大きなモミの木の下で                    (タオ)

都内某所のデパートでは年末が近づくと毎年どこから持ってくるのか大きなモ
ミの木をクリスマスツリーとして広場に飾り立てる。これはそんな大きなモミ
の木に集まった3つの小さな物語。

(第1話)
[ANGEL]
 矢野鈴子は新幹線ひかり52号に乗っている。時間通りに行けば東京には午
後8時14分に到着する予定だ。新横浜の駅をひかりはゆっくりと滑るように
発車した。現在の時刻は午後7時56分、今日はクリスマス…。



 私はもう一度翼との待ち合わせを手帳で確認した。「PM9:00・モミの
木」今日までにこの文字を何度読み返したことだろう。翼に1年ぶりに会える
のだ。

 翼と初めて会ったのは高校の入学式。私は当時まだ東京に住んでいた。彼は
のんびりやさんで、私はおっちょこちょい。
 入学式の日、朝寝坊した私は停留所にタイミング良く止まったバスにあわて
て飛び乗った。路線を間違えたのに気づいたのはバスに揺られ気持ちよくひと
眠りした後だった。結果は大遅刻!
 入学式をやっている体育館のドアを開けると校長先生の訓示中で、私は勢い
良く入ったことを後悔した。なぜって、そこはステージに一番近いドアだった
から…。
 みんなの注目を浴びて真っ赤になった私がモジモジしていると、体育館の後
ろからツカツカとこちらに歩いてきて「遅刻した人はこっちだよ」と言って手
を引いてくれたのが翼だった。彼も遅刻していたのだ。学校の近くに住んでい
るくせに!(これは後で知ったこと)
 変な組み合わせだけど、ともかく私たちはすぐに仲良くなった。

 今こうして新幹線に乗って翼に会いに行くのは、高校3年の時に私が福岡に
転校してしまったからだ。私は母の実家で暮らすことになり近くの会社に就職
した。
 翼は今年大学受験に失敗し、今は予備校生だ。来年はきっと受かるだろう。
なんたって私は1年間彼に会うのを我慢してきたのだ。
「合格してくれなきゃ困るんですからね…」私は手帳に挟んでいた去年のクリ
スマスに撮った2人の記念写真を指ではじき呟いた。
 私たちは去年のクリスマスに約束したのだ。1年後にまたあの大きなモミの
木の下で逢おうと。そして次の日私は転校した。

 あれから1年。翼は変わっただろうか?私は変わったのだろうか?

 少なくとも私は変わってないな。今日起こったことがそれを物語っている。
とても信じられない話だ。


 話は今朝にさかのぼる。

 私はまたもや朝寝坊してしまったのだ。今日は有給でお休みだけど、そのた
めに昨日少々仕事を頑張りすぎたかもしれない。目が覚めるとなんと昼の2時!
 飛行機は15:30の便でチケットを取っている。私はパニックに陥ってし
まった。搭乗手続きは何分前にしないといけないんだっけ?20分前?私の家
から空港まではたっぷり1時間かかる。時間がない!急がなくちゃとあわてて
身支度を済ませ出かけようとしたそのとき電話が鳴った。
「矢野ですけど」
「鈴ちゃんか?ああ良かった。いや大変なんだよ」課長だ!いやな予感がした。
「君が昨日やってくれたあれ、あれが大変なことになったんだよ!」
 予感的中!
「いつも忘れないでくれって言ってるのに、またやっただろ?とにかく早く来
 てくれ。私だけじゃダメなんだ」
「課長、ごめんなさい」ガチャン。
 今はそれどころではないのだ。早く行かねば。

 バッグを抱え表通りまで走った。こんなときに限って車はつかまらないもの
だ。しかし運良く私の前に1台の黒い個人タクシーが!あわてて手を振りタク
シーを止めた。
「お客さん、どちらまで?」ホッとひと安心。
 車は快調に走り始めた。
「空港までお願いします。時間がないの」
「え、空港まで?お客さんすいません。あたしこの辺不案内なもんで…道教え
 てもらえます?」
 タクシーの運転手が空港ごときを知らないでどうする!自慢じゃないが私は
方向音痴なのだ。私に道を説明できるはずがない!
「お客さん?お客さんどうしました?」
 私が困ってうんうん唸ってるとタクシーの横を空港行きのリムジンバスが通
りすぎた。そうだ!
「あれです!運転手さんあのバスを追っかけてください!」
「あれですね。分っかりました!こおゆうの一度やってみたかったんだ、あた
しは」
 運転手の気合いを入れる声とともに車はぐんぐんスピードを上げた。リムジ
ンバスの後ろをぴったりキープしたままタクシーは無事空港までたどり着くこ
とができた。車を降りながら私はお札を運転手に差し出した。
「つりはいらないよ」あたしもこおゆうのやってみたかったんだ、運転手さん!

 搭乗手続きを間に合わせるため、空港の受付カウンターまで私は走った。
「東京行きの3時半の便、まだ間に合いますか?」
「お客様、たった今離陸したばかりでございます」
 ガーン!ど、どうすればいいの?
「次の便に乗れませんか?」
「あいにく本日は全て満席でございます」
 ガガーン!今日東京に着かなければ意味がない。
「実は…父が…危篤ですぐに帰らなければいけないんです!」
「父が危篤の方は右手側キャンセル待ちコーナーでみなさんお待ちいただいて
 おります」
 見透かされているーっ。
「ウソです。すいません。でもどうしても今日行かなければいけないんです、
 今日の9時までに」私は泣きそうになるのを必死でこらえた。
「助けてください、彼に会いたいの」
 受付カウンターの女性が笑った。
「ホントに困ってるのね。うん、分かったわ。え〜と21時までに東京に着け
 ばいいのね」
 おねえさんは端末を軽快に叩き始めた。
「東京行きはやっぱり満席ね。他を当たってみるわよ」
 おねえさんは唄を歌うような調子でそう言い、さらに端末を叩くスピードを
上げた。
「今からじゃ博多発の新幹線もダメね。……多少お金がかかるけど途中まで飛
 行機で行ったらどうかしら?そこから新幹線を使う、と」
 端末を操作していたおねえさんの指がやがてふっと止まった。
「あった!飛行機で名古屋まで。16:15分発の便があるからそれに乗りな
 さい。名古屋から新幹線を使えば21時までに着くことができるわ」
 やったー!間に合うんだ!
「ありがとうございます。それじゃ、その飛行機のチケットお願いします」
 おねえさんがにっこり微笑んだ。
「それはうちのじゃないの。空いてるかしら?」

 名古屋行きは幸い空きがあり、私はおねえさんの指示する飛行機に乗ること
ができた。名古屋空港から名古屋駅まで私は連絡バスに揺られていた。これで
何とか間に合う、そう思ったとき私のポケットで携帯が震えた。誰からだろう?
「あ、鈴ちゃん?私だ」課長だ!
「やっぱり私一人じゃダメなんだよ。今どこにいるの?」
「課長、ごめんなさい」プチ。切っちゃった。


 そうして私は今ひかり52号に乗っている。もうすぐ東京駅が見える頃だ。
自由席がいっぱいで座れなかったり、切符が見つからず車掌と言い争ったりし
たのも全て良しとしよう。今日はクリスマスなのだから。

 東京駅のホームから見上げた夜空は雲ひとつなくて、今年はホワイトクリス
マスは期待できそうにもない。でも今夜は翼に会える!
 私たちは去年のクリスマスに約束したのだ。1年後にまたあの大きなモミの
木の下で逢おうと。

 新幹線の改札を抜け山手線に乗り換えた。窓ガラス越しに通り過ぎてく街の
灯を眺めていると、なんだか1年前のことが遠い昔のように思えてしまう。
 翼は変わっただろうか?私は変わったのだろうか?

 駅を降り私は約束した大きなモミの木のある場所に向かって歩いた。歩いて
すぐだ。まだ約束の時間にはちょっと早い。少しぐらい待たせてやろうか、そ
う思ったとき私の目の前に現れたのは大きなモミの木ではなく巨大なカーネル
おじさんだった(サンタクロースバージョン)。私の目は点になった。
「ナニこれ?」
 待ち合わせは大きなモミの木なのに、それが無くなるなんて!なんで?私の
記憶違い?それとも今年からカーネルおじさんに変わったの?でも私聞いてな
いよ!
 こんな人込みで待ち合わせの場所が分からないなんて!どうしたらいいの?
私はとっさに駆け出した。とにかくこのあたりのはず。きっと翼も近くにいる。
約束の時間は迫っている!

 そしてデパートの大時計の針が9時を刻んだ。カタッ。
からくり時計の中から人形たちが出てきて楽しげな音楽を奏で始める。

 私は途方に暮れた。もう翼は待ち合わせの場所にいるはずだ。きっと私が来
てなくて呆れているだろう。もうダメかもしれない。方向音痴でおっちょこち
ょいの女なんて嫌われるに決まってる。大通りの真ん中で私はペタンとしゃが
み込んでしまった。

 その時、私の視界の隅でかすかに雪が見えた。雪が降ってるのだ。どこにも
降ってないのに、そこだけ雪が降ってるのだ。それはだんだん木の形を成して
いく。違う!モミの木の周りだけに雪が降り積もっているのだ。イルミネーシ
ョンの洪水の中それはひときわ白く降り積もる。私は駆け出した、その大きな
モミの木をめざして。

 そこには翼がいた。彼は不思議そうに手のひらで雪を受け止めていた。
「なんだろうね、これ。突然降り出したんだ。最近のクリスマスツリーは良く
 できてるよね?雪まで降るんだから」
「でも…そのおかげで…あなたに逢えたのよ」私は肩で息をしていた。
「そうだね。ホントだね」
 翼は私のそんな姿を見て笑った。

 私の携帯がまたポケットで震えた。きっと課長だ。
「鈴ちゃん。やっと解決したよ。もう来なくても大丈夫だよ。ところで今日は
 何で休んだの?聞いてないよ?」しまった!欠勤届出してない!
「課長、ごめんなさい」プチ。

「どうしたの?」翼が不思議そうな顔をする。
「なんでもないの。今日はね、とっても大変な日だったのよ」

「でも良かった。あなたが去年の約束忘れてないか心配だったのよ。嬉しかっ
 た。ちゃんと来てくれたのね」
 翼が私の耳元でささやく。
「鈴子、約束したのはクリスマス・イブだよ」
 彼が私の肩にやさしく腕をまわした。

[END]


第1話: ANGEL 第2話: SANTA 第3話: SNOW

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