報機の音が次第に遠のいていく。三太は必死に走った。街は クリスマスソングが流れ楽しげな雰囲気に満ちている。 「冗談じゃない。最悪だ。最悪の日だ」 道行く人たちは必死の形相で走るサンタの姿を好奇の目で見ている。遠くか らパトカーのサイレンの音が聞こえる。 「何でおれが逃げてるんだ」三太は走りながら叫ぶ。 「ひいらぎ!おれはどうしたらいいんだ!」 ―PM4:00― 柊は総菜屋でのパートの仕事を早めに切り上げようとしていた。 「今日は早いね。クリスマスだから彼とどっか行くつもりだね」パート仲間の おばさんが人なつこい笑顔を見せ笑った。 「おばさん違うわよ。今日はお兄ちゃんの誕生日なの。一緒にお祝いするのよ」 柊も笑って答えた。 「あら、いいわね。どこ行くのさ?」 「デパートの広場に大きなモミの木が飾られてるの。そこで待ち合わせよ」 「クリスマスに待ち合わせなんて、ひーちゃんはお兄さん思いだね」 「そうよ、お兄さん思いなのよ。ひいらぎさんは」柊はにっこり笑った。 ―PM4:30― 刑事は取調室から出ると銀行強盗の一件を耳にした。鹿爪が警備員に捕まえ られたこと、その場にサンタクロースの格好をした男がいたこと、そのサンタ が現金を持って逃げたことを知り、刑事は髪を掻きむしった。 「あいつ、馬鹿なことを…」 刑事はパトカーに乗り込んだ。 ―PM5:00― 刑事は三太が住む下町のアパートに駆けつけた。しかし三太も妹もいない。 刑事は三太が妹と接触する可能性が高いと判断し、さっそく妹の行方を探すこ とにした。 刑事は妹のパート先の総菜屋に行き、同じパート仲間のおばさんから話を聞 いた。 「ひーちゃんはね。今日お兄ちゃんと約束があるって言ってたよ。それで今日 は早めに切り上げたのさ」 「柊さんはどこに行くって言ってました?」 「そうだね。なんでも大きなモミの木が飾られてるところだって言ってたよ。 あたしはよく知らないけどさ。ところでこりゃ一体何の騒ぎだい?」 刑事は部下に合図した。 「都内の繁華街に飾られた大きなモミの木、こいつがあるところ全て徹底的に マークしろ!妹が来るはずだ。そこには奴もきっと現われる!」 ―PM6:00― テレビでは昼間の銀行強盗のニュースが流れていた。サンタクロースの格好 をした男が3億もの金を奪って逃げたという。事務所でニュースを聞いていた 星野は鈴本を呼びつけた。 「三太を捕まえろ。奴が犯人だ。金を持っている。奪い取れ!」 ―PM7:00― 三太は人通りの多そうなところを選んで逃げていた。近くにお巡りが来たと きはすかさず立ち止まり、道行く人に愛想を振りまき街角のサンタクロースに 成りきった。三太はひたすら走った。長い間封じ込めていた走る喜びが体の中 に満ちて来る。走る喜びと妹にもう一度会いたいという思いだけが、三太の胸 を占めていた。 ―PM8:00― 柊は約束の時間よりも早く待ち合わせの大きなモミの木にたどり着いた。モ ミの木を見上げると晴れわたった夜空が見えた。 「今夜は雪は降りそうにないか…」柊はひとり言をつぶやいた。 待ちかまえていた巡査の一人が柊の写真と本人を見比べながら声を掛けた。 「失礼ですがあなた、柊さんですね?」 ―PM9:00― どこからか時刻を知らせるからくり時計の楽しげな音楽が聞こえてきた。色 とりどりのイルミネーションが音楽に合わせるようにまたたく。 柊の周囲には目立たないように私服の警官が大勢配置されている。刑事は柊 のそばに付き添い、新聞で顔を隠した。 「刑事さん、お兄ちゃんはここには来ませんよ」 「あんたとの約束を破るとは思えん。奴はそういう男だよ」 「でも、お兄ちゃんがどうしてそんなことを?」 「何かが奴をそうさせたんだ。案外おれにもあんたにもちょっとしたきっかけ さえあればやっちまうものかもしれんな」 刑事が顔を伏せたまま同情した。 「ひいらぎ!」三太が通りの向うから大きく手を振る。 「お兄ちゃん、逃げて!」柊が叫ぶ。 三太は通りをわたり柊のもとに駆けよる。サンタの帽子がひらひら揺れる。 隠れていた私服警官が一斉に立ち上がる。周りを見回す三太。自分が包囲さ れていることを知り一歩退いたが、次の瞬間三太は柊をめざして走った。 私服警官が銃を構える。刑事が叫ぶ。 「待てっ、撃っちゃいかん!」 三太は何かが風を切る音を聞いた。背中に衝撃を感じた。膝がガクンと折れ、 三太は前のめりに倒れた。握りしめていたサンタ袋から札束が散らばった。 「お兄ちゃーん!」柊が叫ぶ。 「誰だ!撃ったのは!」刑事が怒鳴る。 通りの向うでベンツが急発進した。三太は逃げ去る車に鈴本を見た。 「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」柊が必死に三太に話しかける。 三太は最後の力を振りしぼり柊の手に両手を重ねた。 「ごめんよ、ひいらぎ。おれ、おまえにケガさせちゃったな」 「お兄ちゃん…。何言ってんの、あのことはもういいのよ」 「二人三脚たのしかったな。……お兄ちゃんな、おまえといつまでも…どこま でも…二人で走りたかった。だからあんなにふざけて…おまえにケガを…」 三太の両手が柊の手からすべり落ちた。三太の息が止まった。 「お兄ちゃん!」柊が三太の体にしがみついた。 三太の目からあふれていた涙がこぼれ落ちた。 その時モミの木の周りで突然雪が降り始めた。不思議なことに夜空は晴れた ままモミの木の周辺だけに静かに雪が降り積もっている。モミの木が綿帽子を かぶり始めた。 「お兄ちゃん!お兄ちゃんの大好きな雪よ。今夜はホワイトクリスマスなのよ。 …ホワイトクリスマスなのに…」遠くのどこかでクラクションの音がかすか に聞こえた。 柊は泣いていた。涙で雪がぼやけて見え世界が真っ白に感じられた。 モミの木に、柊に、三太の体に、やさしく雪は降り積もった。 [END] |